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隠し事 2
「そう言えばさぁ、あの数学の教科書見つかった?また探しに行ってたみたいだけど」
「……あ〜…いや、まだ。部屋に置いた事は確かなんだけど、場所が全然思い出せねえんだよな」
結局、足の痛みと格闘してる間にアキが作ってくれていた朝食をモグモグと食べながら、ふと、最近アキとやり取りを交わした会話を思い出す。
だいぶ前に友達から譲り受けた卒業生の教科書。もう要らないから、と何冊か貰って居たのだが、それが何処にあるか分からないとの事。
そろそろ授業科目の教科書が変わる事を知らされた為、忘れない内に探しに戻る。そう言ってちょいちょい部屋に戻る姿を見送っては、結局手ブラで帰ってくる。その繰り返しで。
何処に置いたのか、一年前の記憶なんて覚えてる訳が無いと俺の問い掛けに思いっきり眉を寄せて、また戻らなきゃいけないと盛大な溜息まで吐き出している。最近の悩みの種らしい。
「………俺も手伝ってあげよっか?探し物」
「それは助かるんだけど、……ちょっと部屋が、な。色んな物掘り返してめちゃくちゃになってんだよ」
「別に平気だよ、俺。アキの部屋が汚くても何とも思わないし」
「……いや、まあ…。気にならないなら、良いけど…」
珍しく歯切れの悪いアキの言葉。
時々、忘れ物を取りに行く。と部屋に向かうアキの後ろを一緒に着いて行った事もあったが、気になる事は無かった。男の子の部屋、って感じで脱ぎっぱなしの服とかは見えた気もするけど。
2人なら手分けして探せる範囲も広がるだろうと提案しては、朝食を食べた後に部屋まで戻る事を決める。
気乗りがしない、とご飯を食べるスピードも落ちているアキに、「あーんしてあげよっか?」なんて問い掛けてみれば、逆に俺の皿に増やされるウインナーや半分に分けられたトースト。両手を合わせてご馳走様と食後の挨拶を済ませてさっさと洗面所まで行ってしまった。
あ…出た。アキの面倒くさがりなとこ
さっさと俺もアキの分までご飯を食べて簡単に身支度を終わらせる。アキの部屋に行くだけだが、一応、部屋着から動きやすいオーバーサイズのパーカーやスウェット生地のパンツに着替えて髪も簡単に一つにまとめる。
先に準備を終えてポチポチと携帯を触っていたアキの姿をリビングで見つけると、着替え終えた事を告げる。立ち上がる姿を確認した後に玄関まで向かえば腰を下ろし、解けた靴紐を結びながら靴を履いて。
「……なんか女と居る気分」
俺の後ろで待っていたアキの言葉が聞こえては、頭を後ろに下げてその姿を確認する。
反転する視界の中、壁に凭れて腕を組みながらじっと俺を見つめるアキの姿。
「なにそれ?褒め言葉?」
「さぁ?どうだろうな。夕はそう言われる方が嬉しい訳?」
「アキの方が顔的には女の子でしょ?キレイだし。きっと女子トイレとかに入っちゃってもバレないって」
確かに、髪を結んでしまえば普段よりも後ろ姿はそう捉えやすいのかと、それが何を意味してるのか問い掛けてみて。
中性的なアキの顔、その見た目の方が俺よりも全然異性として見えてしまう。簡単に例えてみたが、一瞬の内に怪訝に歪むその表情。どうやら言い方がまずかったのらしい。
「お前さ、一回歯食いしばってろ。聞き捨てならんわ」
「ちょ、っと!!冗談だってぇ!!」
近付く2人の距離。顔面を殴られるのだけは勘弁だと、咄嗟に両腕を顔に寄せて迫り来る衝撃に耐える形を。
だが、伸ばされた指先は額で止まり、ペチンと弾かれるだけ。構えた割には大した衝撃ではなく。
驚いた表情でアキを見つめるが、「さっさと変われ」と言われるだけで特に何かがある訳でも無くて。
「び、っくりしたぁ…もう履けたから、大丈夫。外で待ってるね」
「あぁ、鍵は俺が持ってるから。」
靴を履いて部屋から出てきたアキが鍵を掛けてくれる姿を見つめた後、ふと外の景色に視線を向ける。まだ雪が降る日もあるが、少しずつその量は減りやがて白く染っていた景色も少なくなってきた。
だが、まだ十分に冷える外の空気にぶるり、と身体を震わせながら長い袖の中に手先を全てぎゅっと引っ込め、パーカーのポケットの中に腕を突っ込めば少しでも温もりを、と冷えた指先を温めて。
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