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第202話
病院の廊下がやけに長く感じた。
ハル君が向かうのは特別な病室らしくて、人があまりいない。
「いた」
「············」
バッと顔を上げると、神崎さんに相馬さん。それから早河さんがいた。
「早河」
「お疲れ様です。医者と中に居ます」
「ああ」
それを聞いて病室に勝手に入る。
「──···梓」
「······え、ぁ、志乃···?」
パイプ椅子に座った志乃が、俺を見て困ったように笑う。瞬間、力が抜けて床に座り込む。そこから見えたのは、たくさんの機械に繋がれベッドで眠る夏目さんだった。
「な、つめさん···」
「······俺を庇って、車に轢かれた」
志乃が悔しそうな顔をして、太ももの上の手に力が入れられ、拳を作る。
怪我人が志乃じゃなかったことは、正直嬉しい。けれど、夏目さんがこうなってしまったことは、とても悲しい。
ゆっくりと力を入れて立ち上がり、痛々しい姿の夏目さんを目に入れると、涙が溢れてくる。
「···志乃を、守ってくれて、ありがとう」
そんな言葉が口から出て、目から溢れた涙が頬を伝い落ちていく。
「もしかしたらこのまま、目を覚まさないかもしれない。俺はこのままここにいる。お前は暫く──······」
「俺も、いちゃだめ?」
「···駄目だ。家にいるか、本家にいるか、どっちかだ」
ここで嫌って言ったって無駄だっていうことは、志乃の目を見たらわかった。
仕方が無いから、家に帰ると言おうとした時、肩に手が置かれて驚いて振り返る。
「梓は俺が預かる。」
「ハル君?」
「お前がここから離れたくないのはわかる。けどそれじゃあ梓は守れない。だからその間、俺が見ておく」
志乃は驚いてハル君を見たまま、何も言葉を発しない。
「いいな」
「···は、はい」
ハル君の威圧感が凄い。
ハル君に腕を掴まれ、病室を出ると早河さんと、いつの間にかここに来ていた命さんが、無言で後ろをついてくる。
「お前は志乃の事を支えたいかもしれねえけど、こういうことはこれから先も何度も起こる。それにこのままここにいた所で何かが変わるわけじゃない。」
「そんなの、わかってるけどっ!」
「だからこそ、お前にはするべき事がある。そうだろ。まずはお前が誰かを支えられるくらいに強くならなきゃなんねえ。わかるか?」
車に連れ込まれ、エンジンがかかる。
「お前は今も不安定なんだろう。」
「···わ、わかんない」
「命、トラの所に」
夏目さんのこと、志乃から離れること、考えると胸が痛くて、さっきまでは平気だったのに突然呼吸をするのが辛くなる。
「その不安定を少しでも抑えられる方法を自分で知ることが大切なんだって、トラが言ってた」
「っ、そ、そんなの、できな···っ」
「できないならそれでいい。その代わりこの世界から離れろ」
厳しいハル君の声が、鼓膜を揺らした。
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