203 / 292
第203話
連れてこられた所は言っちゃ悪いけど、少しボロくて幽霊でも出るんじゃないかって思っちゃう建物。
眞宮組の怪我をした組員さん達はここに来ているようで、どうやらここは病院らしい。
腕を掴まれたまま建物内の廊下を歩き、ハル君は躊躇うことなくとある1室に入った。
「トラ」
「あら、ハル」
そこに居たのは男の人。白衣を着ていて医者だということがわかる。ハル君がトラって言っていたから、さっき車で言ってた言葉はこの人が言ったらしい。
「一通りみておいたわ。ところで後ろの子はだぁれ?あ!もしかして浮気っ!?陽和君にチクってやるわ!」
「違う」
トラさんの見た目と口調のギャップに驚いて一歩退いたのに、ハル君に腕を引かれることで無意味になる。
「眞宮組の若頭の恋人。それから現頭の甥っ子。」
「あ、梓、です」
「···あらあら、なら今大変でしょう。」
「話、してやってほしい」
「わかったわ」
ハル君が俺の背中を押してトラさんの前に出す。そのまま、ハル君は俺を置いてどこかに行って、一人になった事に緊張して、下を向いてると「緊張してる?」と優しい声でトラさんが聞いてきた。
「···は、い」
「ごめんなさいねえ。ハルったらいつもああなのよ。もしかしてキツい言葉言われた?」
「···まあ、ちょっと···」
「やっぱり···あれね、あの子なりの優しさなんだけど、言葉を選ばないから人を傷つけることもあってねぇ。あ、ここに座って!コーヒー飲めるかしら?」
ゆっくり顔を上げてこくこく頷くと、柔らかく笑ったトラさん。俺は指定されたソファーに座って大人しくする。
「私はあまり眞宮組と関わりがないから、深くは知らないんだけど···梓君の恋人って眞宮志乃なんでしょう?すごくイケメンよね」
「え」
「あの男らしい感じがすごくタイプ。命って知ってる?ハルもだけど、命も男らしいから大好きなのよ」
「命さんもハル君も···確かに、すごく男らしくて、憧れます···」
「やっぱり!でもあまりそれを恋人の前で言っちゃダメよ!落ち込んじゃうから!」
コーヒーが目の前のテーブルに置かれる。有難く受け取って、ひと口飲めば美味しくて、肩に入っていた力がふっと抜けた。
「あ!そういえばここに今眞宮組の立岡って人がいるけど、会う?」
「え、立岡さんいるんだ···どんな具合なんですか?」
「んー···まあ、あの状態で動けてたのはすごいと思う」
苦笑するトラさんに、そんなに大怪我をしてたんだと心配になった。ちょっと考えていることが俺と違って、面倒臭がりで、マイペースだからあまり好きじゃなかったんだけど。
「もしかしたら眠ってるかもしれないから、後で行きましょうか。···ところで梓君は何か気になることでもあるの?」
唐突に来たそんな質問に、唖然とする俺を、トラさんは優しい眼差しで見てくる。
「怖いこと、辛いこと、忘れたいこと···それから、幸せなことに、楽しいこと···。気になること、ある?」
「···お、俺···」
「私は梓君の敵じゃない。それに今さっき出会ったわけだから、親しいわけでもない。でもそういう人にだからこそ話せることってあると思うの」
確かに、近い人に話せないことも、そうでない人には少しでも話すことが出来る気がする。
その言葉に頷いて、胸の中に潜ませてた言葉を吐き出した。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!