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もう一つの… 4
「怖かったら俺が下から支えてあげるからさ、教えてよ」
夕に続いて促されるままにフェンスに近付いて手を掛けた瞬間、フェンス越しに目の前まで近付いてきた夕にその手をぎゅっ、と握り締められてしまう。
⋯⋯この状態でどうやって登れと。
「良いから離れてろ。危ねえから」
一旦フェンスから手を離して離れる様に伝える。
夕が後ろに下がった事を確認すると、再び近付かれてしまう前にさっさとフェンスを登ってしまえば足場を確認してその場に降りる。
少し歩いた先の段差を降りると広がるそこには確かに遮蔽が無い分、周囲の景色がよく見渡せる様になっている。
しばらくぼんやりとその光景を眺めていたが、名前を呼ばれる事で意識を夕に戻して視線を向ける。
「ここね〜、下覗いたらめっちゃ怖いの。高すぎて金玉がヒュン!ってしない?」
「⋯⋯やめろ馬鹿。笑い事じゃ無くなるだろ」
最初の方こそ気付かなかったが、よく見てみればここにはフェンスが存在してなかった。
その上で安易に端の方まで近付いて下を見てみろ、だなんて相変わらず危機管理の薄い夕に溜息を吐き出す。
腕を引いてそこから離れる様に促せば、ヘラヘラと笑っているその顔を覗き込みその行動を指摘して。
「お前さ⋯もう少し落ち着いた行動をしてくれないか?」
「えぇ〜⋯そんな事言われても分かんないし」
「分かんないじゃなくてちゃんと考えろ、って言ってんの」
「はいは〜い」
またいつもの説教だと俺の言葉は軽く受け流されてしまった。
言い過ぎなのが良くない事は理解してるが、それでもコイツにはそのくらいしてやらないと響かない事も理解している。
俺の言葉から逃れる様にフラフラと段差の所まで戻り、そこに腰を下ろした夕の後に続いて近付けばその顔を覗き込む。
また逃してしまわないようにグイッと顎を掴めば、俺と視線が合うように顔を向けて。
「⋯おい、聞いてんのか?」
「⋯聞いてるよ。⋯⋯アキの方こそさ、いつもそんなカリカリしてないで少しは笑ってなよ」
「お前がそうさせてんの」
俺と視線が合うと少しだけ驚いた表情を浮かべながらも、すぐに普段の表情に戻ってしまう。
そのまま腕を引かれて隣に座るよう促されてしまえば、自然と夕の顔を掴んでいた手が離れてしまった事で諦めてその隣に腰を降ろす。
「じゃあ、逆に俺がアキの事笑わせてあげよっか?」
「⋯⋯別にそこまで求めてねえけど」
「良いからいいから、俺に任せて」
ニコニコと明らかに怪しい笑みを浮かべながら俺の顔をじっ、と見つめている夕から視線を逸らしてしまえば、改めて「やめろよ」と一応念を押す。
⋯⋯反省もクソもねえな。
少し、夕から距離を離す様に腰を浮かせた矢先、「隙あり!!」と、聞こえて来た声。
何事だと視線を向ける間も無く、がばっ、と俺に抱き着いてきた夕の身体を支える事が出来ずにそのまま背後に倒れ込んでしまえば、馬乗りになる様な形で俺の腰の上に乗ってきた夕をジロリ、と睨みつける。
「⋯⋯っ、お前⋯さぁ⋯マジで、いい加減にしろよ」
「まあまあ、俺はアキに笑顔を届けたいだけだから」
良いからさっさと降りろ、と腕を伸ばして夕の身体に触れた矢先、ジャージの裾から潜り込んでくる夕の両手。胡散臭い言葉と共に、そのまま俺の脇腹を捕えた指先で力加減も無く擽られてしまう。
っ、こいつ⋯!!
急な出来事に対応も何も出来なければ夕の腕を慌てて掴んで押し返してみるが、ビクともせず。何だこの怪力男は。
「ま、じでやめろっ⋯⋯!!お、いっ⋯⋯!ッ⋯!」
「あれ〜?おかしいなぁ⋯アキってそんなに脇腹効かないタイプ?」
⋯⋯んな訳ねえだろバカ。
明らかに身を捩って抵抗を見せてる人間が、何も感じてない訳があるか。
それでも一切止めてくれない脇腹の刺激に対して唇を噛み締めながら耐えて居れば、やがて満足したのかパッ、と夕の手が離れていく。
「⋯⋯っ、は⋯あ⋯⋯⋯」
「⋯⋯なんか、えっろ」
あぁもう、⋯⋯言葉を返す気力すらねえわ。
乱れた呼吸を整える為に深呼吸を繰り返して居れば、俺の顔を覗き込むように身を屈めている夕と視線が合い、その顔を力無く睨み付ける。
「顔真っ赤だし。⋯⋯あ〜駄目だったかぁ!失敗しちゃったなぁ」
俺の頬に夕の冷えた指先が触れるとその冷たさで顔面から熱が引いてくような、そんな感覚を覚える。
ってか、さっさと退いてくれませんかね。
いつまで人の上に乗ってんだ、と軽く拳で夕の太腿を叩けば、じっ、と俺の顔を見ていた夕が倒れこむように俺の胸元に身を寄せて、そのまま抱き締められてしまう。
「はぁ〜⋯あったか。」
「⋯⋯お前の手が冷えすぎなんじゃねえの」
「そうなんだよねぇ⋯俺の身体すぐ冷たくなっちゃうから」
まあ、一応冬ではあるか。
最近特に気温が下がり、本格的に冬の寒さを感じる事が多くなって来た。⋯⋯今だって、普通に寒いしな。
屋上で風通しも良く、元の気温より更に体感温度的に低く感じてしまえばいつまでこの体勢で居るつもりだと口を開きかける。
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