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俺とアキ 9
「⋯⋯⋯これっ⋯アキ、の好きな物もたくさんっ⋯⋯買ってきたから、守んなきゃ⋯⋯って」
しばらく身体を動かす事さえままならないまま、地面とのお付き合いをする。
取り敢えず荷物だけでも先に、とアキに声を掛けて受け取るように促せば静かに手の中から無くなる荷物の重みと、そして、そのまま腕を引かれて俺の身体を起こしてくれる。
「⋯⋯中で顔洗って来い。その鼻水も一緒にどうにかしろよ」
「⋯っはぁい⋯⋯」
少しだけ、転んだ弾みで袋の中から飛び出して地面に転がり落ちている物を拾い集めてくれているアキの後ろ姿をぼんやりと見つめながら、指摘された事にこくりと頷く。
⋯⋯部屋、入って大丈夫なんだ。⋯良かった。
ギシギシ、と歩く度にあらゆる箇所が痛む。辿り着いた洗面所で鏡を覗き込んでみれば、打ち付けた衝撃で口の中を噛んでしまってたのらしく口端からは血が滲み、他にもおでこや鼻先が擦り剥けていて、同様に赤く血が滲み始めていた。ほっぺたとかも、多分明日は痣になってるだろうなぁって、そんな雰囲気の傷跡が出来ている。
「⋯っいって⋯⋯」
キン、と冷たい水が、傷跡によく染みる。汚れを適当に落としていきながら、改めて鏡をチェックし一旦コレで良いかと蛇口を捻り水を止める。
俺って⋯⋯アキに甘えすぎだよな。
アキとの付き合いの中で1番、ワガママしちゃった日だったかもしれない。
鏡の中の俺は、顔面の怪我も相まって情けのない表情を浮かべている。緩いカーブを描いてるだけの眉毛も更にしょぼん、と垂れ下がり、完全に八の字だった。
何だかんだ不満は漏らしながらも、結局俺を甘やかしてくれる。仕方ないな、ってなんでも応えてくれる。
かと言って俺はそんなアキの優しさを利用して自分のことばっか主張して、そして甘えたい時に甘えて、気に入らない時は嫌だと突っ撥ねる。
なんか、やな奴だな。俺って。
「っ⋯⋯。あ〜⋯⋯なんか全部痛いなぁ⋯」
目に見えてる顔だけが分かりやすく傷跡を残してるだけで、ずっこけた拍子に両肘や膝も多分やってしまってる感じがヒリヒリと後から伝わってくる。落ち着いた今、余計に痛覚が全身に響き渡ってあっちもこっちも、意識を向けたら向けるほど、痛え。
衣服に着いた汚れを叩きながら、タオルで顔を軽く拭えば一旦アキのとこに⋯⋯行くしかないよなぁ。
だいぶ気は引けるがいつまでもこうして洗面所で向き合ってる訳にもいかないし、それに何よりもちゃんと謝らないといけないことが沢山ある。
気の向かないまま、そろそろとリビングまで戻ってみれば俺が買ってきたものを片付けてくれてるアキの後ろ姿が視界に映る。
「あ、の⋯⋯あのさ、アキ」
「⋯⋯終わったのか?ならそこに座れ」
俺の声に反応したアキが俺に身体を向けるように手を止めて、視線を合わせてくる。その表情からは何を考えてるのかうまく汲み取る事が出来ないまま、指摘された言葉に渋々と頷けばアキの指先が指し示すソファーまで移動して腰を降ろす。
これから説教だろうなぁ⋯⋯我慢しなきゃ⋯
きっと俺のした事に腹を立ててるアキの怒りが爆発し、その感情のままに怒られてしまう事を想像して、俺の表情は更にしゅん、と情けなく、更に心の中まで一緒にしゅん⋯と、萎んでしまっていた。
アキに視線を合わせる事が出来ないまま俯いて今か今かとその時を待ち構えて居れば、やがて俺の隣までやって来て同じように腰を降ろしたアキの指先が俺の顎を捕らえる。
そのままアキの方に顔を向かされてしまえば、バッチリと目が合ってしまう。
「大人しくしてろよ」
ん、大人しく⋯⋯?既に素直に身を委ねている今、何を⋯⋯?と沢山の疑問符が浮かび上がってしまう。
もしかして⋯⋯殴られる?俺のあまりのわがままさに?ついにアキも我慢出来なくなった?
色々と最悪なパターンが脳裏を過ぎ去ってく中、段々と青ざめていく俺の顔。
だったが、ふとした瞬間にアキのもう片方の手が何かを探るようにがさごそと動いてる事に気付く。ちらり、と視線を向けてみれば、
──あ、⋯⋯救急箱。
それは普段から怪我の多い俺の為に。と、いつでもその怪我に対応出来るようにアキが用意してくれてた物で、大概の処置セットはその中に揃っていた。
取り出された消毒液をガーゼに染み込ませて、そのまま俺の額の傷跡にぴたりと宛てがわれたその瞬間、全身にピリピリと走る直接的な痛み。
「⋯⋯っ!い゛っ⋯!!」
「⋯⋯だから大人しくしてろって言ったろ」
「だ⋯⋯って痛いんだもん⋯!!」
「そりゃそうだろ、擦り剥けて血出てんだから。もうちょい我慢してろ」
思わずガタン、と揺れた俺の身体を見て、改めて静止の言葉が伝えられる。この痛みだけは何度味わっても慣れないんだよなぁ⋯まっっじで痛い。
その後も休む間もなく続けられる処置に、ギリっと歯を食いしばって耐えていく。処置が終えた箇所には傷の形に合わせて絆創膏が貼られ、そのまま全身を確認するかの様に服を捲られて覗かれていく。
⋯⋯なんか、お医者さんに診てもらってる子どもみたいじゃん。
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