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第217話

「井手上君は···」 「健人でええよ。俺は、何?」 「健人は、何で俺に声かけたの?」 「何で···うーん、何か···無駄にほわほわしてたから、危ないなぁ思って。何て言うたらいいんかな···」 知らない道を歩いて行く。とりあえずご飯を食べようって、健人がおすすめのお店に連れていってくれるらしい。 「あっ!ほら、電車のホームでこの人は目離したら危ないなぁっての、無い?」 「···あ、るの、かな?」 「あるねん!シチュエーションは違うけどな、それが梓やったから、ここがホームやったら飛び降りてるかもしれんって思ったら、声かけてた」 優しい目が俺を見て、ドキってした。 志乃と離れてから同情の色の無い目で見られたのは初めてだ。 「何か悩んでるんやろうけど、死のうと思ったんやったらその前に俺が話聞いてあげる。まあ聞くくらいしかできやんねんけど···」 「···優しいんだね」 「優しい?···いや、これくらい普通ちゃう?目の前に死のうとしてる人おったら手差し出すやろ。」 健人の言葉に苦笑いを返す。多分俺は人によって態度を変えてしまうから。 「あ、着いたよ!ここなぁ、ピアノの演奏とかもたまにあってめっちゃゆっくり出来るしええ所やねん。どうぞー」 開かれた店のドア。そこからは優しい音楽が聞こえてきた。 「梓ってお酒飲める?」 「あー···すぐに酔っちゃう」 「そうなん。ここノンアルもいっぱい種類あるよ」 健人って気が利くなぁと思う。初めて会って間もないけれど、そんな彼にもう絆されて、志乃のことは過去にして、新しい自分を作れるかもしれないと、そう思った。

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