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ふたつの雪だるま 1
全身が冷気に包まれた事に気付き、ぱっと目を覚ます。
静かに俺の目の前で上下する夕の胸は規則正しく動いていて、一向に目を覚ます気配が無い。
いつのまにかベッドの下まで蹴り落とされていた布団の存在に気付けば、身体を起こしてそれを手繰り寄せ拾い上げながら、欠伸をひとつ、漏らす。
「⋯⋯、⋯またコイツか⋯」
最初は寝相の悪さをどうにか回避する為に始めたこの作戦は案外うまくいっていて、夕の胸の上で寄り添う様に寝る事で蹴落とされる回数も格段に減っている。
運が悪けりゃ落とされてしまう日もあるが、まあ⋯そんな事にも動じなくなってしまった。
休日になれば互いの部屋を行き来して、そして時間が遅くなってしまえばそのまま泊めてもらう。その繰り返しがいつしか習慣となり、気付けば夕の部屋で日々を繰り返す事が増えていた。
毎日の様にコイツと一緒に寝たらそりゃ⋯嫌でも慣れるって訳か。
「⋯⋯今日も降ってんのな」
ぼんやりと視線を向けた窓の外で、降り続けている雪の存在に気付く。
数日続いている降雪はいつのまにか外の景色を白く染めて、そして毎日の様に景色を変えていた。
⋯⋯明日は休み、か。
窓の外を眺めているうちに、少しだけ目が冴えてしまう。
さっさと眠る必要性が無い事に気付き、それならばと携帯を手繰り寄せて時間を確認するついでにアプリのゲーム画面を開く。
再び眠気が来るまで少しだけ、と触り始めたそれにいつしか夢中になってしまえば、画面を食い入る様に眺めながら深めの考察タイムに入ってしまう。
「⋯⋯こら、なんでこんな時間から携帯触ってる人が居るの⋯?」
ああでもない、こうでもないと悩みながら操作していれば、突然背後から聞こえた声と共に背後から腕を引かれて携帯を奪われてしまう。
「⋯⋯っビックリした。⋯急にやめろよ」
「⋯⋯何やってたの?」
突然の出来事に驚いて鳴り止まない心臓を他所に、明らかに何かを怪しむ様な視線が俺に向けられて居る事に気付き、一体何だと逆に問いかけてみる。
「お前の方こそ急になんだよ。⋯⋯別に何もしてねえだろ」
「なんかずっと携帯見つめてさぁ⋯⋯、⋯なんだ、ゲームしてただけ?」
取り上げた俺の携帯画面を覗き込みながらやがて納得した様に頷く夕の反応を見て、更に疑問が深まってしまう。
が、それよりも気になるのは画面に表示されたままの待機画面で。疑問が晴れたのならさっさと返せ、と腕を差し出すが、「だめ」とその一言で俺の携帯は遠くの方まで追いやられてしまい、強制的に遠ざけられてしまった。
⋯くっそ、良い所だったのに。
「⋯なにその顔。不満です、って分かりやすく顔に書かれてるんですけど」
「別にその通りだろ。⋯⋯そもそもお前に起こされてんだからな、こっちは」
「⋯、まあ⋯⋯良いから。アキが居なくなっちゃうと俺も寒くて眠れないし」
明らかに図星だったのだろう。俺を責める事を直ぐにやめて、誤魔化す様に再び腕を引かれたかと思えば夕の体の上に戻されてしまう。
「こうやってくっついて眠ってくれてるでしょ?最近。⋯暖かくて眠りやすいんだ」
「⋯⋯知ってたのかよ」
「逆に知らないと思ってたアキにビックリなんですけど⋯⋯。」
あくまでも互いに眠りについてしばらく経った後、夕の身体が不自然にモゾモゾと動き出すその時がタイミングだった。
ぱっ、と目を覚まして夕の上に移動してしまえば、無事に朝を迎える事が出来ている。逆にそのタイミングに気付かなかった時には、蹴り落とされてしまう。
その繰り返しの中で何とか身に付いたものではあるが。
それに、朝に弱いコイツよりも俺の方が先に起きてる事の方が多く、そうでなくても動き始める夕の動作に気付けば、すぐに避けてやっていた。
一度眠り始めてしまえば中々起きないコイツの事、別に気付く事なんてねえだろうな。と、勝手に思い込んでいた節もある。
⋯⋯隠してたつもりではないが、それでも俺からこうしてわざわざ触れ合う機会があまり無い分、それが毎日続いてる事を知られてしまえば少し違和感が芽生えてしまう。
「良いじゃん、アキだって俺にくっついてたい時があるんでしょ?いつでも大歓迎なんだから」
「その前にお前の寝相をどうにかしてくれ」
「ん〜⋯それは、ムリ」
「⋯⋯だろうな。」
そもそもコイツが大人しく寝てくれるのであれば、話は変わるのだが。
まぁ⋯⋯寝てる間の事なんてどうにも出来ねえよな、と既に諦めて居れば今更どうにかしようと思った事なんて無く。
仕方ない。と大人しく眠る事に決めては、俺の身体に布団を掛けてくれた夕の動作に気付いて軽く礼を伝えながら、再び静かに瞳を閉じる。
そして気付けばすぐに、俺の意識はそこから無くなっていた。
───
⋯⋯っ、なんだ⋯?
あれから数時間、だいぶ熟睡していた様で突然肩を激しく揺さぶられる動作で目を覚ます。
「⋯⋯っ、あき、アキ。おはよ!!起きて、あの、さ!⋯俺⋯やばいかも」
突然の出来事に寝起きで回らぬ思考を働かせながら、緊急性のありそうな声掛けに対してとりあえず「ん⋯、」とだけ、短くその声に応える。
「お、おしっこ⋯!漏れそう⋯⋯ヤバいかも」
「⋯⋯っ⋯!⋯わかった、から⋯早く行ってくれ」
あまりにも想定外の言葉が聞こえてきたその瞬間、俺の脳内が一気に覚醒した。ばっ、と身体を起こして夕から離れてやれば急いでベッドから飛び降り、トイレまで向かうその後ろ姿を呆然と見届ける。
⋯⋯なんか、嫌だわ。
目覚めの良い朝⋯とは到底表現出来ない出来事に対し、無理矢理覚醒した頭は思考を止めてぼんやりとした感覚だけが残ってしまう。
再びどさっ、とベッドに横たわれば顔の上に腕を乗せて軽く瞳を閉じる事でしばらく目覚めの余韻に身体を慣れさせて。
「はあ〜!!マジでギリギリセーフだった。アキの寝顔見てたらさ⋯なんか急に、我慢の限界きちゃって」
「⋯⋯本当に何してんだか」
ドタバタと寝室まで戻って来た夕の足音に気付くが、反応を返す事もダルければその状態のまま耳だけを傾けて、くだらない尿意の原因に溜息を漏らす。
──そんなもん、今更飽きるほど見てるだろうが。
そう言い返したいのも山々だが、飽きるとか⋯⋯そう言う概念は無さそう⋯だよな。
よく分かんねえけど。
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