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なんてことない日常 終わり
「⋯⋯だから、お前がベッドで眠れば良いだろって譲ってやってんだろうが」
「違うじゃん!なんでいつもは一緒に寝てるのに、今日は嫌だって言うの?!」
「⋯お前がうるせえから一緒に寝てやってんだろ。嫌だってのは毎回伝えてるわ」
風呂を済ませた後にご飯も終え、しばらく自由にのんびりと過ごしていたのだがやがて眠気を覚えたタイミングで、今日はこのままソファーで眠るから。と、そう伝えた途端に始まった夕との言い争い。
寝相の悪いコイツの隣で寝る度にベッドから蹴り落とされては、夜中からその痛みに悶えながらまたベッドの上に戻る事の繰り返しで正直、憂鬱だと感じていた。
何だかんだ言いつつも絶対に諦めない夕の意地に負けて一緒に眠ってやっていたが、そろそろ潮時だと俺も引かない事を決める。
「良いから、さっさと眠って来いって」
「やだ。アキがここで寝るなら俺も一緒に寝る。別に狭くても良いもんね」
先にソファーの上で横になっていた俺の上に被さる様に夕が乗ってしまえば、それは話が変わってくる。
絶対離れるもんか、と俺の身体に巻き付く夕の腕を引き剥がそうと掴んで力を入れるが、案の定ビクともせず。
なんだこの怪力男は。
流石に力技で動きが止められてしまえば俺にはどうする事も出来ず。
またしてもこいつの寝相の悪さに巻き込まれなければいけない事を瞬時に悟ってしまうと、深い溜息を吐き出す事でしか俺の気持ちを収める方法は見つからなくて。
「⋯⋯⋯⋯っ分かった、から。一緒に寝りゃ良いんだろ」
「ほんとに?一緒に来てくれる?」
「だから行くって言ってんだろ。さっさとしろ」
「分かった!⋯⋯あ〜良かった!せっかくアキが居るのに、1人で寂しく寝なきゃいけないのなんて絶対にやだからね」
俺が先に折れた事を理解したのか、途端に表情を輝かせて俺から離れて立ち上がった夕に腕を引かれるがまま、身体を起こしてその後について歩く。
俺の気が変わらないように、と言うか、変わっても逃げ出さないように、と表現した方が正しいか。力強く掴まれたままの腕を視界に捉えながら進んでいれば、すぐに寝室まで辿り着く。
「アキさ、壁際に行ってよ。そしたら多分⋯落ちないから」
「俺の事蹴る前にお前が下に落ちてくれ、頼むから」
「何それえ⋯なんか酷くない?」
「毎回落とされてる俺の身にもなってみろ」
夕に指摘されるがまま壁際まで移動しながら、せめてもの頼みだと告げた言葉に唇を尖らせている夕に向けて、俺の日々の苦労を伝える。
⋯⋯でもまあ、この位置なら落とされる可能性だけは低いだろうと大人しくベッドの上に横たわれば欠伸を一つ、漏らして。
「⋯⋯眠過ぎ。」
「素直に聞いてくれてたらすぐ眠れたのに⋯」
「お前の方こそな。⋯⋯もう眠るから、静かにしてろよ」
「はいは〜い。じゃあ、おやすみ」
俺に寄り添う様にして隣にぴたりとくっ付いた夕の腕が腹部に回されて、抱き寄せられる形で落ち着いてしまう。
正直、コイツから少しでも距離を離して睡眠中の身の安全を守りたいのが本音ではあるが、その事を伝えてしまえばまた色々と面倒な事が始まる事は予想出来ていて、大人しく身を任せる事にする。
隣から伝わる温もりで一度は引っ込んでいた俺の眠気が再び誘発されてしまえば、その事を告げて静かに瞳を伏せる。
その途端、モゾモゾと動き出した夕の動作でベッドが軋み、俺の頬に触れるだけの口付けが落とされた事をその柔らかい感触から感じ取る。
やがて、気が付けば俺の意識は完全に途絶え、深い眠りへと移り変っていて。
────、っ⋯⋯!!?⋯⋯は、⋯??
それから何時間ほど俺は安眠出来ていたのだろうか。
突然、腹部を襲った圧迫感と衝撃、そして痛覚で目を覚まし、状況を確認する為に肘をついて上半身だけ軽く起こしてみる。
寝返りの末に伸ばさた夕の足が俺の腹部に直接クリーンヒットしていて、その衝撃で目を覚ましてしまった事に気付いてしまう。
⋯ったく⋯マジでいい加減にしろ。
沸々と込み上げる怒りを、俺の腹部に乗せられたままの夕の足を軽く殴る事で発散するが当の本人は起きる気配など一切無く、気持ち良さそうに寝息を立てながら眠り続けている。
「⋯⋯まだ夜じゃねえかよ。⋯さみいし」
ふと、窓の外を確認してみればまだ夜明け前なのであろう、暗く月明かりだけが室内を照らしている。
最初は被っていた筈の布団も綺麗に剥ぎ取られていればそりゃ寒い訳だと足元で無造作に放置されたままの布団を身体を起こして引き寄せて、しばらく夕の姿をぼんやりと見下ろす。
またこのまま寝ても同じ事の繰り返しだろうが、黙って離れてしまえばそれこそ見つかってしまった時の方が面倒事だろう。
しばらく悩んだ末、逆にこいつの動きを封じてやろうと夕の身体の上にどさりと覆い被さる様に横たわってしまえばその上から布団を被って、瞳を閉じてしまう。
それでも中々起きない夕の胸が規則正しく揺れていて、伝わる温もりや人肌の心地良さから逆に心地良さを感じてしまえば、まあ、最悪蹴り落とされてしまってもまた戻れば良い。
段々と考える事も面倒になってしまえば、大人しく状況に身を委ねる事にする。
夕の胸から伝わる鼓動や呼吸の度に上下を繰り返す胸の動きも相まってやがて再び俺の意識は朦朧とし、そして気付けば意識を手放したまま、朝まで一度も俺の睡眠が妨害される事は無く、気付けば朝を迎えていた。
──────
それが、彼らの日常。
終わり。
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