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もう一つの⋯ 終わり
階段を降りて、教室まで戻る廊下を進みながら夕との今後の関係性についてぼんやりと考えてみる。
俺だって思春期真っ只中の学生な訳で人並みに性欲がある事を自覚して居れば、こいつと身体の関係を持つ事に対して抵抗がある訳では全く無い。
ただ、それを素直に受け入れて望み通りにしてやればそれこそ調子に乗って様々な要求が増えてくだろう、と今までの付き合いで学んだ事を思い返せば、まだその時では無い事を悟る。
もう少し落ち着いてくれたら良いんだけどな。⋯⋯色々と。
「⋯⋯⋯なぁ、夕。」
「ん〜?なあに?」
「鼻から血出てっけど。また。」
「えぇ〜???せっかく止まったのに?!」
ふと、俺の後ろを上機嫌で歩いている夕に視線を向けてみれば、その鼻から再びたらり、と少しだけ出血している。
本人はそれに気付いていない様で、その事を指摘してやれば慌てて鼻を摘みながら上を向いて歩き出す。
「そうやって歩いてたらまたぶつかるんじゃねえの?」
「大丈夫だよ。⋯⋯ほらね!こんなもん全然痛くねえし」
「⋯⋯⋯へえ、良かったな」
案の定、曲がり角に差し掛かった所でうまく方向転換が出来ず壁にぶつかっている。
普段ならまた喚いてる所だが、何事も無かったかのように強気で再び歩き出すその姿を背後から静かに見守って。
俺との関係性が発展した今、無理をしてまで繋ぎ止める必要は無いと判断したのか変化が現れた夕の行動に、なんと言うか、ほんの少しの寂しさを覚えてしまう。
俺を繋ぎ止めるためのその行動は俺自身にも影響を与えていて、求められる事に価値観を見出してた事に気付く。
夕が俺を求める度に、その全てを受け入れていく。
そうやって今まで過ごして来た。
優しさに見せかけた俺の行動は、ただの自己満足でしかない。
求められるがままにその優しさを振りまいて、そして、都合の悪い事からは目を逸らす。
言葉では心配してるフリをしていても俺が見ている先には俺の事を求める夕の姿があって、肝心の怪我の具合なんてどうでも良かった。
だけどまあ⋯⋯これからは面倒な工程を踏まなくて済む。
ようやく夕の俺に対する気持ちを引き出して関係性さえ繋げてしまえば、それで良い。
『 付き合ったあとはヤるだけ』
そう宣言していた夕の言葉は、俺自身にもあてはまっている。
そもそも段階なんて綺麗事でしか無く、邪魔で仕方がない。
だからこうして無駄な時間が掛かってしまった。
一々面倒な事しやがって⋯⋯
ドロドロと歪んだ感情を気付かれないように、奥底に抑え込んで、そして蓋をする。
「っ、いっだ!!!⋯⋯あ〜⋯あきぃ⋯⋯やっぱこれ、全然前見えないからちょっと⋯厳しそう」
俺の名前を呼ぶ夕の声で、はっと我に返る。
また怪我を理由に俺に甘えてんのかと、いつもの思考の癖で気怠げな視線を向けてしまうが、夕の視線は天井に向けられたままで気付かれる事は無かった。
「⋯⋯掴まってろ。教室まで連れて行ってやるから。」
「ん〜、ありがとう。⋯⋯どうやったら止まるんだろ、これ⋯」
「さぁな。⋯そのままずっと抑えてたら良いんじゃねえの?」
鼻血の止め方なんて知る訳がない。しばらく時間がかかるかもな、と伝えてみてはげんなりと肩を落として、「やんなきゃ良かった⋯⋯」とぼそり、呟いている。
だから聞こえてるっつーの。
そして俺はまた何も知らないフリをしながら、俺の腕に掴まる夕を引き連れて教室まで戻る道を進んでいく。
──俺の優しさはただの見せ掛けで、そして、とても『痛い』もの。
終わり。
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