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初めまして 3
「はよ、夕。……うわあ〜、最近やっと治ってたじゃんソコ。やっちゃったの?」
「おはよぉ。う〜ん……めちゃくちゃ痛かったぁ…」
今朝、寝坊間際の時間に慌てて起床した事で力の入らない身体がふらり、と揺れた感覚に気付いた時には既に遅く。ベッドから盛大に転がり落ち、打ち付けた額をスリスリ、と擦りながら登校しては、朝の挨拶を交わしながら自分の机に鞄を乗せる。
俺の姿に気付きやって来たアキの驚いた表情に目を細めながら答えては、はぁあと深い溜息を吐き出して
「それよりさ、ねえアキ。みてよコレ。じゃじゃぁ〜ん!!」
「え?何……っマジで?!凄いじゃん!!どうやって買えたんだよ、それ。」
「へへ〜っ。頑張ってネット戦争に打ち勝ったんです〜!もう、大変だったんだからさ!」
不安気に額を見つめるアキの視線を他所に、そう言えばと今回と怪我の元にもなった睡眠不足の原因、と言うか勝利の証といいますか。鞄の中から取り出した携帯を操作し、撮った写真を自慢気に見せて。今日発売予定の新作ゲームの購入完了画面を指差しながら、「みてみて」とアキに手渡して
「俺買えなかったんだよな〜コレ。すんごい回線混んでたっしょ?もう気付いたら寝ちゃっててさ」
「そうなんだ?暫く難しそうだよねぇ、買うの。……あの、さ。もし良かったら一緒にやってみない?俺も操作方法とか難しくてわかんない所が有りそうだし、アキと一緒に考えながらだったらすぐ出来そうかなって」
「…良いの?っ、すっげえ嬉しい。俺これ前作やり込んでたからさ、全然教えるわ。は〜、朝起きて悔しすぎたんだよな〜ほんと。ありがてえわ!あざーす!」
「どういたしまして。んじゃあ〜そうだねぇ…今日、とかは?俺の部屋でさ、学校終わった後にでもどう?」
全然平気。そう答えるアキに満面の笑みを浮かべる。徹夜して頑張った甲斐があった、と。早速お誘いの言葉を投げ掛けてみれば喜んで答えてくれる姿に安堵の息を漏らし、約束を取り付ける事が出来た事に心の中でガッツポーズなんてしてみたり。
はやく、終わらないかな〜。帰ってアキとゲームしたいし
授業中もドキドキと高鳴る鼓動は止まらず、始終浮かれモードで。にこにこと笑顔を絶やさない俺の姿に気付いてたのか、「ずっとにやけてたぞ、顔。」なんて、くしゃりと俺の頭を撫でるアキの手。
その感触が心地よくて、手のひらにぐりぐり、と頭を押付けながら瞳を細めれば、犬みたいだな。と笑うアキに、浮かんだ冗談を問い掛けみて
「犬〜?それじゃ、俺の事飼ってよ、アキが。お手もお座りも、なんなら会話だってなんでも出来ますよ〜?それに、一緒にゲームだって出来ちゃいます!どぉ?結構優秀でしょ?」
「確かになぁ。でも結構手掛かるぞ?犬って。それに、すぐ転んだりぶつかったりするから心配で目の離せない犬、じゃねえの?優秀かどうかは、さておき」
「えぇ?まあ、そんなとこもあるけど。でもさぁ、こんなにアキの事愛してくれるわんこ、他に居ないんじゃない?それだけは俺胸を張って自慢出来るけど。ご主人大好き〜!!!ってねぇ」
「……犬じゃなくて人間の夕として、俺の傍に居てくれよ。その方が絶対に楽しいだろ?」
好き、とストレートに伝えた言葉に驚いた表情を見せるアキ。少し照れた様に、そっと視線を逸らした後、改めて俺の顔を見て笑うアキはいつもの姿であった。
そうだねぇ。アキがそれでいいなら!と言葉を返せば、室内に鳴り響く授業の開始を知らせる鐘の音。その音に合わせて「じゃあ、またな」と手を振り席に戻る後ろ姿にひらひらと応え再び始まる授業に、欠伸を漏らしながら意識を向けて。
「っ、う。お〜い、夕。いつまで寝てんだコラ。もう授業も全部終わったぞ」
「……へ、ぇ…?あれ、俺…寝ちゃってたの」
よし、頑張るぞ。だなんて意気込んだ授業開始5分前。昼食も終わり、丁度よく満たされた腹と心地の良い日差し。あ〜いい天気。だなんてぼんやりと外を眺めてる内に寝てしまってたのらしく、机に伏せた俺の肩を揺さぶり名を呼ぶ聞き慣れた声に意識を浮上させて、ハッと我に返る。
周りを見渡せば下校と共に部活の準備をしている生徒や、既に帰った後の空席がチラホラ。よく寝た、と頭上に腕を伸ばして身体を解せば、必要な物を鞄の中に詰め込んで立ち上がり、「お待たせ」とアキの隣に並んで
「すんごい気持ち良さそうにずっと寝てるからさ、先生も躊躇ってたぞ。夕の事起こすの」
「え〜?そんなに?……優しいなぁセンセーは」
跡が付く位な、と頬に触れるアキの指先。その指を追う様に自分の頬に触れてみれば、確かにくっきりとした線が指先に当たる。
殆ど寝て過ごしてしまったが、やっとアキとの時間を過ごす事が出来る。その期待に胸いっぱいでルンルンと弾む足元で向かう先は下駄箱。
そのまま階段を降りてしまえばすぐに着く場所。だった、筈が。しまった。そう気付いた時には既に遅く。
あまりにも浮かれ過ぎていたのであろう、一段目を踏み外してしまった足は宙で空振り、そのまた次の段も飛び越えて漸く地に足が着いた先は段差の先の方。そんな僅かなスペースで大きく崩れた体勢を整える事が出来る訳は無く、大胆に下まで転がり落ちてしまえば全身に走る痛みに小さく唸り声を上げて背を丸め、襲い来る痛みにぐっと構えて。
「っ、わ、まじ、か!!ゆ、う……!!……だ、大丈夫か?!何処ぶつけた?!怪我は??頭は、大丈夫か?!」
「だい、じょうぶ。けど、足…ぐきってなっちゃったかもしんない」
急いで俺の元まで駆け寄るアキの足音。その音に気付きゆっくりと身体を起こせば、俺の隣に腰を下ろして背に腕を回しながら、顔を覗き込まれる。
どうやら、普段の転げ癖が不幸中の幸いと言うか、上手く受身が取れていた様で足を軽く捻った位で後は打撲程度だろう。……あ、多分額も打ったみたい。
たらりと頬を伝う感触に気付けば指先でそれを拭い、その箇所に触れてみる。
額に走る痛みから、切れたのであろう事を確認しては、へへ、と軽く笑ってみせるが、引き攣ったアキの顔。あ、流石にドジ過ぎて引かれたかな。なんて思ったが、慌てて怪我の有無を確認する言葉に思考は途絶え、返事を返しながら支えられるがままそっと立ち上がれば、先導されるがままアキに掴まり通い慣れた保健室まで向かい。
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