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なんてことない日常 終わり
「だめだめ、この先立ち入り禁止です〜!アキはぜっったいに入れません。」
「な〜あ、もう諦めろ。本気で眠いんだって.....そろそろ勘弁してくれ」
「もぉ...だから、俺と一緒に寝るの。アキの方こそ諦めてベッドに行きなって言ってんじゃん」
一緒に寝る。寝ない、そのやり取りを始めてかれこれ10分以上経過してるのではなかろうか。寝相の悪い夕に過去に何度もベッドから蹴り落とされ、最悪な目覚めを経験した朝、数知れず。
安眠を求めるべく別で寝かせてくれ、そう告げて寝室に備え付けられたクローゼットの奥に置かれてある、自ら持参した泊まり用の布団を取り出そうと近付く。が、両腕を広げて目の前に立つ夕に阻止されてしまう。絶対に此処には近付かせない、そう告げる姿に肩を落として。
「ただ朝までぐっすり眠りたいだけなの、俺は。頼むから、そこを、退け」
「アキの事落とさないように頑張るから。だから、お願い。ね?一緒に眠ろ?」
「今まで何回も聞いたけどなそのセリフ」
限度の近い眠気に立ちはだかる頑固な壁。同じ様な言葉を何度聞かされた事か。寝ている自分の体の制御なんて出来ないであろう、理解してるからこそ認め難い事実で。だが.....もうこれ以上は無理だ。眠すぎる。限界。
流石に眠気には逆らえず鈍る思考の中でぐるぐると導き出した答えは、諦めの二文字。結局こうなるのかと覚悟を決めては、気怠げに後頭部をガシガシと掻き乱し。
目の前で門番の様に仁王立ちで待ち構える夕の腕を掴み引き寄せると共にベッドまで向かう事にして。
「ほら、俺が壁側に行くから夕はそこで寝てくれ」
「分かった。大丈夫、今日こそはちゃんと大人しくしてるから」
「ん、よろしく。じゃあ...寝るぞホラ。おやすみ」
俺の意思に気付いたのか、素直に後を続く夕が隣に並んだ事を確認し。なるべく蹴り落とされずに済みそうな位置、壁際を選択しては先にベッドに上がって横になり、シーツに軽く触れるとそこをポンポンと撫でて早く寝る様にと促して。
隣に横たわる夕の腕が腹部に回され、抱き締められる形で落ち着けばその腕を優しく撫でて瞳を伏せる。
布越しに伝わる互いの温もりや、肩に乗せられた夕の唇から漏れる吐息が首筋を擽る。その感覚でさえ次第に遠ざかる意識の中では心地が良いと、全身を包む安堵感に身を委ねて。
おやすみ、そう耳許で告げられた言葉を最後に深い眠りの中へと落ちて行った。
「っ、だ!!.....い゛っ...てえ...ったく、マジかよ.....最悪」
突然、全身を襲った激しい衝撃に目を覚ます。床に強く打ち付けた後頭部や腰を擦りながら体を起こせば、指先に触れる固く冷えた感触から俺は今、床に居る事を悟る。
また蹴り落とされたのだろうとベッドの上を確認してみれば、案の定幸せそうな寝息を立てて熟睡する夕の姿。どうやって逆サイドに居た俺を落としたんだ、コイツは。寝技か?と恨めし気に視線を向けるが、勿論解決策が見つかる訳でも無く。
ふと、窓の外を確認してみればまだ夜明け前なのであろう、暗く月明かりだけが室内を照らしている。...どうせ又落とされるのだろうが、それでも起きるには早すぎる。
ベッドに手を掛けて立ち上がり、夕の動きを封じるようにその身体の上にどさりと覆い被さる様に横たわれば、規則正しく揺れる胸元に顔を寄せて目を伏せ、再び眠りの世界へと意識を飛ばし二人で寄り添うように、そのまま長い一時を過ごすのであった。
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それが、彼らの日常。
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