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ふたつの雪だるま 終わり

「……だからさ、あの雪の部隊カッコよかったよねって。最近やったゲームの奴。俺もあの部隊作りたいんだよ、雪だるまで」 「…そんなにハマってんの?雪遊び」 「雪が好きなんだ、俺。冷たいけど、白くてサラサラってしてて綺麗でしょ?」 「まぁそうだけど。明日買い物の後に作ればいいんじゃねえの?今日作ったあの二つもまとめて軍隊にしちゃえば良いじゃん」 「うわぁ!アキやばすぎ!!あれは親子だって言ったでしょ?可哀想じゃん、そんな事したら!キチクの所業ってやつだ!」 今年初めて作った雪だるまだと、俺には分からない深い感情と愛着がいつのまにか込められていたのらしく、俺の言葉にギャーギャーと口煩く叫ぶ夕の言葉。 覚えたての言葉を使うかの様に、人の口から聞いた事も無い言葉で表現されてしまえば、うるせえと耳を塞ぎながら壁際を向くように体勢を変えて。 やっと引いてきた痛み、深夜を指し示す時計、一日の疲労感であっという間に眠気に襲われてしまった。 背を向けた事で不服だと、俺の身体に腕を回して背中越しに詰められる距離。肩口から顔を覗かれる頃には瞳を閉じて眠る体勢を作り出す。 このモードに入ってしまえば完全に相手にされなくなってしまう事を理解しているのか、やがて大人しく口を閉じて寄り添う様に落ち着いた気配を感じては、そのまま流れる様に意識を手放す。 今朝、運良く落とされる事が一度も無いまま心地よくベッドの上で目を覚ます。隣で眠っていた筈の夕の姿はそこにはなく、ドアの向こう側から聞こえてくる調理器具の音。 飯でも作ってんのか。 ゲームの新作日と同等な程に早めに目を覚まし、楽しみな日課として雪に触れる事を喜んでいるのらしい事を悟れば、身体を起こしてベッドから降りる。 予定だったが、あまりにも全身が痛すぎる。 軋む身体に昨日の行為を思い出せば、あの程度で筋肉痛か、とうんざり肩を落とす。 結局しばらくの間身体を横たえて過ごして居たが、パタパタとやって来た夕に急かされる形で身体を揺らされてしまえば、その痛みを愚痴として伝える。 「い゛っ、てえんだバカ。身体、動けねえの」 「…あ〜なるほどなるほど。アキの身体カチコチだもんねぇ…。ゴメンね?だいぶ無理させちゃったみたいで」 「……それは慰めてんの?それとも馬鹿にしてる?」 「まさか!素直な気持ちを伝えただけですぅ」 素知らぬ顔で、あからさまに態とらしく逸らされる視線。怒る気力も無ければ静かに布団に身を任せるだけ。 少しばかり気が悪くなったのか、その後は俺の身体に手を添えたり、手伝ってくれるその動作に素直に身体を預ける。ゆったりと起き上がれば、朝方にしてはやけに明る過ぎる外の光で顔を照らされてしまい瞳を細める。 ふと時計の針を確認してみれば、あれからだいぶ二人で爆睡していたのか、昼過ぎを示している。 「……夜じゃなくて、良かったな」 「ほんとにねぇ。久しぶりにこんな時間までぐっすりだったよ。大丈夫?今日買い物行けるかなぁ?」 「もう冷蔵庫の中殆ど無かったろ?今日の内に買って詰めといた方が楽だし、学校の後にスーパー行くの面倒。」 「確かにねえ、じゃあ今日は俺が世話焼き隊長ですね!頑張りマス!」 「今日一日宜しくお願いしちゃいます」 夕1人に買い物を任せる事も考えてみたが、何を選んで買ってくるかが分からない。そもそも、真っ直ぐお菓子コーナーまで行ってそのまま帰って来てしまう事も有り得る。 絶対に任せた事を後悔するわ。 早々とその未来まで思考が辿り着けば、一人で行ってこようか、なんて言葉が飛び出す前に結局は食材を買いに外に出なければならない状況の中で理由をひたすら並べながら、一緒に行く事を告げて。 快くそれを受け入れて、更には嬉しそうな宣言の言葉。だいぶ機嫌が良さそうで良かった。 なんてさり気なく安堵の息を漏らしながら、早速伸ばされた腕に掴まりながら立ち上がり、ゆったりとリビングまで向かう。 「アキはやく〜!!溶けちゃってたらどうするの??」 「んなに寒いんだから、まだ平気だって。しばらく雪が続くってテレビでも言ってたろ?」 「ちゃんと見てみないと分かんないじゃんそんなの。良いから俺に掴まってってば」 夕が作ってくれてた簡単な朝食兼昼食を食べながら見ていたテレビ画面。 