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もう一つの⋯ 9
雑に拭った目元が赤くなってる事にも気付かないままぼんやりと視線を上にあげて、空を見ていたかと思えば再び視線が俺の元に戻って来る。
「⋯⋯そう、だよね。⋯⋯えっと〜⋯そうだな!んっと、あのね。⋯⋯俺たち⋯は、⋯付き合い⋯ます!!恋人同士、です」
「お前が勝手に決めんのかよ」
結構長い間思考を飛ばしていた分、何か難しい事でもあるのかと俺の思考も募る不安に揺れてしまえば、自然と眉間に皺が寄ってしまっている事に気付く。
だが、再び俺の事を見ている夕の表情は何かを決心したように自信に満ち溢れていて、そして告げられた言葉。
──無駄に心配して損したわ。
「⋯⋯じゃあ、恋人同士って事で良いんだな。」
「そうっ!!だから、⋯今日が記念日だ。」
「覚えてられんの?それ」
「あ〜⋯⋯自信は無いかも、しれない。」
まあ⋯⋯俺もそこまで細かい事はしてやれねえかもな。お互いに思い出した時位で、丁度良いのだろう。
───恋人同士、か。
不意に腕を伸ばして夕の目元を指先で撫でる様に触れながら、そして流れるようにその頬に手を添える。
しばらく夕の瞳を見つめた後、⋯⋯そのまま静かに顔を近付けて、触れるだけの口付けを夕の唇に落とす。
「恋人になったらしたかったんだろ?こう言う事。」
「⋯⋯⋯っ⋯まって、それ⋯ずるい⋯かも」
「自分で言ってた事だろ」
はっ、と驚いた表情を見せた後、一気に真っ赤に染まってしまう夕の顔に、ふっ、と笑みを漏らす。
俺の背中に腕を回してぎゅっと抱き付きながら、控えめに顔を覗き込んでくる夕に、何だ、と問い掛けてみる。
「もっかい⋯今度は俺からしても良い?」
「⋯⋯良いよ。お前がそうしたいなら、好きにしたら良い。」
別に俺の許可なんて要らねえから。と続けて伝えると、こくりと頷いた夕の顔がゆっくり、俺の元まで近付いてくる。
最初は俺と同じ様に触れるだけのキスを何度か繰り返した後、夕の唇を下でつついてやれば僅かに開いた隙間。その唇の間から舌を差し込めば、迎え入れる様に夕の舌が俺の舌に触れる。
そのまま互いに舌を絡め合う様にして顔の角度を変えながら口付けを繰り返して居れば、突然俺からバッ、と離れた夕に何事だと視線を向ける。
「⋯⋯⋯なに⋯?」
「あっ⋯⋯いや、ごめん。⋯勃っちゃってた、から。⋯俺のが」
夕の視線につられるようにその下半身へと視線を向けてみれば、確かに、その言葉通り異様に膨らんでいた。
「⋯⋯あのさ、アキって⋯⋯お手伝い⋯⋯とか」
「お前さ、付き合えたら後はどうでも良くなるタイプだろ。段階は何処に行った」
「だっ⋯て⋯⋯後はもう、ヤる位しかない⋯でしょ」
「んな事ねえだろ馬鹿。初心なのは最初だけか?」
⋯⋯コイツの中で付き合った後の段階はどうなってんだか。
明らかに下心しか残っていない夕からの申し出をきっぱりと断れば、後は自分でやれとその場から立ち上がる。
「あっ⋯分かった!!じゃ、じゃあもっかい!もう1回さっきの続きしようよ」
「⋯⋯置いて行くからな」
好きにしろと伝えた矢先、欲望丸出しで求められてしまえばそれは話が違ってくる。いっその事まだコイツの好意に気付いてないフリをするのが良かったのか?
⋯って言っても、いずれにせよ状況が先延ばしになるだけで下心なんて変わんねえだろ。後はヤるだけだ、って本人が宣言している事だし。
先にフェンスまで歩いて行けば、俺の後を慌てて追い掛けてきた夕に視線を向けて、一応今後の為に忠告だけはしておく。
「俺の許可無く変な事でもしてみろ、すぐにお前との段階をぶっ壊して無くしてやるからな。」
「⋯⋯っわかった、よ。⋯⋯我慢するから」
そうか、この関係も脅し文句として使えるのか。
どんな言葉よりもこいつが1番恐れている言葉を俺は、知っている。
敢えて直接的に伝える事はしないが、それでも行動次第で『別れ』が待っているのだと知らせる。
少し強めの口調でその事を伝えてやれば、しゅん、と大人しくなった夕の姿を確認して来た道を戻り、そして校内へと戻るドアに触れる。
その瞬間、周囲に響かせるように鳴り響くチャイムの音。
「あ⋯授業終わっちゃった。」
「まあ、元々お前の怪我で抜けた様なもんだし、今更何も言われないでしょ」
「⋯⋯、⋯そうだよねえ。あ、いててて⋯やっぱ絆創膏剥がさなきゃ良かった⋯かも。」
完全に傷の事を忘れてた、と言わんばかりに慌てて額に触れる夕の姿を横目で見ながら、特に何もその傷に触れることはせずドアを開けてさっさと階段を降りていく。
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