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もう一つの… 1

「⋯⋯⋯、あ〜。やると思ったわ」 ガコン!!と派手な音を立てて何故かサッカーのゴールポストに顔面を強打している夕に、俺は深い溜息を吐き出しながら立ち上がる。 ──体育の授業中、「今日はサッカーなんだよね!!」と、ワイワイはしゃぎながら他のクラスメイトと走り回っている夕を横目に、俺は担任の目を盗んで木陰まで移動する。 元々運動が得意では無く、身体を動かす事もダルいからと悠々とサボっていた矢先の出来事。 暇潰しに夕の姿を視線で追って居れば、最初の方こそは真面目に様々な方に散っていくボールを追い掛けて居た筈が、段々とその単調な動作に飽きてきたのか、他のクラスメイトとのおふざけが始まっている事に気付く。 そして注意散漫の中、夕の元まで飛んできたサッカーボール。そのボールに夢中でゴールポストとの距離感に気付けなかったのだろう。 振り向いたその瞬間、顔面から綺麗に正面衝突をしていた。 普段から怪我の多い夕の状況に周囲のクラスメイトも慣れっこで、軽々しい対応をしている光景を視界に捉えながら夕の元まで近付いていく。 夕の失態を茶化すように腹を抱えて笑い転げているクラスメイトに不機嫌そうな表情を向けて怒っている夕の隣まで辿り着けば、声を掛けて様子を伺ってみる。 「⋯⋯っ、痛ッ゛⋯⋯でぇ〜!!⋯⋯って、おい!笑うなよ!」 「なんでボールより先にお前がゴールしてんの。」 「⋯っ!!あ、あきぃ〜!!こいつがさ、ずっと俺の事笑ってうるせえの!!」 俺の声に気付いた夕が、ハッ!!とした表情で俺に視線を向けてくる。 「はいはい。」と軽くその訴えを受け流しながら、甘えるように近付いてきた夕の顔をまじまじと観察してみれば、衝撃で鼻の中でも切ってしまったのか、そこからぼたぼたと垂れる血を抑えるように鼻をギュッ、と摘んでいる。そして額は真っ赤に腫れ上がり、多分、打撲と言った所だろう。 まあ⋯打ち所が悪そうには見えないが、一応念の為に他にも傷は無いか確認も兼ねて夕を引連れ担任に軽く声を掛けては、そのまま保健室まで向かう。 「⋯⋯またサボってたでしょ」 「⋯そうやって余所見ばっかしてるからぶつかるんじゃねえの?」 「まあ、それはそう。」 ──俺の事に、気付いていたのか。 結構長い間夕の事を見ていた気がする。が、その間一度も視線が合う事は無かった為、疑問を抱く。 ⋯⋯でもその前に。 そうやって周りばっか見てんのが今回の怪我の原因でもある事を指摘してしまえば、素直にそれを認めている。 「お前さ、もう少し目の前の事にも集中したら?前は捻挫、んでそれが治ったら今日は顔面、んじゃ、次はどうすんの?」 「⋯⋯分かってるよぉ。⋯⋯次は、多分⋯⋯無い⋯から」 「今は保健室に行けば対応出来るヤツばっかだから良いけど、骨の1本でも折ってみろ。不自由になって困るのはお前だからな。」 「でもさぁ、そしたらまたアキがこうやって⋯俺の事連れてって治してくれるでしょ?」 俺の隣にピタリとくっ付いて、にこにことご機嫌な表情で顔を覗き込んでくる夕の額をペしっと軽く叩けば、「冗談も程々にしろ」と釘を刺す。 身を心配して伝えた筈の言葉を何でも自分の良い様に捉えて告げられる言葉に対して、はぁあ〜⋯。と盛大なため息を隠しもせずに吐き出して。 「無理だろ。どうやって折れた骨をくっつけろ、って言ってんのお前は⋯。そん時はすぐ病院にでも行って下サイ。」 俺にだって限度は有る。何度も夕が怪我をする度に対応してやって来たが、それはあくまでも専門的な知識を必要としない簡単なものばかりで、怪我の度合いが違うから。ときっぱり否定する。 「⋯⋯⋯⋯、⋯違う」 ──その瞬間、さっきまでヘラヘラと笑っていた筈の夕の顔から表情が消えてしまい、そして静かに俯いてしまった。 ⋯⋯何だ⋯? 何処か具合でも悪くなってしまったのか、それとも他に原因が有るのか。突然の変化に対してその理由が分からず、様子を確認する為にその肩にそっと触れながら、顔を覗き込んでみる。 ─が、すぐにパッ!と顔を上げて、何事も無かったかのように「なんでもない。」と笑った夕の顔は、普段と変わらないものだった。 俺の少し前を歩く夕の後ろ姿を暇潰しにぼんやりと眺める。ずっとぺらぺらと何かを話しているが、正直、相槌を返す事も疲れてしまった。 窓から注がれる陽の光に照らされて、夕の髪が輝いている。脱色された金色の頭髪は運動の邪魔にならない様にと軽く一纏めにされていて、サラサラと歩く度に揺れている。 派手に顔面からぶつかってしまった時に少し解けてしまったのか、乱れている髪の毛に気付けば直してやろうと腕を伸ばしたその瞬間、ガラガラと扉の開かれる音が聞こえてくる。 いつの間に目的にまで辿り着いていた様で、保健室のドアを開けてさっさと中に入って行ってしまった夕の後を追いかける様に伸ばしていた腕を降ろし、中の様子を伺って。

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