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なんてことない日常 1

───ドンドンドン!!! 「⋯⋯早すぎねえか⋯?」 朝から激しく叩かれる玄関のドア。まだ寝起きで覚醒してない脳内をゆっくりと回転させながら、ドアの向こうに居るであろう人物に心当たりのある人間が一人しか思い浮かばなければ、普段とはまるで違う現状に少しだけ困惑してしまう。 そのままドアを開く為にドアノブに手を掛けてガチャン、と捻り軽く目の前の扉を押した瞬間、勢い良く開かれるドアと、ゴンッ!!と何かがぶつかった重い音。 「⋯っあだっ!!⋯痛ッ⋯で⋯⋯」 ドアの向こうから聞こえてくる小さな悲鳴に、本日1度目の溜め息が溢れてしまう。 ⋯⋯朝からやってるわ。 俺はドアを開けて、こいつはドアを引く。 2人分の力が重なってしまった事で、予想以上の勢いでドアが開いてしまったのだろう。 「⋯⋯人の部屋のドアは勝手に開けるな、って教わらなかったか?」 「だって開けてあげた方が早いかな、って思っちゃったんだもん⋯」 「⋯⋯、⋯⋯⋯怪我は?」 一応、聞いてやる。 寝起きのやり取りとしては正直ダルさの方が勝ってしまうが、些細な事にでも気付いてやらなければすぐに拗ねてしまう為にその面倒事を避けるべく声をかけてその反応を探る。 「大丈夫だよ、こんくらい」 明らかにドアとの衝突でその額は真っ赤に染まってるが、別に気にならないのらしい。 ⋯⋯なんて言うか。今までのこいつだったらすぐ俺にしがみついて、構って貰う事に必死だったのにな。 夕と関係を持つ事で少しずつ変化していく心情の全てはまだ理解出来てないが、明らかにその行動が落ち着いている事に対しては薄々気付いていた。 意図的な行動が減り、こうしてただのドジな部分だけが繰り返されている。 ⋯⋯それでも傷は絶えないんだけどな。 「あき!おはよぉ」 「ん、はよ。」 満面の笑みで俺の顔を覗き込んでいる夕に軽く言葉を返せば、一旦中に入れ、と部屋に上がる事を告げる。 「⋯⋯で、今日はなんでこんなに早いの。お前にとってはまだぐっすりの時間だろ」 「ん〜?あっ!そうそう!あのね、俺⋯新しいゲーム買ったんだ。一緒にやらない?」 「どんなやつ?」 「まあまあ、それは後でのお楽しみでしょ!ずっとやりたかったんだよね〜、そのゲーム」 ルンルン、と楽しそうに俺の後を着いて歩く夕からの誘いに対して、特に問題は無いと頷く。 夕とはゲームが好きだという共通点で週末になるとお互いの部屋を行き来し、一緒に遊ぶ機会が増えていった。 今回もその類いだろうと素直に受け入れながら一旦寝室まで向かって居たが、いつまでも俺の後ろに居て離れない夕に疑問を抱く。 「⋯⋯何?」 「ん?これから着替えでしょ?」 「そうだけど」 「見守っててあげようかな、って思って」 最近何かと俺の事を知りたがり、そして観察するのが好きなのだと言ってた気もするが多分それはただの口実で、単純に下心が含まれている事を知っている。 トイレだの風呂だの着替えだの、明らかに露出が必要になる場面でのこのこ後を着いてきて、そして悪びれも無く覗いてくる。 同じ身体の構造を持つ男同士として別に見られるのが嫌とかそう言うのは一切無いが、透け透けなその下心の相手をしなければならないというのが何とも面倒と言うか、なんなのか。 案の定、今回もその類だと悟れば特に返す言葉も無く、先に寝室に入れば夕が入るその前にドアをバンッ!!と力強く閉めて境界線を作る。 「っ!!あ、ぶね〜!!ちょっとあき〜!またぶつかりそうだったじゃん!!」 まあ、何も言わなきゃ普通に入って来るよな。 文句をブツブツと垂れ流しながらドアを開けて入って来た夕に視線を向ける事も無く、制服を取り出してベッドに放り出していく。 