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第101話
「わあ、美味しそうだね。俺も食べたい。志乃箸ちょうだい」
「ちっ」
志乃がまたキッチンに消えて、その隙に冴島さんが小さな声で言う。
「夏目君に。それから少しくらい志乃に我儘言ってみな。大丈夫、志乃は少しの我儘なら怒らないから」
志乃がお箸を持ってくると冴島さんは卵焼きを一つ食べた。「美味しい!」と言う冴島さんの後に続いて卵焼きを口に入れるとその美味しさについつい志乃を見て「美味しい」と呟くようにいう。
「よかった。」
「志乃も食べようよ」
「俺はいいから、食べたら風呂な」
「うん」
志乃の作ってくれた卵焼きを冴島さんと食べて、空になった食器を洗う。志乃はお風呂を沸かしてくれてるみたいで、15分ほど待つとお風呂が沸いた合図の音楽がなった。
「入っておいで。ゆっくり浸かって温まってね」
「はい」
冴島さんにそう言われ、遠慮なくゆっくりとお風呂に入ることにする。ここは俺の家だから言葉の使い方は少し変なのかもしれないけど。
冴島さんに言われた夏目さんを怒ってもいいってことと、志乃に我儘を言ってもいいってこと。
他人を怒るのって、怒ろうと思ってする事じゃないから、そんなことを言われても少し困る。
志乃には我儘を本当は沢山言いたいけど、困らせるのをわかっているから出来ない。
「···難しいこと言うなぁ」
お医者さんだからかな。俺にとって冴島さんの言うことは難しすぎる。
あまり気にしないで、その時が来たら思い切り思っている不満や我儘をぶつけることにして、湯船に浸かり、考えることを放棄した。
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