番組の切り替え前に流れ始めた短めの天気予報を確認しながら、次第にソワソワと何かが気になる様子の夕の姿。晴れマーク、今日の日付の下に記されたその表現が、雪日を示しているものでは無い事を悟ったのか呟かれた言葉は、「雪だるま」 なるほど、溶けてしまう事でも危惧してるのかと気付いた頃には早々と食事を終えて支度を始めてしまう。 必然的に俺まで全てを急かされてしまえば、引き摺られる様に玄関まで運ばれていく。さっきまでの丁寧さは何処に飛ばして消し去ってしまったのか 軋む身体に愚痴を漏らす間も無く、遂には靴まで履かされてしまう。何から何まで俺の身の回りの事をやってくれるその行動だけは俺の事を気遣ってくれてるのか。その割には言動がチグハグすぎてその事実を測りかねてしまう。 老人を介護するかの様にしっかりと腰を抱きながら、不自由な俺の傍を歩いている夕に身体を預けて寮の廊下を進む。普段は部屋から近い階段を使用しているが、今日は仕方が無いと離れたエレベーターホールまで移動し、ボタンを押してその到着を待つ。 「店でも俺の事引き摺ったら叫んでやるからな。拐われるって」 「えぇ〜?まさかそんな事しないでしょ。……俺よりもカートに掴まってた方が楽じゃない?カゴも乗せちゃってさ、ゆっくり歩こ」 「……おじいちゃんかよ。歩行器代わりって事?」 「あ、敢えて言わなかったのに。自分で言っちゃうんだ?」 そもそも部屋の中で俺の事を引き摺って歩いていた自覚が無いのか、不思議そうな瞳と視線がぶつかり合う。何なんだ本当に。 丁寧に頼む、とそのままお願いするつもりであったが、話が通じなければ意味が無い。盛大に溜息を吐き出しながら、肩を落とす俺をしばらく無言で見つめていたかと思えば、一応移動手段は他にもあるから。と場の空気を読んでくれたのらしいその提案に、仕方は無いが乗っかる事に決める。 軽快な音と共に開く目の前の扉。ゆっくりと歩みを進めてそのドアを潜れば1階のボタンを選び閉じるドアを見届ける。 エレベーターの奥の壁に設置された大きな等身大の鏡。普段使用する事の少ない内装が色々と気になるのらしく、背後の鏡を真剣に見つめる姿を他所に、1階に着くまで楽な姿勢を、と膝に手を着いて身体を屈める。 すると急に、ケラケラと笑い始める夕の声。一体なんだと怪訝な表情でその横顔を見つめて。 「みてよ、アキ。俺とアキの姿がさ、昨日の雪だるまと同じだよ。大っきいお母さん雪だるまと、ちっちゃい子ども雪だるま。ほら、アキの身体が曲がってるからさ、小さく見える」 「………お前それ見て笑ってんの?趣味悪」 普段は変わらない身長差も、楽だと選び屈んだ体勢の所為でだいぶ差があるのだろう。 人が苦しんでる姿がそんなに可笑しいものか、その光景を客観的に見て笑っていたのらしい。殴ってやろうかな、コイツ。 背後の鏡にちらりと視線を向けて、不機嫌な表情を隠す事も無くその鏡越しに夕の顔を睨み付けてしまえば、すぐにエントランスに到着した事を知らせるエレベーターの音。 曲げていた身体を起こして導かれるまま外に出ては、真っ先に門の前まで向かう夕に連れられてゆっくりと歩みを進める。 周りの景色は昨日と特に変化が有る訳ではなく、まだまだ真っ白な景色で覆われている。その中でまだ元気にそこに鎮座していた雪だるま親子。 その姿を見て再びクスクスと笑う笑い声に気付けば、それが何を意図してるか、問わなくても分かりきっている事で。肘で夕の横腹を押し上げながら、さっさと行くぞ。と声を掛けては近所のスーパーまで、買い出しに向かう。 帰る頃にだいぶ増やされる予定の雪だるまの光景を思い描いてみる。今後も暫く夕の中で雪だるま作りがブームとして続くのだろう。 一緒に付き合わされている俺の姿がひとつの場面として想像出来てしまえば、寒空の下で過ごす時間が増えてしまう事に少し気が引けてしまう。 それも冬の雪の日限定の新しい過ごし方なのだろうかと、強引に青春の思い出として包み込む事にしてしまえば、帰りは俺も一緒に作ってみようかな、なんて少しワクワクし始めた心の奥底の感情。 無意識の内に夕に染められている事にも気付かぬまま、それが日々自然な形で刷り込まれていく。 ____________ きっと、冬の日が訪れる度に思い出すのだろう。必ず訪れる四季の中で、忘れる事の無い記憶の一部として。

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