219 / 292
第219話
演奏が終わり、席を立つ。
お会計をしようとしたら、健人がお金を払ってくれて、後で返さなきゃなと思う。
店を出れば外はもう暗くて、人気も少なかった。
「なあ、梓、聞いていい?」
「うん」
「梓の恋人って···男?」
「ぁ、え、な、なんで···」
もしかしてさっき、いつの間にか男って言っちゃったのかな。思い出せなくて焦っていると健人がケラケラと笑い出した。
「梓が言うてたとかやないよ。ただ女やったら大体彼女って言うし、やから男なんかなぁって」
「···引いた?」
「引く?何で。人を好きになることはいい事やのに。それは相手が同性でも異性でも変わらんよ」
健人はそう言って俺の手を掴む。
やっぱり健人の手は温かい。
「それに、俺はどっちでもいけるねん。」
「あ、そうなんだ」
目尻にまだ残っていた涙を拭う。その時掴まれた手を引かれ、健人の肩に鼻が当たって少しだけ痛みが走った。
「っ、健人···?」
「梓の恋人が、違う人を選んでる間、梓は俺を選ばへん?」
「···な、に?どういうこと···」
健人の言葉の意味をうまく理解できない。志乃と一緒に居れない間、健人と居ろってことだろうか。
「辛いなら、俺に逃げといで。」
「······逃げ、る」
「そう。泣くほど辛いなら逃げよう」
体が離れて、健人に肩を持たれる。
「嫌なら殴って止めて」
顔が近づいて唇に触れる他人の体温。それは嫌とは感じなくて、少しだけ志乃の代わりを見付けた気がした。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!