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ふたつの雪だるま 2

「⋯⋯っ、あき、アキ。おはよ!!起きて、あの、さ!…俺やばいかも」 あれから数時間、だいぶ熟睡していた様で肩を激しく揺さぶられる動作で目を覚ます。突然の出来事に寝起きで回らぬ思考を働かせながら、何だか緊急性のありそうな問い掛けに対してとりあえず「ん、」とだけ短くその声に応える。 「お、おしっこ…漏れそう…ヤバいかも」 「……っ、分かった、から早く行ってくれ」 スウェットの裾部分を掴みながら言葉を途切れ途切れに伝える夕の姿。 寝起きとは言えど事の重大さを全て理解する。このまま漏らされてしまっては色々と面倒な事になってしまう⋯ 慌てて夕の身体の上から離れてトイレを促せば、同時にベッドから飛び降りて急いでトイレに向かう後ろ姿を呆然と見届ける。 どんだけ我慢してたんだよアイツは 目覚めの良い朝⋯とは言えないが、目を覚ますには充分な出来事だった。少し乱れた前髪を頭上に掻き上げながら夕が帰ってくるまで、とぼんやりした時間を過ごす。 「は、ぁ〜っ!マジでギリギリセーフだった。アキの寝顔見てたらさぁ、急に我慢の限界きちゃって」 「……良かったな、その歳でオネショデビューにならなくて。⋯⋯そもそも、俺まで小便浸しになってたし」 「ね〜!流石にアキにおしっこ掛けちゃうのはちょっとあれだよねえ………、あっ、なんか今の⋯マニアックすぎ⋯?」 「⋯⋯くだらねえ」 キャ、なんてわざとらしく頬に手を当てて恥ずかしがる夕の姿にじとり、と軽蔑にも似た視線を向ける。 しばらく互いに謎の睨み合いが続いた後、ふん、と大胆にドスン!と力の緩急も無く俺の隣に座る夕の行動で、ベッドのスプリングが軋みぐわん、と大きく上下に身体が揺れる。 当然の出来事にバランスを取ることもままならず、うわ、小さな悲鳴が口から出ると共に、別方向からの力強い力で身体を押され、更に反転する視界。 咄嗟に閉じてしまった瞳を開けてみれば、目の前に映る夕の姿や、背後から伝わるベッドの柔らかな感触で大体の状況を理解する 「⋯⋯ふざけんな。⋯なんで俺はお前に毎回押し倒されなきゃなんない訳?そう言う性癖でもあんのか?」 「え〜?まあ、アキを押し倒す事を趣味にしたらそれはそれで楽しそうだよねぇ。⋯って、ちがうちがう。今は、おはようのちゅ〜を求めてんの」 「はぁ…?んなのわざわざ倒さなくても起きたまま出来んだろうが」 「まあまあ、こうした方がムード作れるじゃん?起きたまま、ちゅ、ハイ終わり。なんてつまんないもん」 「⋯⋯はぁ」 コイツと居ると毎日ため息のバリエーションが増えていく気がするわ。 普段ならば「ねむい」だの「まだ起きたくない」だの駄々を捏ねる夕を引っ張り起こす作業をしている時間帯でもある。 朝から結構な体力を使うその行動が正直大変で、今日はそれが無いだけマシか。と自分に言い聞かせる事で今回の不満をかき消す事に 「ね?だから、おはようのちゅ〜しようよ」 「⋯⋯勝手にしろ」 俺が諦めた事を悟ったのらしく、勝ち誇ったような表情で、そして柔らかく微笑む夕の口元に視線が止まる。 その端からチラリ、と犬歯が覗いている様が犬みたいだと毎回無意識の内に眺めてしまう。 元々垂れた瞳や緩やかな眉毛も相まって笑みを浮かべる度に愛嬌良く、そして人懐こい表情を映し出す。 何度も綺麗だと俺の事を褒めてはくれるが、夕のその顔だって周りを惹き付けるには充分な魅力が沢山詰まっている。 「なに?」と俺の思考の変化に気付いたのか、問い掛けられた言葉でふと我に返れば、何でもない、とそう一言返す。 まあ⋯たまには良いだろう。 夕の首に片腕を回して後頭部を掴む事でそのまま俺の元まで引き寄せて、近付くその唇に噛み付く様に口付ける。 何度も角度を変えて柔らかな唇の感触を堪能した後、覗く犬歯に軽く舌を這わせると舌先を擽るその感覚に瞳を細めながら、夕の首に絡めていた腕を離し口許に緩い笑みを浮かべて。 「これで、満足か?」 「………っ、もし俺が、満足出来ないって言ったらどうするの?」 「別にどうもしないけど。あぁそうですか、ってそれで終わり」 「はぁあ?何それ、ずるぅ」 ぶつくさと聞こえる不満に耳を傾ける事無く夕の身体を押し返して身体を起こせば、そのまま欠伸を漏らしながらリビングまで歩みを進めて。

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