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ふたつの雪だるま 2

軋むベッドの音、そして揺れるその感覚から夕が近付いて来た事に気付いて顔に乗せていた腕を外離し、視線を向けてみる。 「⋯⋯ねえアキ。今日さ、俺と一緒にデートしない?」 「デート⋯?」 「そう!まあなんて言うか⋯普通にゲーセンに行きたくて」 「⋯、確かに。」 突然夕に告げられたその言葉の響きに、緩く首を傾げる。 何処か行きたい場所でもあんのかと問い掛けようとした矢先、素直に告げられた行先は俺達が普段からよく通ってる場所で、そういう事かと頷いて。 ゲーセンの情報だけはこまめに確認していれば、最近夕の好きなゲームの景品が入荷されてたな、なんて事を思い出す。 「だから早く起きて!準備して行こうよ」 「分かったから、⋯⋯先に行ってろ」 俺の腕を、相変わらず加減の無いその力で無理矢理引っ張られてしまえば、身を委ねる事しか出来ず素直に身体を起こす。 朝からこれ以上振り回されるのもごめんだと先に支度をする様に促した。⋯つもりだったが、俺の顔をじっと見て動かない夕の身体。 「⋯⋯何?」 「ん〜?⋯俺さ、寝起きのアキ見てるの好きなんだよね。いつもよりぼーっとしててだるそうな感じが、なんか⋯こう、グッて来るって言うか⋯」 ⋯⋯なるほど、よく理解が出来た。 直接的な表現こそ出て来ないが、多分コイツの言いたい事としては単純にエロい目で見てました。そんな感じだろう。 四六時中忙しい奴だな。コイツの脳内は。 「お前が行かないなら俺が先に行くけど」 「⋯⋯っ待ってよ!!⋯もお⋯せっかく褒めてあげてたのに⋯」 「勝手に盛ってるだけだろうが」 無駄な時間だとベッドから降りて寝室のドアを開けると、先に洗面所まで向かう事にする。 俺の後を追うように慌てて着いてきた夕に視線を向ける事無く、力任せに蛇口を捻り水を出してそれに触れた瞬間、⋯⋯凍える様な冷たさに思わずバッ、と腕を引っ込めてしまう。 「⋯⋯っ」 「⋯どうしたの⋯⋯?⋯あ、もしかして⋯⋯う、わっ!!冷たすぎでしょ⋯!!」 俺の思考に気付いた夕が同じ様に水に触れて、そして小さな悲鳴を上げている。 俺の代わりに慌ててもう一度蛇口を捻り冷水からお湯に切り替えながら、これならどうだ!とその加減を調節をしてくれている夕の姿をぼんやりと眺めながら、外の気温もだいぶ下がってんだろうな、と既に覚悟を決める。 交互に譲り合いながら顔を洗い、そして歯磨きまで済ませる。 さっとパンを焼いて軽く朝食を済ませてしまえば早速身支度を始めるが、⋯⋯そう言えば、⋯コート類はまだ持ってきて無かったっけか。 「なあ、夕。出る前に俺の部屋に寄っても良いか?羽織るもん何も無かったわ」 「あ〜確かに。俺達最近ずっと引きこもってばっかだったもんね」 言われて見れば確かに、そうか。 外が冷え込み始めた事で外出が億劫だから、と休日はゲームをしてるかテレビを見ながらゆったりしているか、その2択を繰り返しながら過ごしていた事を思い出す。 小さめのショルダーバッグに財布や鍵等、必要最低限の物を詰め込んで先に支度を終える。 夕を待つ間に、⋯⋯そう言えば。と、昨日途中で終わらせてしまったアプリゲーの存在を思い出し早速起動する。 ベッドに腰を下ろしながらその画面をじっ、と見つめて。 「⋯⋯またやってるじゃん。最近ハマってるの?」 「まあな。」 髪を整えながら俺の隣にやって来た夕が手元を覗き込んで、少し不満気な表情を見せてくる。 暇潰しに始めたそれは意外と面白くて、毎日の様に起動して遊んでいる俺に構って貰えない事がつまんない。とか、そういやそんな事を言われた事もあったっけか。 「ね〜え。