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ふたつの雪だるま 4
朝食を終えお互い身支度を済ませた後、玄関まで向かう途中の廊下でそう言えば、と思い出したかの様に声を上げる。俺の部屋に戻ってる間、先に下で待ってて欲しい。そう告げて。
一緒に行こうか?なんて問われる言葉に、部屋に上げてしまえば荷物の大移動が勝手に始まってしまうだろうと夕の行動が安易に想像出来てしまう。
大丈夫、と何気無しに断ればその場で一度別れを告げて足早に一つ上の階の自室のフロアまで移動し。
どの位部屋を空けていたのだろうか。見慣れた筈の光景でさえ懐かしさを覚えてしまう程に夕の部屋に入り浸っていたんだな、なんて物思いに耽ながらも急がなければいけない状況に変わりはなく。
取り敢えず目的のモノだけでも、と寝室まで直進しクローゼットの中からコートを取り出せば、幾つかベッドの上に広げて一応全身の確認を。
シャツの上に白いニット。薄いベージュ色のパンツに黒のコートを合わせて落ち着けば、これで良いだろう。と冬空の下で待つ夕をなるべく待たせない為にも妥協と言う形で組み合わせを終え。
ついでに、と腕時計を手首に嵌めながら最後にボディバッグを肩から斜めに掛け、支度を終えると部屋から出て夕の元に向かい。
廊下を進む間、いつの間にか白く染められていた周りの景色に瞳細めながら、少しでも肌に触れる冷気の面積を減らすべくコートのポケットに両手を突っ込み。階段を一気に駆け降りて一階のエントランスまで辿り着けば、周囲を見渡し目的の姿を探して。
その先を少し抜けて開けた通路でしゃがみ込み、夢中で何かをしているのらしい夕の後ろ姿。一体何を、と抱いた疑問と共に近付きその隣にしゃがみ込んで。
待たせた事を詫びながら、手元を覗き込んでみれば夕の両手から溢れる白い塊。フワフワとした見た目からその感触を確かめるべく、腕を伸ばして地面に広がる雪を指先で触れてみて。
「わりぃ、待たせた。……って、寒くねえの?そんな所に居て」
「ん〜?あっ、アキ!みてほら、ちっこい雪だるま」
「まだチビ助だなぁ〜ソイツは。後で大人の雪だるまも作ってやらないとな」
「お母さん雪だるまね!そったらもうちょい大きめチャレンジだなぁ〜」
ギュッギュッ、と雪の塊を握り締めながら作り上げられる形の小さな丸い雪の玉。足元に置かれていたもう一つの塊を手に取り、その二つを合体させ得意気に微笑む夕の笑顔につられて口許を緩めながら、「今日から新しい門番です」とエントランスの門にその雪だるまをそっと乗せている姿を見守り。
ついでに、と枯葉や木の枝で装飾を施され段々形として完成していく光景に、帰り際にでも親子の雪だるまにしてやろうだなんて計画を口にしながらそろそろ向かう事を提案し。
「じゃあ、ボチボチ向かいますか。結構楽しみでさ、早く行きたくて落ち着かないみたいだわ、俺」
「そうなんだぁ?ふふっ、誘って良かった。それに、何だかデートみたいでドキドキしちゃうね?」
「初デートでゲーセン?良いじゃん、俺ら共通の趣味だし」
「ええ?ちゃんとしたデートなら場所を選ぶけど、俺なら。オシャレな場所とかさ。アキ、もしかして結構ウブなの?」
雪に触れた手を軽く払いながら隣に並んだ夕の手が、温もりを求める様にさっと片側のコートのポケットの中に突っ込まれてしまえば触れ合う互いの身体の距離を感じながら、その告げられた言葉が気に入らないとコートの中の夕の手を引き抜いてしまおうか。なんて手を差し込むも、絶対にポケットから出さない。離れない。と言わんばかりに力を込められてしまえば早々に諦めるしかなく。
そのまま夕を引き連れて歩く形で通い慣れた駅前に到着し、電車に乗り込めば案外人の多い車内にお互いの身体を寄せて隣の人との感覚を保ち。
「結構人いっぱいだねぇ。……あのさ、俺向こう側に行きたい。ここはイヤ」
「此処でも別に、っ……んでわざわざ…危なかったぞ今」
多少歩行できるスペースが有るとは言えど、先に進むには人の隙間を通らないといけない状況が広がっている。いつの間にかポケットから引き抜かれた夕の腕に引かれるがまま、無理に人の間を突き進みながら奥のスペースへ。
ドアが閉まり、走行が始まる車内の中で揺れる視界。ふらつく足元に気を付けつつ、結局端の方で落ち着き押し込まれる形で壁を背にしては、目の前に立つ夕に不満を込めた視線を向けてその心中を探り。
「…で、此処まで来た理由は何」
「なんかねえ、アキの事を見る目が多過ぎるなぁって思って。みーんな、こっち向いてたよ。この顔ばっか見てた」
「ばーか、お前の事だって見てる奴等は多いの。周り見てる余裕あんなら俺の事でも見てろ」
駅に着いた時から周囲の視線を感じていた事は事実で。その先が自分へ向いてるものもあれば、隣に向けられている事も。
今更気にする事も無いと視界から外して居たのだが、どうしても見逃せないと細められた夕の瞳の奥に見つけた嫉妬の塊。
そっと頬に触れる指先に気付くが、顔を逸らしてその手を振り払う事で不満気に膨らむ夕の頬。その頬をギュッ、と摘みながら鋭い視線を向けてお互い状況は変わりないのだと、言い聞かせる様に、分かったか?そう言葉を続け。
口を閉ざして素直に頷く夕に免じて指先の力を緩め手を離し。そのまま腕を組んで背後の壁に身を委ねながら、窓の外へと視線を向けて。
「……アキの事もあの雪だるまみたいにさ、ちっちゃく出来たら俺のポケットの中に入れて隠せるのにねえ」
「そのまま潰されそうで怖いから却下で」
普段から何かと抜けた行動が多い夕の事、多数のおっちょこちょいで何度も危険の身に曝されてしまう事を安易に想像出来ては、キッパリと否定の言葉を告げて。
そう遠くも離れてない駅間の距離、目的の駅名を知らせるアナウンスに気付けば人の波を潜り抜けながら車内を抜け出し、改札口まで向かって。
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