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第218話
ご飯も食べて、飲み物を飲んでいたら健人がさっき言っていたピアノの演奏が始まった。
「···で、梓は何で1人でおったん」
綺麗な女性の弾く優しいジャズにうっとりとする。
それは俺の聞いたことのない曲だけれど、すごく綺麗で、フゥ、と小さく息を吐く。
「恋人が、俺じゃない人を選んだ。もしかしたらそれが今だけじゃなくて、これからずっとなら、俺は···生きていけないから、恋人の代わりを見付けようって思って」
「···難しい事してんねんな」
「うん。でも···見付けられそう。今凄く穏やかな気持ちだから」
「そうなん」
高い音で曲が終わる。
思わず拍手をすると、ピアノを弾いていた女性が口元を緩めて笑う。その姿は綺麗だ。
「あの女の人はな、借金返す為に毎日演奏してるねん。この街ではあの人は有名。」
「そうなんだ···借金か、大変だね」
「そう。親が借金して逃げたらしい。」
「迷惑な親だね。」
あまり他人の家庭事情に興味はない。そして、そんな話をしていると次の曲が始まった。
「梓にとっての恋人って、あの人にとってのピアノ?そういう意味で生きていかれへんの?」
「···んー、わからないけど、お金が無くて生きていけないとかじゃないよ。確かにお金がないのは困るけど、それよりも···恋人が居なくなるのが、嫌だ」
気が付けば、目から零れていた涙。
なんとか縁だけ象っていた心が、ボロボロ崩れて形を失くしていく。
「梓、この曲終わったら出よっか」
「···うん」
ピアノの弾んだ音が、虚しく聞こえた。
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