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第106話

湯船に浸かると梓が俺にもたれてくる。そのまま目を閉じたので慌てて梓の腹に腕を回した。 「寝るな」 「だって眠いもん」 「溺れても知らねえぞ」 「とか言って、どうせ助けてくれるくせに。そもそも、溺れたりしないよ」 梓が肩にトン、と頭をつけて、俺を見上げる。 ついつい顎を持ちキスをすると嬉しそうに笑った。 「気持ちよかった。久しぶりでちょっとだけ怖かったんだけどね」 「痛かったか?」 「ううん。全く。だって志乃優しいもん」 いつもの調子に戻っている梓。けれどまだ雨は続くから、油断はできなくて、いつ今の調子が崩れるかはわからない。 極力夏目の事で不安にさせないようにはしないと、と思いながら、濡れた梓の髪を撫でた。 「もうお昼だっけ?」 「そうだな」 「お腹すいてないね」 「それでも少しは食えよ」 「はーい」 そうして、風呂から上がり服を着てリビングに移る。 梓をソファーに座らせ、俺はキッチンに行き飯を作ろうとしたのに、服を掴まれて動けなくなる。 「志乃」 「手、離せ。飯が作れない」 「でも志乃と一緒に居たい。離れたくないよ」 「···さっき少しは食べるって言っただろ。」 「言った。でも···」 どうしても手は離してくれないようで、仕方なく梓の隣に腰を下ろす。 「どうしたんだ。まだ何か怖いのか?」 「···違う。そうじゃなくて、ただ志乃にそばに居て欲しいだけ」 「···そばに居たときは俺の事を嫌がっていたくせに」 「俺の扱いが酷かった時もあるでしょ。今じゃ優しいけど、前までは怖かった。」 文句を言われ、かと思えばもたれ掛かってきた。梓の体温と重みが心地いい。 「怖い?何が」 「噂はずっと聞いてた。眞宮志乃には親しい人しか近付いちゃ駄目だって。不用意に近付いたら生きてはいけないって」 「何だその噂。別に俺は付き合うやつを選んでるだけで、選ばなかったやつを殺したりしない。」 「今はそんな噂が全く嘘だってことは知ってる。でも初めは知らなかった。だから怖くて怖くて仕方が無かった。···歯向かったら、殺されるって思ってたから」 ふふっと笑った梓の振動が伝わってくる。 梓を抱き寄せて、膝の上に乗せる。顔を合わせると梓は俺の頬に手を伸ばして、優しく触れる。 ゆっくりと顔を近づけ、唇に自らのそれを合わせる。舌を絡め、梓が苦しいと言って胸を叩いてきてもほんの一瞬の息継ぎの時間を与えるだけで、休ませてはやらない。 「ぁ···んっ、ふ···」 「梓···」 このまま、どうにかして自分のものにしたい。 夏目に向いていたただの同情とは違い、これは間違いなく純粋に愛しいという感情だ。 「んぁ···しの···志乃っ」 「ん?何だ」 「触って、ほしい···」 梓がもじもじとしながら擦り寄ってくる。 下を見ると股間が主張をしていて、今にも触ってほしそうだ。 「さっきもしただろうが」 「ゃ、だって···志乃のせいじゃんかっ!」 「飯を作るから今は無理。残念だな」 「酷い!!」 胸をどんどんと叩かれて思わず笑ってしまう。

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