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俺とアキ 5

よし⋯。 早速入口に設置されてるカゴを手に取って店の奥へと足を進めていく。 コンビニと言ってもそこら辺の店内とは少し異なり、肉や魚、野菜など、新鮮な食べ物も陳列されていてどちらかと言えば、スーパーに似たような構造になっている。 だからここに来たら探し物はほとんど見つかるし、日用品だってなんでも取り揃えられている。 寮が併設されてるからこその仕組みなんだろうけど、敷地外に出なくたってほとんどの品が揃うこの便利な状況に初めて来た時は感動したっけ。 「え〜っと、何にしようかなぁ。うわ⋯このおにぎり美味しそ。⋯これは、新商品⋯⋯?パンなんていくらあっても困んないもんね」 まともに食事も取れないまま、口にしたとしても味っけのないものばっか。 やっと回復し始めた身体が欲するのは普段からよく好んで食べていた炭水化物に甘味、⋯⋯野菜⋯はもちろん論外で。 欲望のままに今食べたいものを欲しいだけ、いや、それ以上に次々とカゴの中に放り込んでいく。おにぎりやパンから始まり、季節のデザートやお菓子、冷凍食品なんかも選んで手に取っていく。今日食べなくてもすぐ冷凍庫に入れちゃえば、いつだって好きな時に食べる事ができるしね。 あとは飲料水コーナーにも立ち寄ってその品揃えを確認してみる。 ん?桃の果実が100%詰まってます、だって?こんなの美味いに決まってんじゃん。 あっ!これアキがよく選んでるやつ。俺も少しだけ飲ませて貰ったけど、めちゃくちゃ美味しかったんだよなぁ。⋯⋯これはアキに買ってってあげよ。 「⋯⋯さっすがにパンパンすぎたかもな」 久しぶりの外出、そして魅力的な商品の数々に対して棚に伸ばす手を止めることが出来なかった。 気付けばカゴの中身をパンパンに占領してしまっている食べ物の多さに今更理性が働き出し、う〜ん⋯と悩んでしまう。 でもまあ、一度カゴの中に入れてしまったものは仕方が無い。棚に戻すのも気が引けるし、何よりもこの量をわざわざ一つ一つ選別しながら棚に置いてく作業の方がダルすぎる。 しかも途中から楽しくなっちゃって、アキの好物も沢山入ってるんだよなぁ。一緒に食べたいし。 だから、まあいいか。 たまにはこういう日があっても良いよね、と思考を切り替えてレジまで向かう。受け取ったレジ袋のずしっとした重さを感じてしまえばまた俺の理性が働き始めてしまうが、そんなの今更なんだって言うんだ。 あとは部屋に戻るだけ。そして好きなものを好きなだけ食い漁ってやる! 会計を終え店の出口まで向かう途中で、パーカーの前ポケットに放り込んだままの携帯が振動している事に気付く。 ん、いつから鳴ってたんだろ。 ちょっと待ってね〜、と両手に抱えた袋を片手にまとめ直しポケットの中を探れば、トン、と手に当たった携帯の振動が、指先を通じて直で伝わってくる。 なんだろ⋯なんか返してない連絡とかあったっけな。 未だに止むことの無いポケットの中の振動音。 過去に音量設定の調整を忘れてしまったまま、暇だからと授業中に起動したアプリゲーのBGMが盛大な音を立てて起動してしまったその瞬間、静寂に包まれた室内と教師から向けられる痛いくらいの視線。 あまりにも気まずい空間に耐えきれず、そっからずっとバイブ機能に設定したまま放置している。 俺の手の中で静かに震え続けるそれを取り出して画面を覗き込んでみたその瞬間、そこに浮かび上がるよく見知った人物の名前。 や〜〜〜っべ。すっかり忘れてた。 外の厳しい冬の寒さと、そして猫のユキちゃんとの出会い。そのどれもが印象的で俺の頭からすっぽり抜けてしまっていたが、絶対に忘れちゃいけなかった今の俺の状況。 あ〜!!⋯ん〜⋯⋯どう、しよっかなぁ。 手軽なサイズで操作時も負担をかけないこの重さ!として宣伝されてた筈のこの機械が、今ではすっごい大きな鉄の塊のかのように俺の手の中で存在し、今にでも落としてしまいそうな程に手の力が少しずつ抜けていく。 やがて持ち主を呼び続けるその機械は反応が無い事を察してか、振動を止めて大人しくなってしまった。 ⋯⋯かと思えば、そこに居るんだろ。と言わんばかりにすぐに振動と共に主張をし始める。そして、その瞬間にまた、パッ、と画面に表示されるのは『アキ』という2つの文字。 普段は嬉しいその表示名も、今では意味合いが全然変わってくる。 っ⋯⋯気付かなかった、とかでなんとかなんないかなコレ。 しばらく、じっと携帯画面と睨めっこをしてその振動が終わる時を待ってみる。 複数回、振動した後にまたピタリと止まる。そしてまた、振動を始める動作をずっと繰り返している。 い、一応ね。確認だけはした方がいいかもしれない。 一体この携帯電話はいつから俺の事を呼び続け、反応を待っているのか。 通知が終わったタイミングで素早く画面をスワイプし、電話アプリの右上に赤文字で表示されてる通知数を確認してみる。 『16件』 ⋯マジか。⋯⋯生まれて初めてその数字に、恐怖を感じた瞬間だった。 そしてこうしてる間にも再び通知を知らせて振動を開始している。きっとこれは俺が反応を示すまで永遠にその存在を主張し続けるのだろう。 『アキ』もといは、『おに』かもしれないし、『悪魔』かもしれない。今では画面に浮び上がるその2文字が恐怖心を増長させる言葉だと言うことは明確だった。 仕方ない、このまま何もしないってのは気が引けるし⋯⋯それにこう言うのは早めの対応が肝心だって言うしね。 ふう、と気合いを入れるために深めの深呼吸を繰り返す。 頑張れ、俺。 再び震え始めた手元の携帯画面を確認し、その真ん中に表示されている電話マークをポチッと押して恐る恐る耳に当ててみる。

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