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第118話 梓side

家に着いて、冷蔵庫の中に入っていたお酒を馬鹿になるくらい飲んだ。 それはさっきまでの恐怖心を忘れるためだ。 ただでさえ、酒に弱いのにこんなことをしてしまって、家のインターホンが鳴ってもなかなか真っ直ぐに玄関に向かって歩けず、時間がかかった。 「ま、ってぇ」 床が近い。気持ち悪い。 なんとか玄関に辿り着き、鍵を開けると力尽きて、床に座り込む。 「梓君?」 「んぅー···」 開いたドアから名前を呼ばれて、ゆっくり顔を上げると冴島さんがいた。 「冴島、さん?」 「うん。どうしたの?お酒でも飲んだのかな?」 「あの···れい、冷蔵庫、の···酒、飲んだぁ」 「いっぱい飲んだんだね。どうして?」 「怖いの、忘れるためぇ···ぅっ、はぁ···怖かったん、だけど···志乃が守って、くれな···からぁ、忘れるの」 冴島さんに支えられ立ち上がる。 リビングのソファーに座らされ、水を差し出されたのでそれをごくごくと飲んだ。 「怖かったね。夏目君かな。それとも···今日の帰りの事かな?」 「帰りは···怖かったけど、夏目さんの方が嫌だった···だって、俺の事苦しくしたから···俺の父親と、同じだ···」 持っていた空のガラスのコップを床に叩きつける。パリンと割れて、その音はまるで心が割れる音みたい。 「ああ、割っちゃった?怪我してない?」 「んぅ···気持ち、悪···」 ソファーに倒れ込むと、冴島さんが足元に割れたガラスを片付けてくれる。 あれ、そう言えば、どうして冴島さんがここにいるんだろう。 「冴島さん、何でいるのぉ···?」 「梓君のことが気になって来たんだよ。無理してないかなぁって」 「無理···したく、ないなぁ···」 「そうだね。それで梓君の心が疲れちゃったらいけないからね」 優しい手が頭を撫でる。 けれど、その手は志乃のものじゃない。 「本当、は···志乃から···離れたくない···」 「うん」 「志乃は、夏目さんが大切だから、俺じゃ···駄目なの、かなぁ?」 「そんなことないよ。志乃は君が大好きだから」 そんなの知らない。他人に言われたってもう信じられない。 お酒のせいで眠たくなってきて、瞼が重い。トン、トン、と一定のリズムで撫でられると逆らう事なんて出来なくて、目を閉じた。

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