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初めまして 終わり
「だ〜っ⋯やっと着いた⋯⋯アキも、ごめんね。重かった、でしょ」
「⋯別に良いから。⋯⋯ってか、また居ねえのな。ここの先生は」
なるべくアキに負担が掛からないようにと気に掛けながら歩いていたが、そんな事を気にしなくても良い。と身体を引き寄せられるがまま素直に身を寄せていた結果、保健室に辿り着く頃にはしんどそうに息を漏らすアキに気付き、そっとその隣から離れて、ドアを開けてあげる。
それでも全然平気だと強気なその姿に小さく、もう一度ごめん。と呟きながら中を覗き込めば、いつものように無人の空間が広がっていた。
何度も通ってる筈だけど、先生の顔を見た事は一度か二度くらいしか無い。
「先生だってサボりたい時もあるんじゃない?⋯見た感じ、そんな頻繁に人とか来なさそうだし」
「お前くらいだもんな。よくお世話になってんのは」
「あ〜⋯まあ⋯否定はできないかも」
気まずすぎ、とアキから気を逸らすようにささっと自分でいつもの定位置まで近付いて、そのイスに腰を下ろしてしまう。
手馴れたように救急箱を手に近付いてくれるアキに身体を向けて、その足から丁寧に湿布を貼ってくれる姿を静かに見守りながら、俺の服を捲って他にも傷は無いか、と確認してくれるアキに身を委ねる事にする。
「アキもさ、結構手慣れてきたよね。」
「そんくらいお前の怪我が耐えないって事だろ。⋯⋯少しは反省してんのか?」
「⋯ちゃんとしてるよ。⋯⋯これからは前を見て、歩きマス」
「嘘つけ。すぐ忘れてんだろ、どうせ」
スムーズに俺の手当をしてくれるアキの手元を眺めていれば、ふと、最初の頃のアキの姿を思い出す。
俺が怪我をする度にあたふたと慣れない手付きで処置をしてくれていた事を思い出せば、もうベテランさんだと笑ってみせるが、じっ、と軽く睨み付けられることでそういう事では無かったか、と大人しくしてる事にする。
「⋯⋯終わり。別に血が出てる場所とかもねえし、大丈夫そうだわ」
「ありがと!いつもほんとに助かってますよ」
処置を終えたのらしいアキの言葉でぼんやりと飛ばしていた思考を戻して、改めて感謝の言葉を伝える。
ガタン、と救急箱が閉じられる音と共に、普段ならその箱をすぐ片付けに向かうアキだが、じっと俺に視線を向けたまま動かないその姿に疑問を抱き、緩く首を傾げてその顔を覗き込んでみる。
「⋯⋯どうしたの?」
「⋯⋯お前さ、もう少しどうにかなんねえの?⋯⋯、今回のヤツとか⋯本当に危なかったろ。アレは」
その瞬間、ドクン、と跳ねる俺の心臓。
──アキの言いたいことが、すぐに分かってしまった。
俺のドジが奇跡的に怪我だけで済んでるだけで、一歩間違えたらそれが命に関わってしまう事くらい、俺も知っている。
「そう、だよね。⋯⋯アキにも沢山迷惑かけちゃってるし、俺もどうにかしようと思ってるんだけど⋯⋯なかなか⋯⋯なぁ⋯。」
ドジだのマヌケだの、過去に何度も言われ慣れた言葉で自覚もちゃんとしているが、その事が原因でアキに失望されてしまうだけは避けたかった。
だがどうしても、ふとした瞬間に気が抜けて、やってしまう。
俺自身もどうしたら良いのか分からないとぐるぐると思考を働かせて、それでも失望されないようにちゃんとした答えをアキに伝えてあげたい。
その一心で解決策を何とか探り出して居たのだが、ふと伸ばされたアキの指先が俺の頬に触れて、いつのまにか俯いていた俺の顔を上げるように、優しく掴まれたままその頬を引き寄せられる。
「迷惑だなんて言ってねえだろ。⋯⋯ただ、心配ってだけ。⋯⋯別に命に関わること以外なら⋯、⋯⋯俺が治せる範囲内なら、何回だってヘマしても構わない」
