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初めまして。 3

「⋯⋯はよ。今日はちゃんと時間通りに来てるのな。⋯って、またやったのか?」 「あ〜!あき、おはよ。んねぇ⋯ここでしょお?⋯朝ベッドから落ちちゃったんだよねえ⋯」 ぼんやりとカバンの中から必要なものを取り出していれば、やがて少し遅れて登校して来たアキの声に気付いてぱっと顔を上げ、朝の挨拶を交わす。 が、その瞬間、げっ、とアキの眉間に皺が寄せられたかと思えば、指し示される俺の額の傷。 ⋯⋯そうだった、すっかり忘れてたんだよな。 ──今朝、寝ぼけ眼のまま鳴り響いてるアラームを止めようと腕を伸ばした時に、力の入らない身体がぐらりと揺れてそのままベッドの上から盛大に顔から転げ落ちてしまった。 思い出したことで再び痛み出した額をすりすり、とさすっていたが、違う!そんなことはどうでもよくて!! 本来の目的を思い出して、ガッ!とカバンの中から取り出したそれをアキの目の前に掲げてみせる。 「それより!さ!みてよこれ!!じゃ〜ん!!」 「⋯⋯は⋯?!⋯おい、マジかよ」 「すごいでしょ!!頑張って戦争に打ち勝ったんだから!もうめちゃくちゃ大変だったんだよコレ⋯もうやりたくない⋯」 以前から人気すぎて再販が追い付かないと、いつしか数量限定で度々発売されていたそれをやっとの思いで手に入れる事が出来た事を、いち早くアキに伝えたかった。 ⋯⋯そのお陰で、ずっと寝不足なんだけどね。今日の朝だってそのせいでうまく身体が動かなくて怪我しちゃったんだけど。 その苦労を思い出せば、思わずため息だって溢れちゃう。 案の定、驚いた表情でそのゲームのパッケージをまじまじと真剣に見つめているアキの姿に、ふんふん、と自慢気な表情でそれを手渡してやれば早速そのままお誘いの言葉を伝えて。 「で、さ!今日とか⋯一緒にどうかな?アキと一緒にやりたくて頑張ったんだよね、俺」 「良いよ、何もねえし。⋯⋯お前が頑張ってくれて、なんか⋯嬉しいわ」 「その言葉大丈夫?⋯⋯ゲームが出来るから嬉しい、とかじゃないよね?」 「⋯んな事言ってねえだろ」 「どうだかなあ〜!アキってそう言うとこあるから」 言葉数や感情表現が薄い分、アキの気持ちを読み取る事にまだ慣れていなければ真正面から問い掛ける事で、その反応を伺う事が多くなっていた。 素直な表現が少ない分、今回の言葉だって何か裏が隠されてそうだと、じ〜っとアキの顔を見つめてみれば、少しだけ言葉に詰まるその間に気付いてしまう。 やっぱりな。 直接確認する方が手っ取り早い事を知っていれば、俺から気を逸らす様にパッケージの文字に視線を戻してしまったアキの姿に対して分かりやすくため息を吐き出してみせる。 が、やがて授業開始の合図を知らせるように室内に鳴り響いたチャイムの音に合わせて、俺にパッケージを返してくれたアキが「また後でな」と逃げるように席まで戻っていくその後ろ姿を見送る。 「⋯⋯もう⋯。ほんとに嬉しいって思ってくれてたら良かったのに⋯」 ──っ、おい。⋯⋯ゆう。⋯⋯、ゆ⋯ 「夕!!⋯⋯ったく⋯そろそろいい加減にしろ、っての」 強引に身体を揺さぶられて起こされる事で、ようやく目を覚ます。 連日の睡眠不足がよく効いていたのか、いつから俺は寝ていたのか、そして今は一体何時なのか、何も分からなかった。 「あ⋯⋯っ、⋯あれ⋯⋯お、はよ⋯」 「おはようじゃねえから。