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ふたつの雪だるま 7

「⋯⋯重たい。」 「だから言ったろ。いくら腹が減ってるからって買いすぎなんじゃねえのって」 「だってもう止まんなかったんだもん。あれもこれも、ぜんぶ美味しそうだったから」 夕の欲望のままに買い物を任せた俺の選択肢が間違ってたのか、次から次へとカゴに入れられてく食い物の数々。自分の食べたいものからお節介にも俺のものまで。 『もう良いから』と一度は止めたが、空腹からの不機嫌が相まって絶対に嫌だと聞いてくれない夕の態度に折れて好きにさせた結果、2人分とは到底思えない量の荷物が目の前には存在していた。 レジを通してもらい、袋を受け取ろうと腕を伸ばすが、俺より先に荷物を奪う様にそれを手にした夕がもう片方の手で俺の腕を掴んで急かすように引きながら、先を歩き出す。 その荷物の重さに愚痴を漏らす夕に仕方の無い結果だと伝えながら、やがて目の前に見えてきた寮の全貌に視線を移す。 ゆったりと道を進んでいたのも束の間、空腹でヘロヘロだと言ってた筈の夕が突然俺の腕を引いて走り出してしまう。 「っ、な⋯⋯⋯?!!」 「あ〜〜っ!!やっぱり!!」 突然の出来事に俺の足元はふらつき、着いてくのに必死になってしまう。 やがて、また、急に立ち止まった夕の背中にぶつかってしまわないように足を止めるがそれが間に合わず、不本意にもその背中に抱き着いてしまう形になりながらも、一体なんだと背後から視線を覗かせて夕の視線が指し示す方に顔を向けてみる。 門の上に飾ってた雪だるまは確かに数が増えているよう、な。⋯⋯どうでも良くて正直何も覚えてねえけど。 「ねえ見てよ!!俺達の雪だるまに兄弟が出来てる!!!」 「それも朝俺達が作ったやつじゃねえの?」 「⋯⋯はぁ〜あ。アキってさ、ほんとに俺の事以外興味無いでしょ」 「⋯⋯⋯別にそんな事ねえけど」 ───『俺の事以外』 そう表現されてしまえば、不本意にも俺の心臓の鼓動は分かりやすく跳ね上がってしまう。 俺の全てを見透かす様に、その瞳が俺の視界を埋めつくしてしまえば俺の中の意図全てを悟られてしまわないように思わず目を逸らしてしまう。 じとり、と絡み付くような視線が降り注ぐ中、場を誤魔化す様に「誰が作ったんだろうな」なんて伝えてみれば、夕の思考が俺から目の前の雪だるまに分かりやすく変わってしまった事に気付き、安堵の息を吐き出す。 「たしかに。⋯⋯しかもなんか、目とか鼻まで付いてるし。この人器用すぎない?」 「そんだけ暇だったって事じゃねえの」 「な〜んかそれってさあ、俺の事までバカにしてない?」 「別に悪い様には言ってねえだろ」 あきらかに頬を膨らませながら納得がいかないと不貞腐れる夕の相手をする程の気力は、今の俺には無かった。 俺だって腹が減ってる状態で、そしてこの気温。 赤く染まる夕の頬や、その唇から完全に失われてしまっている血色を目の前にしてしまえばこれ以上話を長引かせんのも不相応だと判断し、強引に話を切り上げて先にエントランスまで向かう事にする。 後から着いてくる夕の姿を横目に確認しながら階段を上がって目的の階まで足早に向かえば、やがて辿り着いた部屋の中に入り、その暖かさに息を漏らして。 「⋯⋯、⋯生き返るわ」 「ほんとに今日寒かったねえ」 リビングまで辿り着けば早速、夕が袋の中から出してくれる食材の片付けを手伝う事にする。 が、その途中で違和感を感じてしまう。 