携帯ばっかじゃなくて俺の事もちゃんと見てよ」 「そんなに触ってる訳でもねえだろ」 「ず〜っっっと!触ってます〜!!その自覚が無いくらいハマっちゃってる、って事じゃん」 そう言われても、確かに自覚など無かった。 俺の今までの行動を振り返ってみたとしても、そんな頻繁には触ってなかった⋯⋯筈。多分。 「⋯⋯ほら、今ちょっと怪しかった。あんま俺の事甘く見ない方がいいよ。アキの考えてる事なんて、ぜ〜んぶ分かるんだから」 「⋯何も怪しいとこなんてねえけどな。」 「いや?⋯今だって、俺にバレてちょっと気まずいとかそんな感じでしょ」 俺の感情を全て綺麗に言い当てられてしまえば、思わず言葉に詰まってしまう。 ぐいっ、と近付いてきた夕の瞳が俺の瞳をしっかりと捉えて、奥深くまで、俺の思考の全てを覗き込むように見つめられてしまえば思わず視線を逸らしてしまう。 そのまま誤魔化す様に携帯をサッと鞄の中に入れててしまえば、夕の顔をガッ、と掴んで俺から引き離し身支度の確認をして。 「⋯準備出来たのか?⋯なら行くぞ。」 「⋯⋯ぜんぜん準備出来てませ〜ん。⋯アキとちゅ〜してないもん。」 「は⋯⋯?」 俺に引き剥がされた事が気に食わなかったのか、むっ、と不貞腐れたように夕の表情が変化し、掴んでいた手が剥がされてしまう。 そのまま、俺の胸に添えられた夕の腕にぐっ、と力が込められて背後のベッドに押し倒されてしまえば、驚く間も無く夕の顔が近付き、そして互いの距離が無くなってしまう。 俺の唇を割る様に押し込まれた夕の舌が、口内をなぞり、そして俺の舌と絡み合う。夕が口を開く度に鋭く尖った犬歯が俺の唇に当たり、ぞわっとした感覚が俺の身体を駆け抜けていく。 やがて互いの唇が離れ、俺の首筋に埋まる夕の顔。 ぬるり、とした感触が首筋を通り、そしてチリッと小さな痛みが生まれる。それが何を意図してるのか、すぐに理解しては夕の髪をガッ、と掴んで強引に引き剥がす。 「⋯⋯っおい、何してんだお前」 「い、っで⋯!!何して、⋯って⋯ちょっと、⋯舐めてただけじゃん。」 「だけ、じゃねえだろ。⋯⋯何処に付けてんの、それは。」 「⋯⋯っ゛⋯!!見えない、場所にしたから大丈夫だっ、て!!」 ぎりっ、と睨み付けながら更に夕の髪を掴む手に力を入れてしまえば明らかにその表情は焦りで強ばっていく。 慌てて言い訳のように並べられたその言葉から目立つ場所では無い事を知れば、改めて夕と視線を合わせる。 「外に出る前だけは、絶対に止めろ。面倒だろうが。」 「⋯わか、った。⋯⋯あの、⋯時と場合ってやつ、だよね。⋯分かった。」 絶対的に否定をする訳では無いが、その場面だけは考えろ。ただそれだけだった。⋯そもそも人の目を気にしなければならない事がダルすぎる。 一応、忠告だけは伝えるとその意図を察したのか、反省した様に何度も頷く夕の姿を確認した後、手を離して解放してやる。 「行くぞ」 「⋯っちょっと待って!」 乱れてしまった髪をもう一度整える夕の姿を視界の端で捉えながら、先に部屋から出てしまえば玄関に向かい靴を履いて外に出る。 「⋯⋯っやっぱ寒いわ。」 「⋯う〜っ⋯⋯やばいねこれ。⋯早くアキのとこからコート取ってこなきゃだよ」 「俺一人でさっさと取ってくるから、先に降りて待ってろ」 「ん、分かった⋯。ひぃ〜っ⋯さっっむ⋯!!」 すりすりと体を擦りながら出てきた夕がドアの鍵を閉めた事を確認すると、わざわざ付き合わせる事でも無いと判断し先に降りて待ってる事を伝え。 寒さに震える夕の言葉が背後から聞こえてしまえばあまり待たせるのも悪いと早足で階段を登り、目的の階まで向かって。

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