バツが悪そうに眉を寄せながら丁寧に言葉を探し伝えてくれるその姿に、ぎゅっ、と胸が締め付けられる感覚を覚えてしまう。
多分、俺が不安を抱いてしまった事を察して、そうではない、とアキなりに伝えてくれてるのだろう。
「俺だって何でも完璧に出来る訳じゃねえし、お前みたいにすっ転んで怪我をする事だってある。⋯⋯だから、⋯⋯その、さっきの階段⋯とか、危ねえ場所の把握だけはしっかりして欲しい。それだけで変わるだろ?」
「⋯⋯そう、だね。たしかに。⋯⋯いつも、ありがと」
分かりやすく提案してくれるアキの言葉にうんうんと頷きながら、しっかりと俺の脳内に刻み付けていく。
それだけ俺のドジが減るなら、アキが悲しまないなら。
⋯⋯しっかりしろよ、俺。
「後は、⋯⋯⋯まあ⋯出来るだけ俺が居る範囲で⋯やってくれ。そしたらお前の事をいつでも見てやれるし、すぐに治してやるから。⋯⋯っわざと俺の前でやれとか、そう言う事を言ってる訳じゃねえからな」
『俺の事をずっと見てくれる』
その言葉だけが俺の中に留まり、そして引っ掛かり続けてしまう。
⋯⋯アキが、俺の事を見てくれる⋯?
不安気に揺れるその綺麗な瞳の奥に映る、俺の姿をぼんやりと眺める。
もし、この瞳の奥に俺の姿がいつまでも、こうして存在してくれるのなら。
⋯⋯そんな幸せなことなんて、中々無いよなぁ。
アキが俺に触れる度に、段々と濃く色付いてく俺の胸の色。
初めて会った時から染まり始めたソレは、今も止まる事無く様々な色が重なり合っている。
分かった、そう一言伝えるだけで安堵の色がアキの瞳を染めて、そして、再びその瞳の中には俺だけが映し出されている。
⋯⋯⋯あぁ、そっか。
アキの事になるとどうしても色んな思いが溢れ出し、止まらなくなってしまう。今だって、俺の思考の中にはアキの事でいっぱいで、埋め尽くされている。
⋯⋯俺は、きっとアキの事が⋯⋯⋯
気付いてしまったその瞬間、淡く色付いていた筈の俺の胸の中は、どろどろと深い色で満たされてしまった。
アキが俺の側にずっと居て、俺だけを見てくれる方法。⋯⋯俺だけが出来る事。
そっか、じゃあ⋯⋯頑張るから。
───ちゃんと見ててね。
恋は先手必勝だなんて本当に存在していた言葉だったんだな、なんて頬を緩めて居れば、細められたアキの瞳が何かを探るように俺の事を真っ直ぐに捉えている。
「⋯⋯何。やっぱ頭もぶつけてんじゃねえのか?」
「ちょっと⋯俺が馬鹿みたいな顔をしてるって言いたいの?」
「その言葉の通りだろ。よく分かったな。」
「⋯⋯うえっ⋯ひどい⋯⋯」
ぐすん、と泣き真似をしてみたけどそんな俺の顔を見て大丈夫そうだと判断してしまったのらしく、椅子から立ち上がったアキがさっさと救急箱を片付けに俺の目の前から消えてしまう。
もう⋯⋯。でも、そんなとこも大好きなんだけどね。
──俺の心の色は、きっともう綺麗な色では無くなってしまったのかもしれない。
けど、誰よりも濃くこびりついて絶対に色褪せる事の無い、そんな深い色。
アキも俺と全部同じ色に染まってしまえばいいのに、なんて。
救急箱を片付け終えたアキが戻って来て、再び俺の隣に寄り添って一緒に歩いてくれる。
まあ、急がなくたってアキが気付かない様にそっと⋯上書きをするように、俺の色を足してけば良い。
じんわりと、そして、ゆっくりと。
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初めての芽生えと感情
終わり。
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