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なんてことない日常 5

「先入るわ」 「どうぞ〜」 ある程度まで湯を溜め終えると蛇口を捻ってお湯を止め、先に湯船の中に身体を沈める。身体の芯から温まるその温もりが心地良ければ瞳を細めながら、ぼんやりと暇潰しに髪を洗い流している夕の後ろ姿に視線を向けて。 伸ばしているのか定かでは無いが、普段は結ばれているその髪が下ろされていると雰囲気も変わるもんだと観察する。 肩の少し下辺りまで伸びた毛先から雫が滴り落ち、そして身体のラインに合わせて落ちていく。 俺とそんなに体格は変わらないが、そもそも夕の顔立ちが幼い分その比較と言うか、体付きがしっかりして見えるのもそのアンバランスさ故のものだろうと理解する。 俺の事を綺麗だと何度も飽きずに褒めてくれるがこいつだって好意を寄せられやすい顔をしている事は事実で、俺と同様に好意を抱きその想いを伝えようとしてる人は居る筈だが、一切そんな光景を目にした事が無い。 というか、四六時中俺にくっ付いているコイツの隙を狙う方が難しいのだろうか。 ぼんやりとシャワーを浴びている夕の横顔を眺めながら思考を巡らせていれば、いつの間にか身体を洗い終えたのらしい夕が湯船に近付くその姿を確認すると端に身を寄せてスペースを空けてやる。 が、すぐに俺の身体は夕の元へと引き寄せられて後ろから抱き締められる形でその足の間に収まってしまえば、大人しく身を委ねる事にする。 「ふぅ⋯⋯すっごい幸せ」 「良かったな。⋯⋯ここまでがお前の計算通り、ってか?」 「⋯そんな事が出来てたらとっくにもう試してるから。⋯そこまで俺の頭は出来上がってないよ」 「まあそれもそうだよな。」 ふと、この状況に落ち着くまでがあまりにも自然な流れで、綺麗に出来上がってる事に気付いてしまえばその疑惑を投げ掛けるが、あくまでも夕にとって都合が良すぎる展開に転がっているだけでその全てが意図では無いと否定するその雰囲気的に、それが本音だと悟れば素直に受け入れる事にする。 膝を立てて座っているその夕の膝の上に腕を乗せて、背後に身体を預けると俺の腹部に回されていた片方の手が手持ち無沙汰に俺の頬を掴んだり離したり、その感触を楽しんでいる。 「そういえばさぁ⋯もし俺たちがえっちする時って、どっちが良いとか、⋯アキはそういうのあるの?中に入れたい、とか、それとも入れられたい、とか。」 「⋯⋯さぁな。でもお互い男同士なら突っ込む方にどうしても思考は偏るんじゃねえの」 「まあそうだよねぇ〜。⋯⋯アキはさ、俺に入れたいとか思った事あるの?なんか、⋯あんまり興味無さそうっていうか」 「お前が極端にそういう思考ばっかしてるだけで、俺にだってちゃんと意思は有るから」 そろそろタイミング的に、次に進む段階に触れても良いのではないか、と少しずつ考えては居た。 夕が俺に対して何を望んでいるのか、その思考もちゃんと理解していれば、敢えて俺に意志を委ねてくれるその配慮に少しばかり意外だと感心する。 ⋯⋯まあ、俺がコイツにセーブを掛けていた分、好きにさせてやったって良い。 だが、俺もしっかりとした男としての性欲も持ち合わせて居ればあくまでもその対象に夕が存在してる事を知らせる為に、ゆっくりと振り向けば夕の顎を捉えて俺と視線が合うように固定させてしまう。 「試してみるか?俺がお前に、入れる側として。」 そのまま互いの距離を近付けながら、空いた片手を首筋から胸元、そして腹部に這わせる事で驚いたように震える夕の身体と、その瞳が開かれていく。そして、徐々に染まっていくその頬。 そんなんで俺の事を抱きたいだなんて、よく言えたもんだよな。 「⋯⋯⋯っ、あき!!⋯いま、は俺多分止まんなくなっちゃう、から⋯っ⋯!」 「⋯冗談に決まってんだろ。こんなとこでヤったらお互いに逆上せてぶっ倒れて終わりだろうが」 「⋯⋯⋯っ⋯もお⋯意地悪やめてよ」 まあ実際の所、互いに密着し合った状態で湯の温度も相まって夕の頬が染まったままその熱が中々引かない様子を目の前にしてしまえば、あまり長居しすぎんのも良くないだろと互いの距離を離して向かい合う様に腰を下ろす。 「⋯その時が来たら気分とかで良いんじゃねえの。別にちゃんと決めなくても、その方が楽だろ」 「う〜ん、まあ⋯そうだね。⋯⋯俺はいつだってアキに入れたい方なのは変わんないと思うけど」 そりゃそうだろうな。 別にそこまでキッチリしてなくても良いだろうとその日の気分に委ねる事にしてしまえば、その間にも徐々に染まっている夕の顔に気付き、風呂から上がる事を促す。出るついでに湯を抜いて少し遅れる形で脱衣所に上がれば、さっと身体を拭いて着替えていく。 先にどうぞ、と譲られたドライヤーで適当に髪を乾かしてしまえばそのまま夕に手渡そうとドライヤーを委ねるが、そのまま腕を引かれて再び定位置に戻されてしまう。 「駄目、まだ濡れてるじゃん。こんなんじゃ風邪引くからね」 「⋯⋯別にこんくらい放っておけば乾いてんだろ」 「もしかしていつもこんな適当にやってるの?⋯もお、ほんとに⋯また俺にしっかりして!って言われちゃうからね」 呆れたように漏らされる溜息と俺の身を案じて伝えてくれてる言葉に、またしても返す言葉は見つからなかった。 やがてドライヤーのスイッチが入り、頭上から吹き出す熱風と夕の指先が優しく俺の髪に触れる感覚に瞳を細めて大人しく身を委ねる事にして。 「アキのこの髪の毛の色ってさ、ほんとに⋯綺麗だよね。天然ものでしょ?目の色だって茶色くてキラキラしてて綺麗だし、良いなぁ。」 「⋯夕の方が俺よりだいぶ明るい色してんじゃん。そっちの方が綺麗だって思う奴の方が多いんじゃねえの?」 「俺のはただ染めてるだけだもん。明るすぎてもねぇ⋯⋯でも、この方がなんて言うか⋯大人っぽいし」 「⋯⋯まぁ、そうかもな。」 元々全体的に色素が薄い方だと小さい時から言われ慣れた言葉でも有れば、それが当たり前だとわざわざ自分で認識して自覚するほどの事でも無く、軽く受け流して。 俺の髪よりもだいぶ色の抜けた夕の髪色の方が目立つんじゃねえのか、と指摘してみればその理由が『大人っぽく見せるため』だと、初めて知る情報に、それはそうだろうなと妙に納得してしまう。 元々垂れた瞳や笑った際に唇の間から見え隠れしている犬歯が余計に幼さを引き出す要素だと理解していれば、確かに変化をつけた方が見栄え的には少しでも変わるものなのか、と、肯定はしてやる。 が、⋯⋯まあ、その雰囲気が柔らかい事だけは変わらないものなんだろうな、と口に出す事はしないが、意外と気にしてるもんなんだと改めてその事を記憶として留めておく事にする。

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