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初めまして 終わり
「よいしょ、っと。ここの保健室ってほんとに先生居ないよねぇ。何してんだろ?その間」
「……仕事サボってんじゃねえの?この学校の先生適当な人多いし、別に居てもいなくても、対した怪我とか無いんだろ。皆勝手にベッドとか怪我してる時に使って帰るし。……まぁ、俺等が今それなんだけど」
「確かにね〜。一番多くここ使わせてもらってる気がする」
「ほんとにそう。ちょっと、前髪上げててくんね?」
ガラリ、とノックもせずにドアを開けてみれば案の定無人の室内。ホワイトボードには、以前と同様に掲示された文字。ずっと使用されてきたのか、よく見てみればその文字は薄く色褪せている。
椅子まで俺を運んで来てくれたアキが手馴れた様に備品を手に取っていく姿を眺めながら、裾を軽く捲り足首の状態を確認してみる。まぁ、そんなに酷くもないか。
準備を終えて早速処置を施してくれるアキの手元をぼーっと眺めながら、言われた通りに前髪を掻き上げて身を任せる。ふと、その手付きが上達してる事を緩く頬を緩めながら褒めて
「あ、アキ上手になってるじゃん。最初はあんなにブサイクな貼り方してたのに」
「ブサイクって、お前。そりゃ慣れますよ、毎回毎回こうも相手にしてりゃ」
「俺のおかげってヤツ、ですかねぇ?不器用なアキの練習台とかそんな感じ〜?」
「あっ、それがお前の本音かぁ?前まであんなに申し訳なさそうにペコペコしてた奴が」
お互いに慣れたもんだと出会いの場面を思い出す。初めの方こそ遠慮から何度も謝罪の言葉を告げていたが、今ではそんなやり取りも減り、当たり前の様に、俺の傷を治してくれるアキにてへ、と笑い掛ける。
手際の良いもので、あっという間に処置を終えたアキの声に気付き「どうも」と一応感謝の言葉は忘れずに。
ふと、その場に腰を下ろしたままのアキに気付き、その視線が俺に向いてる事に気付く、緩く首を傾げて「どうしたのぉ?」と問い掛けてみれば、アキの言葉を待ち
「あのさ、ドジなのも少し抜けてる所も、まぁ、心配だけどどうにかしろ、とは俺は言えない。けど、さっきのは一歩間違えたら大変な事になってたぞ」
「っ…たしか、に、そうだね。流石にちょっとヒヤヒヤした」
「だろ?そう言うのはさ、なるべく俺が側に居て気付ける範囲でしてくれ。そしたらすぐに夕の怪我を治してやる事も出来るし、守れるし。……って、難しいかもしれないけど。あ、別に俺の目の前でわざと怪我をしろって言ってる訳じゃないからな」
今回は間に合わなかった、そう告げるアキの言葉にハッと息を飲む。良かった、俺のドジが引かれてなくて。心の片隅で引っ掛かっていた不安の種がすっ、と無くなった事に気付けば安堵から強ばってた肩の力を抜いて。
全てを否定し直せと言う訳でも無く、あくまでも目の届く範囲で、そう示される言葉に、ふと、負傷した足首を見つめる。丁寧に皺も無く貼られた湿布。
わざと、ね。
少し頼り情け気に寄せられた眉に、ゆらりと揺れるアキの、茶色っぽいオレンジ色の瞳。その瞳の奥に映る俺の姿。もし、この瞳の中に俺の姿がずっと映り続けるなら……なんてふと考えてみる。
アキが俺に触れる度に、段々と濃く色付く俺の胸の色。初めて会った時から染まり始めたソレは、今も止まる事無く様々な色が重なり合っていく。
分かった、そう一言伝えるだけで安心して笑みを浮かべる姿に俺も同じ様に笑って返す。
そっか、俺は、きっと………
気付いてしまったその瞬間、俺の胸の中の色は完全に全てを染め上げ、そして、俺を満たした。
アキが、俺の側にずっと居て、見てくれる方法。見つけちゃったかもしれない。
恋は先手必勝だなんて、本当に存在していた言葉だったんだななんて頬を緩めて居れば、ふと細められたアキの瞳が真っ直ぐに俺を捉える。
「なに、急にニヤニヤ笑ったりなんかして。何か思春期的な事でも考えてんの?」
と問われる言葉に、まぁ、あながち間違いでもないけど。
「ひみつ」そう答えれば腰を上げてアキの手を取り、先を急かす。
俺の心の色は、きっと、綺麗な色では無いかもしれない。けど、誰よりも濃く、こびりついて絶対に色褪せる事の無いそんな深い色。アキも全部同じ色に染まってしまえばいいのに、なんて。
不自由な俺の足を気遣いながら隣に並んで歩いてくれるアキに、そっと、気付かない様に。俺の色を乗せていく。じんわりと、そして、ゆっくりと。
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初めての芽生えと感情
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