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第121話
「志乃はずっと君のためを思って動いていたんだ。俺たちに”これは必ず、今やらないと後悔する”って宣言してね。」
「···お、俺···」
「けれど、助けてから初めて、君が記憶を無くしていたことを知った。···志乃は動揺したんだと思う。」
「動揺?志乃はずっと堂々としていましたけど···」
出会ったときも、その後も、志乃は変わらず堂々としていた。
「そうだね。でもその動揺は志乃自身も気付いてなかったと思うよ。君が記憶を思い出した時、志乃の中のバランスは少し崩れた。それが拗れて今、夏目君と君の事をまだ整理できてない。···本来の志乃なら、もうとっくに片付いてるよ。」
「な、夏目さんと志乃はずっと···そういう仲だったんじゃないんですか···?それなのにそんな簡単に片付くはずが無い」
冴島さんは口元を三日月に歪めている。
志乃の本当の事を知るのは、嬉しい筈なのに怖い。
「夏目君はお姉さんが自殺してから、命日頃には確かに不安定になる。けれど今回はあまりにもそれが酷いんだ。それはいつでも頼れば甘やかしてくれる志乃が、梓君に取られるって恐れてるから。」
「············」
「でも、志乃自身、夏目君をそこまで特別な感情で見ていない。ただのセフレか何かだろうね。仕事仲間だからついでに、彼の気分を良くしてあげてるくらいだと思うよ。」
冴島さんって、すごい。
きっと、思ったことはストレートに言葉にして伝えているんだろう。だから志乃とも長く付き合えているんだ。けれど俺にはそれが少し怖いとも感じられる。
「志乃は”可哀想な子”に優しい。でも可哀想だと思っているってことは、見下しているってことだ。そもそも自分と同じレベルで見ていない。」
「じゃあ···夏目さんはやっぱり、ただの部下?」
「俺はそう思うよ。でも志乃は君には少し厳しいところがあるでしょう。つまり君は”可哀想な子”では無いんだよ。対等に見てる。その時点で君は夏目君とは立っている場所が違うよ。」
志乃について一気に話されたから、頭がついていかない。やけに喉が渇いてジュースをごくごくと飲んだ。
「君は不安にならなくていい。志乃は必ず君を迎えに来るよ。」
「···でも俺、二度と会わないって言っちゃった···」
「大丈夫。俺が約束する。」
冴島さんは強い目で俺を見る。
だから渋々だけれど、頷いてみせた。
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