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第226話 志乃side

あれから、冴島からの連絡は無い。親父やお袋からも何も言われずに、梓が無事かどうかすらわからない。 「志乃さん見て、ほら、歩けた」 「···よかった」 順調に快復している夏目を見て、俺の中で渦巻いていた恐怖は徐々に薄れていっている。 「ね?俺もうここまで治ったから、大丈夫ですよ」 「···そうだな」 そろそろ、ずっと避けていた現実を見ないといけない。梓を迎えに行って、謝って、やり直さないといけない。 そう思えるくらいに、心は安定しだしている。 その話を夏目に切り出そうとした時、病室のドアがノックされて、夏目が返事をする。 ゆっくり開いたドア。そこには立岡が立っていて、立岡の方も傷はもう良くなったんだと理解する。 「久しぶり、志乃、夏目」 「治ったのか。良かった」 「······そうそう、治ってくれたんだ。夏目は?どんな感じ?」 「もう歩けます」 ベッドまで歩いて戻った夏目。俺は立岡がふらふらとこちらに近づいてきたので、用があるのか?と視線を送る。 「志乃、そんなのんびりしてていいわけ?」 「···いや、そろそろ戻る。夏目の体調も良くなってきたし」 「そう、でも残念。梓君だけどね、志乃がモタモタしてるから、新しい恋人作ったよ」 「は···?」 立岡がニヤッと笑い、俺の目の前に立った。 「まあ、お前なんかよりは随分いい人だろうね。自分の感情1つで恋人を遠ざけたり、恋人から離れて違う人を選んだりしない。」 「···それは」 「俺はさ、正直梓君のことは好きじゃないけど、それでも可哀想って思う位には、お前が最低に見えるよ」 「···············」 「言い返せないか。じゃあついでにもう一つ、梓君はもう何日もお前の家に帰ってない。ずっとその恋人の家にいる。つまり···そういうことをしていたっておかしくないね。ちなみにそいつは男ね」 色んな情報が1度に頭に入ってきて、整理ができない。兎に角、梓は俺ではない誰かのところに行ったということだけはわかった。 「···梓は何処だ」 「ふっ、今までは友達だし、一応上司だしってことでタダで教えてあげたけどね、今回は俺一応怒ってるから、タダでは教えてあげない。冴島なんて怒ってるって可愛いもんじゃないよ。激怒。本当、キレてたよ」 「···何が欲しい」 「元のお前に戻れ。2度とこんな真似するな。それが約束できないなら、何をされても教えない。」 ギリッも奥歯を鳴らす。 俺は好きでこうなったわけじゃない。けれど確かに、梓から離れて夏目を選んだ、その選択は間違っていたのかもしれない。 「···約束する」 「なら教えてあげる」 梓は、俺を許してくれないかもしれない。それでも謝りたい。今、隣にいる奴が好きなんだとしても、戻ってきて欲しい。そんな我儘な思いを胸に閉じ込め、立岡の教えてくれた場所に向かった。

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