118 / 292
第118話 梓side
家に着いて、冷蔵庫の中に入っていたお酒を馬鹿になるくらい飲んだ。
それはさっきまでの恐怖心を忘れるためだ。
ただでさえ、酒に弱いのにこんなことをしてしまって、家のインターホンが鳴ってもなかなか真っ直ぐに玄関に向かって歩けず、時間がかかった。
「ま、ってぇ」
床が近い。気持ち悪い。
なんとか玄関に辿り着き、鍵を開けると力尽きて、床に座り込む。
「梓君?」
「んぅー···」
開いたドアから名前を呼ばれて、ゆっくり顔を上げると冴島さんがいた。
「冴島、さん?」
「うん。どうしたの?お酒でも飲んだのかな?」
「あの···れい、冷蔵庫、の···酒、飲んだぁ」
「いっぱい飲んだんだね。どうして?」
「怖いの、忘れるためぇ···ぅっ、はぁ···怖かったん、だけど···志乃が守って、くれな···からぁ、忘れるの」
冴島さんに支えられ立ち上がる。
リビングのソファーに座らされ、水を差し出されたのでそれをごくごくと飲んだ。
「怖かったね。夏目君かな。それとも···今日の帰りの事かな?」
「帰りは···怖かったけど、夏目さんの方が嫌だった···だって、俺の事苦しくしたから···俺の父親と、同じだ···」
持っていた空のガラスのコップを床に叩きつける。パリンと割れて、その音はまるで心が割れる音みたい。
「ああ、割っちゃった?怪我してない?」
「んぅ···気持ち、悪···」
ソファーに倒れ込むと、冴島さんが足元に割れたガラスを片付けてくれる。
あれ、そう言えば、どうして冴島さんがここにいるんだろう。
「冴島さん、何でいるのぉ···?」
「梓君のことが気になって来たんだよ。無理してないかなぁって」
「無理···したく、ないなぁ···」
「そうだね。それで梓君の心が疲れちゃったらいけないからね」
優しい手が頭を撫でる。
けれど、その手は志乃のものじゃない。
「本当、は···志乃から···離れたくない···」
「うん」
「志乃は、夏目さんが大切だから、俺じゃ···駄目なの、かなぁ?」
「そんなことないよ。志乃は君が大好きだから」
そんなの知らない。他人に言われたってもう信じられない。
お酒のせいで眠たくなってきて、瞼が重い。トン、トン、と一定のリズムで撫でられると逆らう事なんて出来なくて、目を閉じた。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!