113 / 292

第113話 梓side

今でも心臓がドキドキと鳴ってうるさい。 乾いた発砲音が耳から離れてくれなくて、怖くて怖くて堪らない。 そして理解したのは、俺と志乃の住んでいる世界が全く違うと言うこと。 こんなことに巻き込まれるのは、志乃と一緒に居るからだと理解している。きっと志乃から離れてしまえば、こんなことはもう起きないと思う。けれど、それは俺の心が嫌だと叫ぶから、どうしようもできなくて、志乃のベッドに寝転びながら自然と溢れ出る涙で布団を濡らす。 そんな時、部屋のドアが開く音がして、急いで涙を拭い体を起こしながら「志乃?」と声を掛けると、そこには志乃ではなく、夏目さんが立っていた。 「怖かったですよね。大丈夫ですか?」 優しいけれど少し困ったような顔で近づいてきて、俺はその言葉にうんうんと頷いた。 「でも、泣いてましたよね。ほら、頬が濡れてる」 指摘をされ、慌てて俯き頬を拭う。 顔を上げるとそこにはさっきまで居た夏目さんではなく、無表情の夏目さんが立っていて、思わず息を飲んだ。 「怖いなら、離れたらいいのに。」 「え···」 「そんなに怖いなら、志乃さんから離れて下さいよ」 「夏目さん···?」 さっきまでの様子とは全く違う。何も映さないような瞳は俺を真っ直ぐと見ていて、逸らしたくなる。 「梓さんですよね、志乃さんにキスマークつけたの。」 「っ!」 「志乃さんって、俺のものなんです。俺のものを汚さないで貰えますか」 いつの間にか、夏目さんとの距離は殆ど無い。 夏目さんの手が伸びて、俺の首に触れる。 「このまま、殺してしまえばいいですかね」 「な、夏目、さ···」 「でも、そうしたら···志乃さんが悲しむか。姉ちゃんが自殺した時みたいな苦しい思いは、志乃さんにはしてほしくないな···」 「はな、し···て」 首に触れている手に、段々と力を込められていく。 一度、こんな目に遭ったことがある気がする。 何だっけ···? 「あんたさえ居なきゃ、志乃さんは俺だけを見てくれるのに」 ああ、そうだ、これは···俺を殴って楽しんでいたあの父親がしてきたことと、同じだ。 「ああぁぁっ!!」 「っ!うるさ──···」 夏目さんの手を剥がして、そのまま作った拳を夏目さんに向かって振り下ろす。 床に倒れた夏目さんに跨って、また何度も何度も拳を振り下ろした。 怖い、怖い。どうして俺を苦しめるの。どうして俺を痛めつけるの。 あの、俺を殴って二タニタと嬉しそうに笑う父親の顔が、頭に思い浮かんで胸が痛い。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!