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ふたつの雪だるま 9
俺の後から風呂に入ってきた夕に急かされるまま、頭から身体までさっさと洗い終えてしまう。湯船に入る事は勿論論外らしく、「無理」とキッパリ断られてしまった。
どんだけ生き急いでんだよコイツは。
腕を引かれるがまま再び強引に脱衣所まで引きずり出されてしまえば、俺の身体までせっせと拭こうとする夕の手の中からタオルを無理矢理奪い取り、そろそろ我慢の限界だと歯止めの効かない夕の行動に対して一度制止の言葉を告げる。
「⋯⋯んなに急がなくても逃げねえって言ってんだろ。いい加減にしろ」
「⋯っだって!!またすぐに気持ちが変わりそうなんだもん。⋯⋯さっきだってデザートを先に食わせろ、って」
「それが食いたいからお前とは無理。なんて言ったか?」
「言ってない⋯⋯けど!!」
そもそも余裕が無いのか、やけに焦った表情で首を振る夕に思わず溜め息が溢れ出す。
どんだけ信用がねえんだか。
奪い取ったタオルでさっさと全身を拭いて服を着てしまえば、そのまま脱衣場から出てしまおうと歩き出した俺の腕を再び夕に掴まれて引き戻されてしまう。
「髪、ちゃんと乾かしなよっていつも言ってるじゃん」
「⋯⋯分かってるから」
こう言うとこだけはしっかりしてんだよな。
面倒くせえと普段からサボってしまう行程をコイツはしっかりと覚えていて、いつの間にか着替え終えた夕の手にはドライヤーが握り締められて俺の代わりに乾かしてくれるらしい。
素直に身を任せて居れば、やがて完全に乾き切った所で先に寝室で待っている様に。と念を押される様に告げられる言葉を適当にあしらいながら、途中のリビングで携帯を拾いそのまま寝室まで向かってやって。
辿り着いた先の寝室でベッドにドサッと横たわれば、携帯画面を開いて適当に溜まっていた連絡内容に目を通し、すぐにそのメッセージアプリを閉じてしまう。
そして、すぐに日課となっているアプリゲーを開いてポチポチと進めて居ればふとした瞬間に聞こえてくる夕の足音。
続けてベッドのスプリングが軋む音に、やがて俺の元までやって来た夕の腕が俺の携帯を狙い伸ばされている事に気付けば、その手をさっと払い除けて夕の顔に視線を向ける。
「⋯⋯勝手に取んなっていつも言ってんだろ」
「だって⋯ゲームばっかで俺の事全然見てくんないから」
「お前が急に止めっから進むもんも進まねえんだろ」
ことある事に俺の携帯を奪い取って、自分の事を見ろとアピールしてくる夕のその行動がゲームの進行度に関わっている事を知らせる。
俺が携帯に触れる度に目を光らせ、そして重要なシーンで取り上げられてしまう為いつまで経っても進まないのだ。
1度は避けた夕の腕が再び俺の手元を狙い伸ばされてしまえば、その画面が消される前にささっと操作を済ませて互いの手から離れた場所に放り投げてしまう。
「⋯⋯なんで見せてくんないの」
「別にいつものヤツやってただけだろ」
「そう言って俺の知らないとこで誰かと連絡してたりしたらどうするの。⋯⋯アキがいつも何をしてるのか、ちゃんと俺に確認させてって言ってるじゃん」
わざと俺のゲームの進行度を邪魔してるのかとでも思って居たのだが、要は俺がゲームだと嘘をついて誰かと連絡を取り合っていないかどうかの確認をしたいだけなのらしい。
まだそんな事をしていたのか。
放り投げた筈の俺の携帯をわざわざ追い掛けて手に取り、ロック画面を慣れた手付きで解いて内容のチェックを始めている夕に静かに視線を向ける。
そのロック機能でさえもコイツの前では無意味、と。
そもそもロックの解除方法を教えろとしつこく迫られた結果その根気に負けて知らせてやった過去が有れば、俺の携帯がこいつの私物の様に扱われるのもそりゃそうだろうと過去の自分を一瞬だけ悔やんでしまう。
見られてマズイもんがある訳では無いが、それでも自由が奪われんのは面倒くせえ。
「⋯⋯もう良いか」
「未読件数が減ってるんだけど。誰の連絡見たの?」
「はあ⋯⋯?知らねえよんなの。一々覚えてる訳ねえだろ」
メッセージアプリの通知数でさえ、しっかり記憶されてたのらしい。どんな記憶力してんだよ。
確かに開きはしたが、返事を返す訳でも無くすぐに閉じてしまったその過程を一々覚えてる筈が無い。
俺の言葉に対して明らかな不信感を抱いた視線を向けられたとて、覚えてないもんは仕方無い。
俺の反応を見てやがて諦めたのか盛大なため息と共に俺の携帯を手放し、やがて俺の上に覆い被さる様に身を寄せる夕に視線を向ける。
「俺以外と仲良くしちゃ駄目だよ」
「何もしてねえだろ」
「⋯⋯ほんとかなあ」
段々と近付いてくる夕の顔。何かを探るように俺の頬に触れた指先がやがて唇に触れ、なぞる様に指先が這わされていく。
「結局さ、今日はどっちが入れる側やるとか決めてなかったね。」
「⋯⋯お前の中ではもう決まってんだろ?」
「⋯まあね。⋯⋯良いの?それでも」
「別に俺はどっちでも。お前がその気ならそれで良い」
どっちが上とか下とか正直どうでも良い。
ヤる事に代わりはねえし、そもそも気持ち良ければなんだって良いだろうが。
ただし、コイツの雰囲気的に俺が一度入れられる側に回ってしまえば今後もそれが当たり前だと認識されてしまい、行為自体が定着化してしまう事だけは避けたかった。
俺が上側に回り、コイツに入れる事も可能性として理解していて欲しい。
その為に告げた提案ではあったが。
初めてだからこそしっかりとした決め事は互いの間で擦り合わせる必要性が有り、夕のスイッチが完全に入ってしまう見えに改めて認識させるべく、腕を伸ばして夕の顎を掴めば言い聞かせる様に言葉を告げて。
「今日は、お前が俺に入れる側で良い。⋯⋯この言葉の意味をちゃんと理解しろよ」
「⋯⋯分かってるよ。俺だけなんて考えてないから」
俺の言葉を聞いたその一瞬、夕の視線が泳いだ事を見逃さなかった。その後の言葉も誤魔化しのものだと瞬時に悟れば、瞳を細めて夕の顎を掴む手に力を入れていく。
「おい。本当に分かってんだろうな」
「だいじょ、ぶだって⋯⋯!俺が下でも、それはそれでちゃんと⋯受け止める、から」
「⋯⋯じゃあ、やっぱお前が今日は下になれよ。それでも良いんだろ?」
「っ⋯⋯!!ねえお願いあきっ⋯!!ちゃんと約束守るから、っ⋯!」
俺の言葉一つ一つで表情がコロコロと変わり、今にも泣き出しそうな顔で懇願する目の前の顔を見てれば、これ以上責め立てる気も無くなってしまう。
まあ⋯伝えた言葉もただの脅しで、冗談ではあったが。
こいつには危機感を持たせてやる位が丁度良い。
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