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第229話 梓side
「落ち着いた?」
ソファーの背もたれに凭れ、深呼吸を繰り返す。自分でもどこを見ているのかわからず、ただ空中を見て、ぼーっとしていると、健人が俺の前に膝をついて座り、両手を取ってそう聞いていた。
「···うん」
「あの···志乃さんが、恋人さん?」
「そう。···久しぶりに見たから、動揺しちゃって···ごめんね」
「ううん、ええんよ。梓の気持ちが落ち着いたんやったら」
健人が優しく笑って、俺の頬を濡らしていた涙を拭ってくれる。そんな事をされると甘えたくなって、前屈みになり健人にキスをした。
「健人、俺、多分···間違ってる」
「··それは悲しいなぁ。俺、梓のこと好きやのに」
「違うの、健人が悪いんじゃなくて···」
「わかってるよ。やから···今だけ俺のこと見てて」
寂しそうな表情が、胸を締め付ける。
健人にどれだけ酷いことをしているのか、わかってる。
「ごめん、健人。」
「···はは、謝らんで。今はまだその時とちゃうよ」
健人の広い心に救われる。そんな自分が嫌になる。
「その時なったら、俺のことは忘れて幸せにしてもらうんやで」
「···············」
「俺は、好きな人に幸せになってもらえたら、それが一番嬉しいから」
そう言った健人が儚くて、消えてしまいそうで、ここに繋ぎ止めるのはズルいと思うけれど、その為に優しく、けれど強く抱き締めた。
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