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ふたつの雪だるま 5

目的のゲームセンターまで通い慣れた道を2人で並びながら進んでいく。やがて辿り着いた目的の店。その自動ドアをくぐれば騒々しい賑やかな音と共に、複数のゲーム機がいくつも並んでいる。 ⋯⋯何回来ても、この瞬間が毎回ワクワクするんだよな。 そして俺達にはルーティンが有り、向かう場所はいつも決まっている。引き寄せられる様に真っ直ぐにクレーンゲームコーナーまで近付けば、その品揃えを順番に確認していく。 「うわぁ〜!!あと少しだったのにぃ!」 「もうちょいさ、こっち側に寄ってくれたら落ちそうだったのにな」 「ほんとにそうなんだよねぇ。今のはちょっと計算ミスしちゃったかも」 順を追ってショーケースの中を確認して居たが、ふと目に付いたのはとあるゲームキャラのぬいぐるみ。動物モチーフの為にフワフワとして触り心地の良さそうな見た目をどうやら気に入ったのらしく、「これが欲しい」と早速小銭を投入し挑戦し始める夕の姿をぼんやりと眺める。 へらへら、と掴み所がない夕の数ある得意分野の内の一つがこれなのらしい。確かに、ここに来る度に夕の両手は自分で獲得したサプライズ品で埋まっている事を思い出す。 ああでもないこうでもない、と互いに意見を出し合いながら、縦横に動くクレーンの動きを必死に視線で追い掛けていく。 そうしている内に慣れた手付きであっと言う間に棒と棒の隙間にぬいぐるみが押し込まれていき、やがてゴロン、と景品口に転がっていった。 「やったあ〜!!ねね、やっぱり俺、結構上手いでしょ」 「ああ。どうやったら夕みたいに上手くなれるんだろうな、って考えてた」 「ふふ〜ん。そうそう、気になってきたでしょ。でもこれは⋯やっぱ、まあ⋯センス、ってやつかな」 喜びの声を上げながら、俺に褒められた事で更に機嫌良く、調子の良い言葉を続けている夕の言葉をハイハイ。と軽くあしらいながら、また次。と自由にショーケースを覗き込んでいく。 気になる商品を見つける度に小銭を追加していく夕の背を追い掛けていたが、視界の端でふと、ある一つの景品が映り込んできた。 あれ⋯って、まさか⋯ その存在に気付いた瞬間、俺の足は勝手に動いていた。「向こうの方に行ってくる!」と叫ぶ様に夕の背中に向けて声を掛け、返事を聞く前に急いでその場を離れる。 そして、たどり着いた先の景品をショーケース越しにマジマジと眺めてみる。 「コレ……マジか。こんな所にあったのか」 そのサプライズ情報が出る度に色んなゲーセンに立ち寄ってみたが、どうにもこうにも絶賛人気絶頂中なそれは既に売り切れていたり、そもそも取扱のない店舗だって多かった。 ⋯やっと見つけたわ。絶対⋯⋯持ち帰ってやる ずっと探し求めてきたそれはドラゴンタイプのフィギュアで、新作プライズ品として目の前のショーケースの向こう側に並べられている。今の俺にはそれがとても神々しく感じてしまう程に、めちゃくちゃ欲しかったヤツ。 ただ欠点としては⋯そんなに得意な方じゃないのだ。この、クレーンゲームって奴が。 どうしても分かり合えない。 夕の付き添いとしてゲームセンターに立ち寄る機会は普段から多い方だが、苦手、という理由であんまり触ってこなかった事が欠点にも繋がっている事は十分に理解している。だからこそ絶対に取ってやる、と強い覚悟を決める。 ま、無理なら夕に取ってもらえば良いし。 俺がいつまでも上手くならない理由は、分かりきった事だった。どんなに下手でも、夕が結局取ってくれるんだわ。こういう時だけは頼もしい奴なんだけどな。 ま、取り敢えず暫くは自力でやってみっか。取り出した財布の中から小銭を探し出し、早速ボタンに手を乗せて操作を始める。 「っ、うわ…また外れてんじゃん。な〜んでこうも上手くいかねえかな」 夕のプレイ姿を何度も見て来ている為、ある程度のコツや知識は脳内に叩き込まれてる、筈。その割には中々うまくいかない。 壊れてんじゃねえの?この機械自体が。そんなとこでボタン離した覚えが無いわ。 ぐちぐちと上手くいかない理由を機械のせいにしながらも、時々手を止めて背後に下がってみたり、横から覗いて見たりと角度を変えて全体の構図を確認しながら、慎重に進めていく。 焦りは禁物だと、そう自分に言い聞かせて少しずつ確実に景品口まで近付けていく。 「あ〜、もうちょい。惜しいな……もう少し後ろか?横の方?⋯だからそこじゃねえって言ってんだろ」 マジであと少し。その位置から少しズレてくれさえしたら落ちる筈が、絶妙な位置に景品を押し出してしまった事で中々上手く本体の爪が刺さってくれないのだ。 そして、そこからが沼の始まりだった。何度挑戦しても、見事に同じ所に戻ってしまう。 少し狙う位置を変えてみれば、再び定位置に戻ってしまう。かと言って違う場所を狙ってみれば、それは違うとばかりに微動だにしない箱に、ついボタンを押す手に力が入ってしまう。ぜんっぜん思い通りにいかねえわ。 「っあ〜!!そう!!そこだよそこ。⋯そのまま行ってくれ⋯頼む。⋯⋯っなんでだよ!!」 