大半はまあコイツが勝手に選んでた訳だが、何故だか俺の分だと認識出来る食料の多さに思わずその手が止まってしまう。 「お前、が食いそうなやつ⋯⋯じゃねえもんな。これ」 「ん〜?そうだよ。アキの好きな物ばっかでしょ、それも、これも。」 俺の分だと分けてくれるその量が明らかに夕の分だと認識出来る物よりも大半を占めていれば、ふと、過去の出来事と今が重なってデジャブの様に俺の脳裏に記憶が蘇ってくる。 確か、コイツが風邪を引いて勝手に外出したあの日の買い物も、俺の好物ばかりで埋め尽くされていたっけか。 懐かしい記憶に瞳を細めながら、何だかんだ俺の事を優先的に考えてくれてるその無意識の優しさに気付いてしまえば思わず頬が緩みかけてしまうが、何とか口許を引き締めて無表情を保つ事でしか、誤魔化す術が見当たらなかった。 「⋯⋯変な顔してないで手伝ってよ。それ、チンして一緒に食べよ〜ってば」 「⋯っるせえな。分かってるから、そこに置いてろ」 「うっわ!何その反抗期みたいなやつ。アキにもちゃんとあるんだ、そう言うの」 うまく隠してたつもりではあったが、夕の前では無効だったのらしい。普段から些細な変化に気付かれてしまう程の目敏さもここまで来てしまえば正直ダルいというか、本音的には⋯⋯、普通に恥ずいというか。 誤魔化すようにぶっきらぼうに伝えたその言葉でさえも茶化しの要因になってしまえば必然的に言葉数を減らす事しか出来ず、今日の晩御飯だとテーブルに並べられてく弁当や惣菜を雑に手に取りながら電子レンジに突っ込めば、手持ち無沙汰にその中で回っている弁当をじっと見つめて。 「⋯⋯ねえアキ。ご飯食べたらさ、この間の話の続きでもしてみない?」 「何の事だよ。⋯マジで思い当たりがねえんだけど」 不意に俺と向かい合う位置に居た筈の夕が、俺の横まで移動していて顔を覗き込む様に身体を寄せてくる。 また馬鹿にでもされんのか、と身構えながら不機嫌を隠さずに問い掛けるが、そう言う意図では無かったのらしい。 夕と向かい合う様に腕が引かれて、そのまま俺の腰に回された腕で互いの距離を引き寄せる様に抱き寄せられてしまう。俺の顎を掴んで互いの瞳が合わさった途端、夕から溢れ出すその雰囲気から言葉の意図を全て理解する。 ──まあ、そろそろそう言う頃合いなんだろうな。 別にコイツとの性行為が嫌とかそう言う訳では一切無く、誘われるタイミングがいつも悪い為、『時と場合を選べ』と、その度に言い聞かせては居たが、ようやくそのタイミングを掴んでくれたのらしい。 「⋯⋯そう言う事かよ。別に良いけど、飯食って風呂も入った後で良いだろ」 「⋯⋯っ、ほんと?!?⋯えっ⋯やだ、うれし⋯⋯っ、アキ!ほんとに?!後で気が変わった!とかぜっっったいにナシだよ?!」 「分かってるから。お前の方こそまた考えも無しに中途半端に手出してきたら、その時こそナシだからな。ちゃんと覚えてろよ」 「分かった!!ちゃんと、ご飯も食べて、お風呂も入って、準備オッケー!ってなったら、⋯⋯ベッドに、行こっか」 提案した張本人が恥ずかしがってどうすんだか。 頬を赤く染めながら改めて誘いの言葉を呟く夕の身体を押し返して、夕飯準備の続きに意識を向ける。 丁度音を立てて温めを終了した弁当箱の存在に気付けば、次の物を中に入れて同じ手順でスイッチを押していく。 その間も、色々と真剣な表情でブツブツと呪文のような言葉を繰り返している夕の姿を横目で捉えながら、夕飯の支度をさっさと済ませていく。

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