「⋯⋯なんか、アキって意外とこういうの気にしないタイプだよねぇ」 制服を取る為に開きっ放しだったクローゼットの中を覗き込みながら、ぼんやり呟かれたその言葉に気付きチラリと視線を向けてみる。 どうせ着るから、と畳まずに放置されたままの部屋着や私服が無造作に詰め込まれたままの現状に、思わず言葉が詰まってしまう。 ⋯⋯⋯そうか、全然気付かなかったわ。 改めて指摘される事で結構な散らかり具合いだと認識してしまうが、まあ⋯⋯ここだけじゃねえもんな、多分。 他にもいくつか心当たりのある場所を思い出してしまえば、気が遠くなってしまう。 まあ⋯⋯また気付いた時にでも片付けりゃ良いし。と、いつもの現実逃避で考える事を止めた。別に焦る必要なんて無いしな。 「安心して、こういうのは俺が全部やってあげるからさ」 「⋯⋯いや、普通に助かるけど。」 「こういうパンツとかもさ〜、誰かに盗まれちゃったらどうするの!だめじゃん!」 「誰も興味ねえだろ」 「じゃあ俺が盗んじゃおっかな!」 「そんな堂々と盗むやつも居ねえだろって」 無造作に置かれたままの衣服を手に取って片付けてくれてるのらしいその後ろ姿を視界の端に捉えながら、俺もさっさと着替えてしまおうと放り出されたままの制服の元まで近付く。 さっと部屋着を脱いで着替えながら、ついでに全身鏡を覗き込んで簡単に身なりを整えて居ればいつの間にか俺の後ろに来た夕と鏡越しに視線がぶつかる。 「あれ、アキ?ボタンずれてるよそれ」 「⋯⋯あぁ、気付かなかった。」 夕に指摘されるがまま視線をシャツに向けてみればボタンが掛け違いになったまま、中途半端に留られている事に気付く。 確かに⋯⋯寝癖を整える事に意識が逸れて、手元はよく確認出来てなかったわ。 「ほら、こっち向いて」と腕を引かれ、夕と向き合う形で体勢を変えられてしまえばその強引さに朝からどうのこうの指摘する気力すら湧いてこず、身を任せて好きにさせてやる。 「アキってさぁ、しっかりしてるように見えて案外ぬけてるとこ多いよね」 「夕よりはマシだと思ってるけど」 「いやぁ〜?意外とどっこいどっこいかもよ」 しっかりしてるように見える、とは、確かによく言われる言葉ではあるか。 多分、夕が俺の隣に居る事でその比較として伝えられている言葉だとは思うが、こいつが普段からバタバタ色んな事をやらかす度にその尻拭いをしてるだけで俺の印象は良い方向へと流れていく。 その分、こうして性格の粗が見え隠れする度に驚かれる事にも慣れてるが。 「でも、こういうのってギャップ萌え!とか言われちゃうんだよね」 「別に言われた覚えとかねえけど」 「だって俺で止めてるもん。絶対アキに惚れちゃ駄目だよって。俺のだから、って言ったらみんな納得してくれるし」 「⋯⋯はぁ?また勝手な事言ってんな、お前は」 ⋯⋯だからか。なんか変だと思った。 妙に最近周りから見守られてると言うか、距離を置かれる事が多く、何なんだとその度に問い掛けてみても誤魔化される事が増えていて正直訳が分からなかった。 ──その原因が目の前に居た、とはな。 「まあまあまあ」と、俺がピリピリし始めた雰囲気を感じ取ったのか、俺のシャツに手を伸ばしてさっさとボタンを直し始めるその姿に、静かに視線を向ける。 「ってか、んなこと自分で出来るけど」 「俺がやってあげたかったの。はい。できた」 「⋯⋯まあ⋯感謝はしとく」 よく分からない状況では有るが、一応素直にその意志を受け取ればカーディガンを着た上から更にブレザーに腕を通す。 その間も夕の視線は俺の手元に向けられていて、その意図から察するにちゃんとボタンは留られているか。そんな事だろうけど。

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