お前さ、声掛けられてもぜんっぜん起きねえから先生がずっと困ってたぞ」 「そお⋯なんだ。⋯⋯⋯悪いことしちゃったかもな」 よくよく周りを見渡してみれば、既に下校の準備を終えて帰ってくクラスメイトの姿や、部活の準備をしている姿、その他にも空席がちらほらと広がっていれば俺がどんだけ寝ていたのか、それだけでも想像が出来てしまう。 「⋯もしかして、結構長い間起こしてくれてたり⋯⋯する?」 「まあな。その頭引っぱたいてやろうかと思った位、全然起きねえし」 「うわあ⋯ごめんなさい。すぐ、すぐ準備しますんで!」 明らかに少しだけ疲労の色が見えるアキのその表情の変化だけは、読み取る事が出来た。急いでカバンに物を詰め込んで席を立てば、行こう!!と気持ちを切り替えて先陣を切って歩き出す。 「後でなにか奢るからさ、食べたいものとか考えといてよ」 「⋯⋯ご馳走さん」 「いいよいいよ、好きな物なんでも選んじゃって!」 アキの為なら好きなものをいくらでも買ってあげたい。ついでに好物も分かるし。 何でも知りたいし、何でもしてあげたくなるこの気持ちは、なんと言うか⋯男にも母性とか、そういうのって有るんだろうか。よく分かんないけど。 ふん、と胸を張って自慢気に歩いてたその先に、階段がある事を俺はすっかり忘れていた。 ちゃんと前を見て歩け、そう言われた矢先、視線を向ける間も無く綺麗に踏み外してしまった1段目。慌てて足元に意識を集中させて足を踏ん張るが、時すでに遅く。 綺麗にから回った俺の足は次の段差を捉える事が出来ぬまま、そのまま派手な音を立てて大胆に下まで転がり落ちてしまう。 途端に全身に襲い来る激しい痛みに小さく唸りながら、声を上げる事も出来ぬまま、背を丸めてその場で痛みに悶える事しか出来なくて。 「っ⋯!!ば、か!!!だから前見て歩け、って言った、だろうが!!⋯⋯⋯おい!!大丈夫か⋯?!!」 「⋯う〜っ⋯⋯背中も足も⋯全部いっでぇ〜⋯⋯!」 結構大胆に転んだ記憶はあったけど、どうやら普段の転げ癖が不幸中の幸いと言うか、咄嗟に上手く受身が取れていた様で頭や首、背中等、守るべき場所はしっかりと防げている事に気付き、ほっと息を吐き出す。 やがて少し遅れて階段を慌てて降りてきたアキが俺の身体にそっと触れて、顔を覗き込んでくる。その表情からは明らかに血の気が引いていて、だいぶ心配させている事を悟れば「平気」と、一言伝えながらゆっくりと身体を起こして。 「⋯⋯ま、じでお前ふざけんな、って。⋯⋯死んだかと⋯⋯思ったわ」 「そんな簡単に⋯⋯大丈夫だって。⋯⋯っ、!!いてて⋯⋯」 「⋯⋯何処が痛えの」 俺の言葉を聞いた途端、不安気に揺れていたその瞳にはそっと安堵の色が浮かぶと共に、怒りの表情も混ざっている事に気付いてしまう。 それでも俺の身体を優先して状況を確認してくれるアキの言葉で、そういえば⋯⋯と身体に視線を向けてみる。 確実に足は片方を捻ってしまった様で、思うように動かせない事を確認しながら、まあ⋯⋯この感じ、多分出血、と言うよりは打撲が殆どだろうと判断する。 「多分、⋯⋯足は捻ってると思う。後は見なきゃわかんない、けど⋯⋯」 「分かった。⋯⋯取り敢えず湿布だけでも貰いに行くぞ」 背中も、足元も、腕も、全部が痛い事に越したことはなければ、俺の身体を支えてくれるアキに寄り添いながら、通い慣れた保健室までゆっくりと歩みを進めて。

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