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俺とアキ 8
『俺が今から数え始めるカウント数が0になるまでに間に合わせて、走って帰って来い。』
「⋯⋯⋯はい?」
『は?聞こえてなかったのか?だから、1分やるよ。60秒キッチリ数えててやるから、それまでにさっさと帰って来いって言ってんの。』
いやいやいや、どう考えても無理でしょ。何言ってんの??
こっから部屋に戻るまで、歩いて数分。その距離を一気に走ってしまえば2、3分でいけると思う。多分。しかも、全力疾走でね。
だからこそ、絶対に出来ない。無理だ。その条件だけは考えなくても分かる。無茶したって、せいぜい⋯⋯いや、やっぱ2分⋯⋯もしくはそれ以上。
それに、今の俺にはパンパンの荷物があって、体調も万全ではない。
なんでそんな事⋯⋯
『無理なら別に良いけど。それならもう今日は戻って来なくて良いし、お前もそんな気分だったんだろ?帰りたくないって言ったたもんな』
「ちがっ⋯⋯!なん、でっ⋯⋯いいの?!俺がこのまま外で凍えちゃって倒れたとしても。⋯⋯そしたらアキは悲しくないの?」
『⋯⋯別に良い。帰ってくるのか諦めるのか、お前が自分で考えて決めろ。んじゃ、始めるからな。60、59、』
「っ⋯!!!ま、って!!わかった!帰るから!いま、すぐ帰るから!!!」
ガラリ、と状況が大きく変わってしまった。
別に良いわけないだろ!!アキのばか!!
同情を誘ってみるが、そんなもん今更通用するはずが無かった。
しんみりとした空気感を味わう余裕さえ与えられず、早速始まってしまった『死』へのカウントダウンに身体が弾かれるように動き出す。
携帯を耳に当ててアキの声を聞いてる余裕だって無い。から、急いでスピーカーモードに設定し、パーカーのポケットの中にガッ!と突っ込む。
完全に俺の計算違いだった。優しいアキだからこそ、俺の事を一番に考えてくれてどんなわがままだって最終的には全部受け入れてくれる。そう信じてたのに。
まっ、そもそも全ての事の発端は俺なんですけど、ねっ!!
重量のある荷物をしっかりと両腕で抱えながら、寒空の下を今度は全速力で駆け抜けていく。
その間にも俺のポケットからは段々と増えてくカウントダウンの数字を、少しずつ刻んでいくアキの声が聞こえてくる。
ぜ〜ったい無理なんですけど⋯!!
でも、やんなきゃいけない。じゃないともうアキに絶対許して貰えないような、そんな気がして。
『あと30秒。因みに今どこら辺なの?』
「っ!!や、っと、寮が見えて⋯きた、とこっ⋯!!」
『ふ〜ん、ま、頑張れ。30…29……』
一応優しさの欠片は残ってくれてるのらしく、時々カウントを止めてくれる。
その間に少しずつ、1ミリでも多く距離を稼いでく。
が、だがしかし、答えてる余裕もないくらいにほんとは苦しい。
真冬なのに、はぁはぁ、と息が上がって汗が滴り落ちていく。⋯⋯いや、これは冷や汗の方かもしれない。
やっ⋯っと着いた⋯⋯!!
『あと15秒。で、今は?』
「もっ!!つい、たからっ゛!!ま゛っ、て!!」
『そのまま部屋まで走って来い。⋯⋯14。』
鬼畜、すぎ!!寮についたとて止まらない数字での脅し文句に、ひゅん、っと俺の下半身の玉まで冷えていく。
息を整える余裕さえ与えられない死のカウントダウン。
寮のエントランスを必死に走り抜けて目的の階まで階段を一気に駆け上がる。
っ、しぬ゛っ゛!!
『あと10秒、10…9…8』
「っは、あ!!ハッ⋯っ!!」
っー!!!!着いた、っ゛⋯!!!
やっとの思いで駆け上がってきた見慣れた階のフロア。ヨロヨロと廊下まで進めば、俺の部屋の前で壁に凭れながら腕を組み、待ち構えているアキの姿。
俺の姿に気付いたのか、ちらりと視線を向けられただけで、電話越しから聞こえてくるアキの声。
『ここまで、ちゃんと来い。3、2、』
「っだぁあああ!!!」
最後の力と気力と体力と、そして死への恐怖心を全力で振り絞る。もうこれ以上は走れない。けど、絶対に走らなきゃいけない。いつもはなんとも感じない廊下でさえも、今日は恐ろしい程に長く、そして俺の部屋が遠く感じてしまう。
死にものぐるいで必死に身体を動かして、アキの元まで。あと少し、も〜〜少し!あと、いっ、ぽ!!
「ぜろ。⋯⋯⋯⋯⋯、終わったな。⋯⋯⋯お前の顔が」
やっと辿り着いたアキの目の前。その瞬間、俺の体力も底を尽きた。
ドカッ!!!と派手な音を立てて、顔面から地面にぶっ倒れてしまった。⋯⋯その瞬間、腕をばっ!!と上げて持っていた荷物は守ったけど、俺の顔は、どうにもならなかった。
「お前さ、守るもん逆じゃねえの?」
痛すぎて、喋ることも出来ない。
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