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ふたつの雪だるま 8
──上の空とはこう言う事か。
あんなにもお腹が空いたと不機嫌に駄々をこねていた張本人が、今は何事も無かったかのようにぼけーっとマヌケ面を晒しながら飯を食う手を何度も止めている。
多分今後の展開を考える事に精一杯なのだろうが、コイツが全部食べると言い張って多めに用意した惣菜やらなんやらがこのままでは冷めてしまう。
俺一人で食ってやっても良いが、如何せん量が多すぎて無理だ。
ただこの後ヤる、って決まっただけでこの有様か?
⋯⋯本当に欲に忠実な奴だよな。
「おい、さっさと食えって言ってんだろ」
「っ!!た、べてるよ。食べてる。アキだって⋯⋯ほら、コレあげるから」
「⋯⋯お前そう言うとこだけはしっかりしてるよな」
俺が声をかける度に意識を取り戻して食べる事に集中してるが、またきっとその意識はどこか遠い場所まで飛んでいってしまうのだろう。
夕が今日の夕飯だと選んでいたナポリタンの中に入ってたピーマンが、ここぞとばかりに俺の弁当の中に放り込まれていく。
これもいつもの事だが何だかんだ頭の中はヤる事でいっぱいでも、嫌いなもんの区別はちゃんと出来てんのがコイツらしいと言うか、なんというか。
ある程度弁当の中に放り込まれた所で残りは自分で食えと俺の弁当を夕から遠ざけてしまえば、不貞腐れた表情を浮かべながらも残りのナポリタンが一気に夕の口の中に押し込まれていく。
ちゃんと腹は減ってんだろうな。
お互いに全てを完食し終えた後、テーブルの上を片付けてくれるらしい夕に後片付けを任せて冷蔵庫の中を覗き込む。
しっかりと俺の分までデザートを選んでくれたのらしいそのラインナップに目を通してみれば、相変わらず俺の好きなもんばっかで埋め尽くされている。
俺の好みをしっかりと覚えていて、自分の事よりも俺の事を優先してくれてるその丁寧な心遣いがふとした瞬間に伝わってくる暖かさに気付いてしまったその瞬間、俺の頬は不甲斐なく緩んでしまう。
「⋯⋯お風呂は?デザート後にしようよ」
「別に今じゃなくても良いだろ。お前は何食うの?」
「ね〜え、後にしようってば。」
テーブルの片付けを終えたのらしい夕がやって来て、ソワソワと落ち着きなく俺を急かす様に隣に並び、顔を覗き込んでくる。
「⋯んなどうでも良い事を後にしろよ」
「⋯⋯なんでそんな事言うの?」
夕に視線を向ける事もせず冷蔵庫の中をじっと見つめながら適当に言葉を返しながらデザートの選別をして居れば、さっきまでああだこうだ騒いでた夕の気配が消え、急に静まり返る室内の異変に気付く。
⋯⋯俺今なんて言ったっけか。
「⋯⋯俺ずっっと我慢して、ずっと⋯⋯アキのこと待ってて、やっと、しても良いよ。って言われたからすっごい色んなこと考えて、アキの事ずっと考えてたのに⋯⋯すっごい大切な事なのに⋯⋯どうでもいい事、って言われた。」
確かにそんな事を言ってしまった、様な気もするが。
完全に目の前のデザートに意識が向けられていた事で俺自身の言葉の制御が出来なかったというか、思考が回ってなかったって表現が正解なのだろうが。
ぐすん、とベソをかいた表情で俯いてしまった夕を目の前にしてしまえば、奥底から湧き上がってきてしまう罪悪感で俺の心の中が浸されてしまう。
夕の元々の幼さも相まって更にその表情が悲しみで歪んでしまえば幼い子供を泣かせてしまった背徳感の様な、なんというか。
⋯⋯俺が悪いのか。
こうなってしまえば今更デザートがどうのこうの、そんな雰囲気に戻れる筈もなく静かに冷蔵庫のドアを閉めて夕に向き直れば、「分かったから」と風呂に向かう事を告げて。
「風呂に行けば良いんだろ」
「⋯違う。ちゃんと、ごめんなさいってして。俺にどうでも良いって言った事謝って」
「⋯⋯、⋯悪かった。」
「ごめんなさいは?」
「⋯ゴメンナサイ。」
「いいよ、許してあげる。もうそんな悲しい事を俺に言わないでね」
不本意ではあるが素直に言葉にしなければ更にこの場が拗れてしまう事は過去に経験済みで。
素直に謝る事に越した事は無ければ、俺の言葉を聞いて満足気な夕に腕を引かれるがまま風呂場まで向かう。
「⋯⋯お前と入んなきゃいけない訳?」
「⋯それ、いいの?俺に対してのチクチク言葉じゃない?」
「何で一緒に入んのか、って聞いてるだけだろ」
「またそうやってさ⋯⋯俺とヤりたくないならちゃんと言ってよ」
「⋯⋯、⋯んな事別に言ってねえだろ」
やっと収まった筈の夕のスイッチが、再び入ってしまった。「俺だけがアキのこと好きなんだ」「アキは別にどうでもいいんでしょ?」「俺だけいっつもアキのこと考えててさ」
と、止まらない小言が始まってしまう。
⋯⋯今度はなんだ、欲求不満で不機嫌ってヤツか?
再びあの表情でムスッと立ち尽くされてしまえば、俺に残された選択肢は素直にコイツと風呂に入る事以外残されてる訳が無かった。
「勝手にしろ」と言い残し、さっさと服を脱いで先に風呂場に入ってしまえばシャワーを手に取り、その湯加減の調整をして。
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