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ふたつの雪だるま 終わり

夕自身が絶対に俺の上で寝て欲しい、と胸の上で窮屈に抱き締められるがまま布団に入った所までは、しっかりと覚えている。 瞳を閉じたその瞬間、そっから一度も目を覚ます事は無く気付けば朝まで爆睡してたのらしい。 ふと目を覚ました頃には窓の光が俺の顔に直接当たっていて、その光の眩しさから二度寝する気力が湧かなければゆったりと身体を起こしながら、俺の下でぐっすりと眠っている夕に視線を向ける。 ⋯いつも気持ち良さそうに寝るよな、こいつは。 しばらくぼんやりとその姿を見つめた後、起こさないようにそっとベッドから抜け出した所までは、順調だった。 「痛っ⋯⋯てえな。」 あまりにもガチガチな身体や下半身の筋肉痛も相まって、上手く歩く事が出来ない。 昨日の行為だけでこうも、ガタが来るもんなのか⋯。運動不足も程々にしねえとな。 とは言っても、改善策なんて無いに等しいが。 床からひんやりと伝わる冷気に身を震わせながら重い足取りでリビングまで向かえば、そのままソファーの上にドサッと横になりテレビのリモコンをテーブルの上から拾い上げる。 適当にチャンネルを付けると、朝の天気予報が流れていた。 しばらく雪が続きます、か。 ──そういやあの雪だるま⋯どうなってんだろうな。 ふと、昨日の出来事を思い出す。俺達が帰る頃に増えていたそれは、また俺達の知らない所で新しく数を増やしているのだろうか。 って、なんで俺の方が気になってんだよ。 「⋯⋯おはよぉ。」 「もう起きたのか。今日は早いな」 「なんかいつもより寒くて⋯⋯。⋯アキ、あったかあ⋯」 「お前が冷えすぎてんな」 寝室からゆらりと出てきた影がのそのそと俺の元までやって来て、そのままソファーの上に寝ている俺に抱き着く様にして乗っかってくる。 俺にしがみつく夕の手足がキンキンに冷えている事に気付けば、それが原因だろうと指摘する間にも夕の冷えが俺にまで伝わってしまう。 「⋯⋯あ、おい。また眠んなら寝室に戻れば良いだろ」 「だって寒いんだもん⋯⋯。この方が温かいし」 「⋯それなら何か温めて来てやるけど。飲みもんが良いか?」 「あ〜⋯普通にお腹すいてるかも」 俺の胸の上に頬を擦り寄せていた夕の瞳がやがて、とろん、と眠たげに閉じてく姿を目の前にしてしまえばそれだけは止めろと静止の声を掛けるが、全くもって響いてる様子が無い。 そもそも温もりの一切無いコイツの身体の方が気掛かりで仕方が無く、先に身体を温める事を優先してしまおうと委ねた言葉に対して空腹を知らされる。 ⋯⋯そう言えば俺も腹減ってんだったわ。 すっかり忘れていた空腹を思い出し、夕が身体を起こしたタイミングで俺も起き上がって重い身体を引きずりながら冷蔵庫の前まで移動し中を覗き込んで居ると、背後から抱き着く様に俺の腰に夕の腕が回された事に気付く。 そのまま一緒に冷蔵庫の中を覗き込みながら、どれが良いかと思考を悩ませて。 「何食いたいの?」 「ん〜、昨日色々買ったやつがあるでしょ?ソレで良い」 「⋯⋯夕飯みてえな飯になるけど」 「それでも良いよ。チンしてすぐ食べれるやつで」 要するに食材は何でも良いとその返事から汲み取れば、適当に選んだ冷蔵品を手に取って腕に抱えていたが、それを突然、背後から伸ばされた夕の腕に全て取られていく。 「身体痛いんでしょ。座っててよ、後は俺がやるから」 「⋯⋯助かるわ」 そんな事は一切言葉として伝えてなかった筈だが、すぐに俺の異変に気付いたのかさり気なく告げられた言葉に対して不覚にも胸が暖かくなるような、そんな不思議な感覚がじんわりと込み上げてくる。 それを誤魔化すように短めの感謝の言葉を並べては、言葉に甘える事に決めてソファーまで向かいゆったりと腰を下ろす。 「はい、ど〜ぞ。餃子モリモリチャーハンです。」 「どうも。⋯本当に山盛りなんだな」 「お腹すいてたから沢山作っちゃった⋯。よし、じゃあ⋯いただきまーす!」 俺の目の前にドンッ、と差し出されたソレに視線を向けてみれば、丼に盛られた炒飯と、その上に餃子が大胆に乗せられている。 立派な男飯、とでも言うのだろうか。 