横から、上から、そして下から。全ての角度から念入りに毎回確認してボタンを操作する。⋯傍から見れば怪しい動きをしている自覚はある。が、恥を捨ててまで俺はコイツを迎え入れる必要があるのだ。何でかって⋯?⋯んなに金を投資してやってんのを、他の誰かも分からない奴に取られたくねえからに決まってんだろ。 もう半分意地とヤケクソで操作していく。上よし、下よし、横、良しっ⋯⋯!! 目の前の景品に夢中ですぐそこに居たのらしい人の気配にさえ気付けなかった。 繰り返し行ってきた確認作業を行う為にグッと身体をショーケースから離した途端、背中に鈍い衝撃が伝わった。それが無機物な機械との衝突ではなく、人の身体だと気付いた瞬間、目の前の景品に注がれていた集中力がパッと消え去っていく。 慌てて背後の人物を振り返り、そして謝罪の言葉を並べる。 「っあ、す、すいません」 「っと、いや平気。俺も前しか見てなかったし」 大丈夫。そう答えてくれた事に安心する。改めて顔を上げて相手の顔を確認してみれば、その派手な格好にポカン、と口が開いてしまう。 視界に広がるシルバーアッシュの頭髪。全体的に短めで、器用にワックスで軽く掻き上げられた状態でセットされた前髪。鋭い短めの眉や強めの双眸、バチバチに開いたピアスの数々が耳許にはキラリと光り、更には高身長が更に圧迫感を醸し出している。その見た目から浮かぶ言葉は、どこぞのチンピラかと。 だが、謝罪の言葉に応える様に緩く振られた首と共に、ニカッ、と笑みを浮かべた彼からは柔らかな雰囲気が生み出され、見た目とは異なる印象が正にギャップと言う奴で。 「あとさ、1つ良いか?そこの角、ずっと狙ってたみたいだけどそれじゃ難しいかもな」 「へ……?あ、そうなのか。…じゃあ⋯この辺、とか?」 「んとなぁ…もう少し真ん中の方。そこに合わせたらいけると思うけどなぁ〜。どうだろか」 今まで見られていたのか、ショーケースの中を覗き込んで丁寧に助言をしてくれる彼の言葉に慌てて我に帰れば、空いた口をそっと閉じる。 めちゃくちゃ間抜けな顔してた気がするわ。 「次はそっち」と彼に促されるままボタンを押し続ける事数回。今まで棒の間にハマって微動だにしていなかった箱が次の瞬間にはゴロン、と転がり待ちに待った景品口へ。 「あっ…!や、ば!!っマジで嬉しい」 「おぉ、やったじゃん!結構深くハマってたからこりゃ厳しいかなぁ〜って思ってたけど、取れて良かったな」 「ほんっっ、とに助かったわ!ありがとな。……えっ、と、なんかお礼出来るもんとか…⋯スマン。何も無かったわ⋯」 「いんや、俺が勝手に教えちゃってただけだし気にすんなって。口は出したけど確実に取れる保証も無かったし。っと……あ、待って。じゃあさ、お礼の代わりって言っちゃなんだけど、コレを引き取ってくれると助かるな〜とか」 ようやく手に入れたフィギュアの箱をしっかりと抱き締めながら助言のお礼にとポケットの中を慌てて探ってみるが、虚しくもチャリン、と指先に何度も部屋の鍵が当たるだけでそもそも礼として出せるほどの物がこのポケットの中に入ってる自覚なんてある筈も無く。 だが、そんな礼すらも要らない、と逆に提案された事に緩く首を傾げて何かと手元に視線を向けてみる。 は⋯?う、そだろ。マジで言ってる?この人 手元に提げられていた袋の中から取り出されたその品物を見た瞬間、驚きで思わず息が、止まった。 「コレ⋯同じシリーズの別種の、ヤツ⋯じゃん。しかも⋯もう売り切れた、って情報が出てたから諦めてたんだけど⋯⋯えっ、な、何なのこの人。マジよりのマジ??本気で言ってる?」 「マジマジ、大真面目。ちょっと試しに触ってみたら案外簡単だったからノリで2つ取っちゃったんだけどその後に売り切れ、って表示出されてるのを後から見つけちゃってさ。なんかずっと気まずかったんだよな」 「⋯⋯ほんっ、とに感謝するわ。サンキュー。⋯⋯なんて言うか、夢みたいだわ」 そのゲーム面白いよな、なんて続けて笑う姿につられて、俺も堪らず笑顔を向ける。作品まで知ってんのかよ。何処まで良い奴なんだか ほっこりと胸の内が温まるような、そんな感じがする。「向こうに袋あっから、それに入れてもらおうか?」と、何処までも優しさ全開な彼の言動にに何だか、心臓が痒くなる様な、そんな初めての感覚を覚える。 確かに両手が塞がったままじゃ不便な事が多いもんな。有難くその言葉に促されるま、ゆったりと一歩歩き出した、筈だった。 ドン!!と再び人にぶつかった様な、と言うかぶつけられた様な、そんな背中の衝突に堪えきれずに踏み出した1歩がガクン、と大きく揺れる。 「…っ、おい。急に止めろよ、危ねえだろ」 「何、してるの」 どうやら衝突の正体は夕だったのらしく、不機嫌さを隠しもしないまま俺の背後に張り付いて、目の前の彼を怪訝そうに見つめている。 「⋯色々教えて貰ってたんだよ。俺が下手すぎて。夕こそ、目的のもんは取れたのか?」 「あんなの簡単だからすぐイケたよ。⋯⋯で、何その人。アキの知り合いなの」

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