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第209話 梓side
「えー、何それ、酷くない?体は辛くなかったの?」
「ん、でも···志乃は多分、それでも気を使っててくれたんだと思う···動けなくなる程辛い日はなかったから」
「そんなの当たり前だよ!待って待って、価値観が違いすぎる···俺の思う”気を使う”はね、相手をもっと労わったり···」
赤石さんは凄くいい人。高校生の頃、女の子が集まって恋愛の話をしているみたいに、何でもぶちまけられるような、そんな人。
「でも···記憶を失くしてたってのは大変だったね。俺の知り合いも部分的に記憶を失くしていたけど、それでも思い出すのには苦労してたよ。」
「今は思い出せたんですか?」
「うん。おかげで恋人ともラブラブ。俺もみっちゃんみたいな彼氏がいいなぁ!」
そうして楽しく笑っている時だった。
「────ほぉ迎えに来てやったのに俺じゃなくて黒沼が良いと。」
「げっ!」
低い声が聞こえてきて、その声のした方に振り向けば、怖い顔をした男の人が立っていた。
「迎えに来てやったって何さ。そもそも燈人が悪いんでしょうが」
「うるせえな、食器割ったくらいで何だよ」
「俺のお気に入りのやつだったんだよ!!」
赤石さんがフンっと燈人さんから顔を背ける。同じ部屋で仕事をしていたトラさんは「うるさいわね」と小言を言うけど、二人には関係ないようだ。
「だから新しいやつ買ってやるって言ってんだろ!いちいち拗ねんじゃねえよ!」
「はぁ!?そもそも謝罪はないわけ!?」
「···面倒臭いな。···ところで、お前は?」
突然燈人さんの視線が俺に向いて、ビクッと震えた。
「眞宮組の若頭の恋人」
「眞宮組···ああ、眞宮志乃か。大変だったな、浅羽も動いたって聞いた」
「そう。で、今恋人に放置されてる梓君と、恋人についての愚痴大会を開催してた。」
「不満があるなら直接言えよ。自分じゃそういうことはわかんねえんだよ」
赤石さんの頭をグリグリと撫でた燈人さん。「もー!やめろよ!」とその手を叩き落としている赤石さんだけど、その顔は少し嬉しそう。
「で?眞宮志乃に放置されてるって何でだ」
「ちょっと···無神経が過ぎるよ燈人」
「あ?若頭の恋人なんだろ。覚悟持ってやってんじゃねえのかよ」
以前ハル君に似たような事を言われたのを思い出す。強さだとか、覚悟だとか、そんなの俺は知らない。ただ1人の人間を好きになる事が、こんなに自分を責めることだなんて思っていなかった。
「燈人、この子は俺達と同じじゃない。俺は元々極道だから大抵の事じゃ揺らがないよ。でもね、この子はつい最近までただの学生だった。」
「だからってそんな甘えが通用するかよ。晴臣の恋人だって──···いや、あれはまだ覚悟がねえな。すぐに揺らぐ」
そんな燈人さんの言葉に胸が締め付けられる。苦しくなって胸元に手を当てた時、燈人さんの頭を──···トラさんが叩いた。
「いい加減にしな。ただの一般人にそんなもの備わってるわけがないでしょ。あんたは夢見すぎよ。誰にでもそんな覚悟があるわけじゃない。」
「······すみません」
「いいのよ。はーい、じゃあ梓君、お散歩がてら立岡君にお薬渡してきてくれる?」
「···はい」
ついでにそのまま外に行って、落ち着こうと思いながら部屋を出た。
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