216 / 292

第216話

冴島さんが帰って行き、俺は外に出る支度をする。志乃が本気で夏目さんを選ぶなら、俺はいつまでもここにいれないし、ちゃんとする事はしなきゃいけない。 外に出てもう慣れ親しんだ道を歩き、繁華街に出る。1人で警戒もせずにただぷらぷらを歩くのは以前は志乃から”軽率な行動はするな”と言われて腹が立っていたのに、今ではそれがなくて寂しい。 どうやら俺はこの街ではもう眞宮志乃に監禁されていた男として有名らしく、不良に見える子達からの好奇な視線が刺さる。 駅前に行くとフリーペーパーがあって、帰りはこれを取って帰ろうと思いながら改札を通り、電車を待った。 少ししてやってきた電車に乗り、座席に座る。窓の外を流れる景色は初めて見るものばかりだ。 暫く電車に揺られてやっと降りた知らない駅。 その頃にはもう夕方で、空は暗くなってきている。 知らない土地を歩くのは楽しい。そう思いながら足を進める。冷たい風に頬を撫でられても気にせずに歩いて、そうしているうちにネオン街に出て、咄嗟に”間違えた”と思った。 来た道を引き返そうと踵を返そうとすると、それよりも早く誰かの手が俺の手首を掴む。 「何してるん?」 物腰柔らかそうな男の人。年は少し上に思えるけど、志乃よりは下かもしれない。それよりも、特徴的なイントネーションと、綺麗に染められた銀髪に興味を持った。 「歩いてたらここに来ちゃって」 「へぇ。1人なん?」 「1人···銀髪、すごい綺麗」 「ほんま?嬉しいなぁ。なあ暇やったら遊びに行かん?俺の連れが用事あるとか言うて帰ってもうてさ」 「···知らない人にはついて行くなって」 「俺は井手上(いでがみ) 健人(けんと)。これでもう知らん人ちゃうやろ?」 人懐こい笑顔の井手上君は掴んでいた俺の手首から手を離し、その手を俺の前に差し出す。 「あんたの名前は?」 「佐倉 梓」 「梓君ね。じゃあ、遊びにいきませんか?」 「···行く」 差し出された手を掴んで、井手上君の隣を歩く。 「ここら辺地元?それとも初めて?」 「初めて来た」 「そうなん?じゃあ案内したげる。」 「ありがとう」 未だに繋いだままの手が温かくて、その熱に縋ってしまいたかった。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!