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※ ふたつの雪だるま 10
初めは触れるだけの軽いキスから。
何度も啄まれる様に唇を合わせ、やがて口内へと割り込む様に差し込まれる舌先。その舌がまだ口内に溶けきらず残っているチョコを見つけ出すのはあっという間で。
突然の甘味に目の前の顔が驚いた表情を浮かべるが、すぐにその正体を理解した様で、舌先で掬い上げられる感覚に気付く。
だが、少しでも空腹を満たす為に口にしていたそれを奪われてしまうのは話が違う。
咄嗟に片腕を夕の後頭部に回して肘を付きながら軽く上体を起こせば、遠慮なくその唇に歯を立ててガリッ、と音を立てると共に口内に広がるがる甘味と僅かな鉄の味。
夕の口内に移動してしまう前に舌先でチョコを奪い取れば、互いの距離を離してそのまま噛み砕く事でその全てを溶かし、口内からその存在を消して。
「っ、いっだぁ…!ちょっ、とアキぃ…なんで噛むのぉ…」
「人が食ってるもん勝手に奪う奴が悪いだろ?……良いじゃん、その血。似合ってる」
「何それ…そんな事言われてもワケ分かんないですぅ!」
「分からなくて良いよ、俺だけが知ってれば良い」
怪我をするな、そう普段は口うるさく静止の言葉を伝えているが、俺が付けた傷跡からプツリ、と滲み出す赤い液体。
夕の唇を染め上げ色付いていく姿は何とも心地が良い。独占欲にも似た感情が心の底で広がる感覚にぞくり、と背が震えて。
もう一度、唇に口付けながらその傷跡に舌を這わせて血を拭い取れば、傷を抉る様に歯を押し当てて噛み付く。
痛みに歪む目の前の表情や、痛みから逃れる様に離れる夕の顔を押さえ付ける様に両手でその顔を掴み、固定させてしまえば再び快感にも似た様な、ぞわりとした感覚が背筋を伝わりその心地良さを楽しむ様に、何度も角度を変えながら夕の唇を貪り。
一度互いの距離を離して今度は首筋へ。舌を這わせながら鎖骨辺りまで顔を降ろせば再度歯を立てて二つ目の傷跡をそこに作って。
「……っ、い゛!!ま、た…噛んだ、ぁ…」
「今度は加減したから、血出てねえだろ」
「う〜…もう、ほんとに痛いんだから…」
そっ、と痕を確認する様に鎖骨に触れる指先を視線で追いながら、夕の顔を掴んでいた両腕を解放し、同じ様にその傷跡を撫でて。
「今度は俺の番」その言葉と共に同じ様に首筋に埋まる夕の顔。
途端、鋭い夕の犬歯が皮膚を貫く感覚と共に全身を伝う激痛。思わず息を呑み、立場の違う痛みの感覚に止めろ、と夕の顔を掴み力を込めるが、絶対に離さないと両脇から伸ばされた腕が背中で交差し力強く抱き締められる形で固定されてしまう。
鎖骨から始まり、肩、首筋、と結局数箇所に渡り皮膚を吸われる感触と共に走る鋭く尖った刺激。歯先が凶器の様に押し付けられる度に身を構え、肌を突き抜かれた際に走る痛覚には何度繰り返されても慣れない、と唇を噛み締めて耐えるしかなく。
漸く気が済んだのか、満足気に顔を上げた夕の顔をガッ、と掴んで押し返しながらそっと自分の首筋へと指先を当ててその状態を確認し。
「っ…マジで…おまえ、さ……自分の歯の形位理解してろバカ。めちゃくちゃ尖ってて痛過ぎだってえの…意識飛んでくかと思ったわ」
「途中で楽しくなっちゃって…沢山噛んじゃった。…うわ、痛そ」
「痛いに決まってんだろ。……穴空いてんじゃねえの?」
「ほんとだぁ…血吸われた後みたいになってる。此処とか、他も。俺の歯、吸血鬼みたいだね」
犬歯部分だろう、特に痛む箇所を労る様に触れるその指先でさえ刺激の一部になってしまい辛い、と軽く夕の手を払えば俺から始めた事とは言えど、加減をしろと鋭く視線を向けて。
ごめんね?と緩く首を傾げながらそのまま胸元へと寄せられる頬。未だにジンジン、と疼く痛みに眉を寄せながらゆったりとした一時に身を任せる。
ふと、服の裾から滑り込む夕の手。相変わらず少し冷えた指先に身を竦めながら、自由に動き回るその手が腹部から脇腹、そして胸元を掠めていく。
夕の指先が一点を掠める度にドキドキと高鳴る鼓動。強ばる身体の力を抜く為に、ふ、と結んでいた唇から息を漏らせばふと目の前の夕と視線が絡み合う。
「緊張してる?何も怖くないから大丈夫、優しくするから。ね?」
「別に平気だから。それよりも、何で夕が俺の上に居るのかが気になるんだけど」
「え?何?俺と位置変わる?良いよ、その方がアキの身体沢山見れそうだし」
今更互いの体勢について、不満を漏らしてみれば特に拘りは無いと身体を起こした夕が今度は俺の下に。夕の腰辺りに跨る形で落ち着けば俺の顔をじっ、と見つめた後、満足気に微笑む目の前の姿。
多分考えてる事は違うと思うけど。
その内心通り、再度服の裾から忍び込む指先が今度は一直線に胸元まで宛てがわれ、手の平全体で転がす様に触れられては徐々に高まる身体の温度や、擽ったい様な、それとも他の、もう少し別の違う感情が込み上げて来る様な。
曖昧な刺激から意識を逃す様に、身を屈めると夕の唇に俺の唇を押し当てながら、気を抜けば漏れてしまいそうな吐息を誤魔化して。
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