38 / 73
ふたつの雪だるま 4
その後も、「あの人だってアキの事見てる」「絶対狙ってるよ」と視野を広げて周りの状況を伝えてくるその言葉に関しては、マジでどうでも良いい。
夕の話を聞く気にもならなければドアに凭れながら腕を組み、外の景色に視線を向けて。
「⋯⋯ねえアキ!聞いてる〜??だからさ、アキはもう少し危機感を持って周りを見てないと、危ないよって話をしてるんだけど!」
「別にどうだって良いだろ、んな事は」
「もお〜!!俺がこんなにも必死にアキの事守ろうとしてるのに⋯⋯。さっきだってさ、俺がアキの事見つけてあげなかったらどうなってたか知らないよ?」
明らかに呆れた表情を浮かべながら、ダラダラと俺に説教を続けるその言葉を素直に聞いてやろうだなんて思うヤツが居ると思うのか。
しかも、「見つけてあげた」だなんてあくまでも俺が離れた前提として話が進んでいる。
⋯何なんだコイツは。
⋯⋯とは言っても、「良いから黙ってろ」と本心のままに言葉を伝えてしまえば更に夕の機嫌を損ねてしまう原因だと十分に理解はしている。
その方が正直面倒⋯だという理由で敢えて黙っては居るが、素直に認めてしまうのも癪だった。
そもそも全面的に俺が悪い訳でもねえしな。
⋯⋯さて、どうするべきか。
暫く思考を働かせた末に、逆に俺から視線を離していた事に対して詰めてやればどんな反応を見せるのか、そもそも俺だけが悪い事では無いと言う事を伝える為に窓の外に逸らしていた視線を夕に戻して、その顔を覗き込みながら言葉を繋げていく。
「⋯⋯じゃあさ、お前がそうやって他のとこばっか見てる間に俺が居なくなったとしたら、それは俺の事を見てなかったお前の責任って事になるよな。」
「⋯⋯でも、俺だけじゃなくてアキも気を付けなきゃいけないよね、って話してるだけ、で」
「俺の事を守ってくれるんじゃねえの?」
「⋯⋯それ、は⋯そうなんだけど。⋯⋯でもさぁ⋯」
「でも、何?」
俺の言葉一つ一つに驚いた表情を浮かべたり、何かを考えるように視線を彷徨わせたり。
考える機会を増やしてやる事で、その思考に気が取られて言葉数が減っていく事を知っている。
「俺だけあっちもこっちも、ってのは難しいと思うけどなぁ⋯⋯」
「⋯⋯俺よりも周りの奴を優先させたいって認識で良いのか?」
「違う!そう言う事じゃなくて⋯⋯!!」
「⋯⋯じゃあなんだよ。はっきりしろ」
きっとこいつの頭の中はこの短い間に、いつも以上にぐるぐると回転してんだろうな。
明らかに俺本意な事を告げたとしても、真剣に最適な答えを探してくれている様だった。
「⋯ただ、誰にもアキを取られたくなく、て⋯⋯狙うのはダメだよって教えなきゃいけない⋯から⋯⋯」
「⋯⋯俺が誰にでも着いて行く様な人間に見えてるのか?お前には」
「見えないよ。⋯⋯アキは俺のだし」
答えが噛み合ってないような、そんな気もするが⋯まあ良いだろう。俺達2人だけの場であれば更に詰めてやっても良いが、場所的にも派手な会話を続ける事は出来るだけ避ける事が無難だと思考を巡らせる。
「⋯⋯まあ、良いんじゃねえの。お前の好きにしたら」
「⋯⋯、⋯怒って⋯る⋯?」
「別にそんなんじゃねえよ。ただ、これだけは覚えてろ。⋯⋯俺は、周りの事なんてどうでも良い。お前の事以外は」
「⋯⋯俺、以外⋯」
「俺はお前の事しか見てねえけど、お前はどうなんだろうな。⋯⋯それでちゃんと俺の事を見てるって言えんの?」
案の定、俺の言葉に振り回されて困惑した表情を浮かべている夕に対して更に詰め寄る様に顔を近付けてしまえば、ジロリ、と冷えた視線を送る。
「⋯⋯ごめん。」
「分かったんなら、それで良い。周りの事ばっかじゃなくて⋯⋯俺の事だけ見てろ。」
あくまでも言い聞かせる様に告げた俺の言葉はしっかりと届いたのか、夕の瞳が驚いた様に見開かれ、やがて観念したようにこくりと頷く。
コイツがフラフラしてんのも面白くねえしな。
──いつでも俺に夢中で、その視線の先に居るのは俺だけで十分だ。
自我の強い主張だと言う事には気付いているが、自由を与える事よりも行動を制御してしまう方が俺にとっても、コイツにとっても都合が良い事だと知っている。
流されやすく考える事も苦手となれば、縛り付けるくらいが丁度良いのだろう。
これは駆け引きではなく、あくまでも強制的なモノでしかないが。
やがて、目的地を知らせる車内のアナウンスに気付けば摘んでいた夕の鼻を解放してやり、凭れていたドアから身体を離せば目的地に着いた事でそのドアが開いた事を確認すると外に出る。
しっかりと俺の後を着いてきている夕の姿を視界の端で確認しては、ホームを抜けて改札口に向かうとやがて見慣れた景色が目の前に広がって。
「久しぶりだねぇ、ここに来るの」
「そうだな。⋯⋯いつ来ても人の数は変わんねえけど」
外気で冷えた手をコートのポケットに突っ込みながら、周囲を見渡してみる。
子連れやカップル、友達同士で談笑しながら歩いてる人々に視線を向けながら改めて人気スポットだと悟る。
だが、一瞬目の前から視線を離したその瞬間、その人の多さ故に傍を通り過ぎた人と肩同士が衝突してしまいバランスを崩してしまう。
「⋯っ⋯⋯!」
「わ、っアキ⋯!!あぶ、な⋯⋯!」
その場に転倒してしまいそうな程の勢いではあったが、咄嗟に俺の事を背後から支えてくれた夕の判断で何とか事なきを得る事が出来、安堵の息を吐き出す。
「⋯⋯悪いな。」
「全然大丈夫。ちゃんとアキの事見てたから」
─俺の事を見てた。
早速伝えたばかりのその言葉が返って来た事に、何だかむず痒くなってしまう。
確かに俺が俺自身の意思で伝えた言葉ではあったが、こうも直接的に伝えられてしまえば反応に迷ってしまい、結局頷くだけで返事を済ませてしまう。
先に歩き出した俺の事を追い掛ける様に隣に並ぶ夕の「照れてる?」との言葉にも無反応を貫けば、目的のゲーセンに向けてズンズン、と気持ち早足で前を進んでいく。
ともだちにシェアしよう!

