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第206話
俺と目が合った赤石さんは、ハッとした顔をして、トラさんに詰め寄る。
「ごめん、今忙しかった?」
「いいのよ。立岡君は休んでくる?」
「んー、ぁ、わかった。桜樹組の若頭の恋人か」
立岡さんがそう言うと赤石さんは顔を歪ませ、立岡さんを睨みつけた。
「誰そいつ」
「眞宮組の人。浅羽と手を組んで抗争してね、怪我したからここにいるの。ちなみにそこの彼は眞宮組の若頭の恋人よ」
「この子?···待って待って、死にかけてるじゃん。何してんのトラ」
俺の目の前に来た赤石さん。目が合うとにっこり笑って「おはよ」と言う。
「どうしたの、辛いの?ヨーグルト食べようとしてた?俺が食べさせてあげよっか?」
「······いい、です」
「まあまあ、たまには甘えてみることも大切だよ。」
ヨーグルトとスプーンを取られて、スプーンに少し掬い俺の口元に持ってくる。
「はい、あーん」
「············」
この人はどういう人なんだろう。気になるけど、それより先に唇にチョン、とスプーンがあたり、ヨーグルトが付いて仕方なく口を開けるとそれが中に入ってきた。
思っていたより甘い。
「いい子じゃん。ちゃんと食べれて偉いね。」
「···まだ食べる」
「うん、いいよ」
何故かこの人から与えられるものは美味しい。褒められることも嬉しくて、ちゃんと食べようって思う。
「···赤石、後で話聞いてあげるから、任せてもいいかしら」
「うん。あ、そうだ、君の名前は?」
トラさんと少し話して、それからすぐに俺の方に向き直った赤石さん。口の中にあったヨーグルトを飲み込んで、言葉を落とす。
「···佐倉梓」
「梓君ね。体は怪我してない?痛いのはここだけ?」
トントン、と胸を人差し指で突かれて、途端、ぶわっと涙が溢れてきた。
さもこの人が魔法を使って涙を生み出したかのように、一瞬で。頷いて、涙を拭う。
「···そっかぁ。そんなに辛いことがあるんだね。それなのに君の恋人は君を助けてくれないの?」
「···だ、だって、志乃は···忙しくて」
「忙しい?何それ。そんなの関係ないよ。···本当はその···志乃さんと、何がしたい?言いたいこともあるんじゃないのかな」
コトン、と食器を机に置いて、赤石さんは俺の隣に座る。
「···お、俺だけ、俺だけ見てほしい」
「うん。それから?」
「夏目さんが大切なのは、わかるけどっ···俺だって大切にしてほしいっ」
ボロボロと溢れ出る涙に言葉。
赤石さんに抱きしめられて、より一層それが多くなる。
「梓君にはたくさん、伝えられる力があるよ。俺は伝える前に諦めようとしたけど、君は諦めようなんて思ってない。それはすごい事だよ」
「···でも、届かなきゃ、意味が無い···っ」
「じゃあ、届けに行こう。どれだけ辛くて寂しくて、それでも待ってるんだよって」
今さっき会ったばかりなのに、赤石さんの言葉がスーッと心に入ってくるのは、赤石さんが過去に同じようなことがあったからなのかもしれない。
伝えることを諦めようとした、それだけの事があって、そこから立ち直ってきた人だから。
「伝えに行きたい?」
「···うん」
「よし!なら作戦会議しよ!伝える時どうしてやる?殴る?」
「な、殴らないよ」
「えー!そうなの?俺なんて最近燈人に腹立つから···あ、燈人って言うのは俺の恋人ね。喧嘩して話聞いてくれない時とか殴るよ」
「ダメだよ···」
ケラケラ笑ったその人を見て、体からふっと力が抜けた。
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