自分の分の丼を手に俺の隣までいそいそと移動して来た夕が腰を下ろしたタイミングで、俺も軽く手を合わせては丼を手に取り餃子から口内に押し込んで。 「ん、美味い。」 「やっぱ朝もちゃんと食べなきゃ元気出ないもんね。⋯⋯アキ、分かってる?」 「分かってるよ。ちゃんと飯を食え、って言いたいんだろ」 「良くできました。⋯⋯でもさぁ、アキって意外と大食いだよね。俺よりも食べてるじゃん」 「お前が要らないもんホイホイ乗せてくるからだろ?それで毎回腹いっぱいになって他の飯が食えなくなってんの。俺は」 「それはそうだけどさぁ⋯」 改めて指摘されるように告げられた言葉。 別に少食と言う訳でもなければ、夕の言う通り、ただ単に食う事をサボってるだけではある。 その分翌日にドカ食いをし、その後思いっきり寝て、んでまたサボる事を繰り返してるだけだが。 ⋯⋯夕の前では絶対に出来ねえけど。口うるさく止めろと言われるのが目に見えている。 そもそも、こいつもこいつで嫌いなヤツとか腹がいっぱいになったからと問答無用で俺に食いもんを押し付けてくる事も、どうかとは思うけどな。 明らかに不満気な表情を浮かべている夕に対して、ここはお互い様だろうと無謀な言い合いを軽くぶった斬って終わらせてしまう。 「⋯⋯アキ?もっと餃子欲しくない?」 「自分の分くらい自分で食えよ」 ⋯⋯ほらな。 ヤケに普段よりも豪快に盛られた朝飯だと思ってはいたが、案の定、途中で俺に残った飯を押し付けようとしている夕から丼を遠退けてささっと自分の分を完食してしまえば、先に「ご馳走様」と挨拶まで済ませてしまう。 が、シュン…といつの間にかシケた表情で丼を見つめている夕の姿を横目でチラリと確認してしまえば、⋯⋯仕方が無い。 「⋯、⋯⋯お願いします、じゃねえの?」 「⋯お願いします。」 こうやって毎回折れて夕の頼みを聞いてしまう俺も、悪いんだろうな。 夕から丼を受け取り、残りを一気に食い切ってしまえば後片付けもしてくれるのらしい夕に食器類を任せて、だいぶ膨らんでしまった自分の腹を擦りながら背後のソファーに身を寄せる。 ⋯⋯流石に苦しいわ。 「あっ!そう言えばさぁ、後で下まで一緒に行ってくれない?その間俺がアキの身体支えてあげるから」 「下まで……?何すんの?」 「昨日俺達が作った雪だるま見に行くの!また増えてるかもしれないしね」 どうやら夕も同じ事を考えていたのらしい。後片付けを終えてやって来たかと思えば、エントランスに飾っている雪だるまの様子が気になると。 「良いけど。⋯⋯にしても、誰が作ってんだろうな。アレ」 「作り主探してます〜って張り紙でもしてみる?案外俺達の知ってる人だったりして」 「んな大袈裟な。⋯⋯でもまあ、⋯怒られねえなら良いんじゃねえの」 そんな大々的に探さなくても、と一度は否定しかけるが、それで名乗り出る人が居るならそれはそれで面白いもんが見れそうだと静かに頷いて。 ──チラリ、とベランダの窓越しに外の景色に視線を向けてみる。 ふわりふわりと漂う雪がゆっくりと落ちて、それはどんどん地面に積み重なっていくのだろう。 「次はでっかいの作ってみようか!」なんて楽しそうにはしゃぐ夕の言葉に耳を傾けながら、再び、ぼんやりと2人で作った雪だるまの形を思い出す。 丁寧に作られた夕のモノと、面倒だからと歪な形で仕上げた俺のヤツ。 ──作った本人にそっくりだな。 意外と何でも器用にこなす夕と、不器用な俺の性格が雪だるまで分かりやすく表現されている事に今更気付いてしまう。 何か俺でもコイツに勝てるもんはねえのかとぐるぐる思考を悩ませていれば、ふと、俺の名が呼ばれた事に気付き顔を上げる。 早速待ちきれずに雪だるまを見に行くから、と準備を始めるのらしい。 ⋯⋯いっその事、コイツの雪だるまよりも丁寧に作り直してやろうかな。 そしたらもう不細工な雪だるまだって笑われずに済むか、と思考を巡らせてはみたものの、どうせ外に出てしまえばその寒さで諦めてしまうのがオチなんだろうな。 ──早速、夕に促されるまま支度を始める。 外に出た頃にはさっきまで考えていた事なんて想定通りぽっかりと抜け落ちていて、外の寒さにげんなりと肩を落としてしまう。 ─────── それぞれ形の違う、2つの雪だるま。 終わり。

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