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第155話

夏目さんはどういうつもりでここに来たんだろう。リビングに戻りソファーに座りながらそれを考える。 「梓さん、飲み物何かいりますか?」 「ぁ、大丈夫です···」 最後に会ったのは志乃が事故で眠っていた時に病院で少しだけ。会話もしてないから、余計に以前夏目さんを殴ってしまったことに申し訳なく思っている。けれど、それでも、夏目さんも夏目さんだと思う。 「あの···じゃあ、少し話してもいいですか?」 「はい」 遠慮がちにそう聞かれ、頷くとすぐそばに寄ってきた。隣に腰を下ろした夏目さんが、俺をちらりと見る。 「本当は···もっと早くに言うべきだったんですけど···」 「え?」 俯いた夏目さんが、意を決したように顔を上げて俺を見た。 「梓さんの事を困らせて、悲しませて···本当にすみませんでした。」 そして頭を下げる。突然の事に対処できなくてあわあわとしてしまう。 「いやっ、あの、俺も···殴ったりして、ごめんなさいっ」 「気にしないで下さい。俺が怒らせるようなことばかり言ったから。梓さんは何も悪くないです。」 お互いに謝ってばかりだと埒が明かない。 ところで夏目さんはもう体も心も大丈夫なのだろうか。 「あの、夏目さん」 「はい」 「言いたくなかったら、聞かなかったことにしてもらって全然いいんですけど···もう、大丈夫なんですか?」 聞いてもいいことなのかわからないことを聞く。すると夏目さんは優しく笑ってくれた。 「俺には頼れる人が他にも居たんです。それも、一番身近な人達が。今はその···家族に支えてもらったりして、落ち着いてます。まだ眞宮組にも置かせてもらってて、もう少し休むつもりなんですけど、今日は梓さんと話をする事で区切りをつけようって。また近いうちに徐々に仕事に復帰する予定です。」 「···それは、よかったです。」 「ありがとうございます。···ところで志乃さんから聞いたんですけど、暫く外に出てないんですよね。」 「···はい」 夏目さんは俺の手を取って軽く握った。 「俺とお出かけしませんか?梓さんが甘いもの好きって聞いて、美味しいお店探してみたんです!俺も甘いもの好きだから、一緒にどうかなって!」 「え、えっと···」 「あ!無理にとは言わないんで!もし良ければですけど···」 あんな事があったから、外に出るのは怖い。もしかしたら槙村がどこかで待ち伏せしているかもしれない。けど···美味しいものは食べたい。 「い、行きたい···でも、ちょっと怖くて···」 「怖いですか?それは···槙村って人が?」 「···はい」 俯いて小さく言葉を零す。それでも夏目さんはその言葉を拾ってくれた。 「それなら大丈夫です。槙村は梓さんに手を出すことは無理ですよ」 「···え?何で?」 「梓さんを苦しめた奴を、志乃さんが放っておくと思いますか?」 ニヤリと笑った夏目さんに、苦笑が零れた。

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