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隠し事 9
「⋯⋯⋯っ、吉村」
俺とアキは2人で一緒に仲良く食堂までやって来て、食券を見ながら何にしようかと2人だけでほのぼの選んでいたはず。だった
アキの口から漏れた、少し驚いたようなそんな声色で呼ばれたその名前が俺の耳に届くまでは。
「あ〜き、何してんの。⋯⋯あっ!夕も居んじゃん。やっほ」
後ろからアキにぎゅっと抱きついて、にやにやと気持ちの悪い笑顔を浮かべながら顔を覗き込んでたその視線とバッチリ目が合ってしまう。
「っ、アキから離れろ馬鹿」
「あ、スタミナ丼??良いねえ!じゃあ俺も同じやつにしちゃおっかなあ」
「おいっ!!」
相変わらずこいつは俺の言葉をいつだって聞いてくれない。
アキに抱きついてるその腕を引き剥がそうにも更にがっしりとアキの身体にしがみつかれるだけで俺の行動は意味を成してなかった。
⋯⋯そもそも俺が必死に引き剥がそうとしてる目の前で、張本人のアキに関しては吉村の存在なんてお構い無しで食券選びに夢中だった。
何故か吉村がひっつき虫をしてても、アキは抵抗の一つも見せやしない。
寧ろ最初に吉村の存在を認めるように一言呟いただけで、後は空気のようにその存在を無にして自分のペースで過ごしている。
それはそれでどうなのかとは思うけど。
でも!!問題なのはそこではない。⋯⋯いや、全部が問題ではあるんだけど。
自分が相手にされてない事を吉村自身も別に気にする素振りはなく、逆にそれを良い事に好き勝手にべたべたとアキに触ってるその行動自体が許せないのだ。
後ろから抱きついた状態のまま、徐にアキのほっぺをぎゅっと片手で掴んで明らかにそのままその頬にキスをしようとしてる吉村の行動が視界に映ってしまう。
だ〜っ!!こいつ!!!
そんなことは絶対に見逃す事なんてできるわけが無い!!
慌ててアキの腕を力任せに引っ張って俺の元まで手繰り寄せては、そのまま吉村からアキを引き剥がしてキッ!と睨みつける。
「なっ⋯?!おいっ⋯!!なんて事しようとしてんの?!!」
「えぇ〜?良いじゃん別に。減るもんでもないし。ね?明樹」
「⋯⋯っ、⋯もう良いから、さっさと選べって」
「ぜんっぜん良くないんですけど!!」
さっきから明らかによそよそしいアキの態度にも、俺はムッとしてしまう。
なんで俺がAVを見てた時は『俺以外を見るな』って怒ってた癖に、吉村がアキに触る事はノータッチで済まされてんの?!意味わかんないじゃん!
不機嫌な表情をアキに向けて見せれば、呆れたような表情で「早くしろ」と急かされるだけだった。
「もお!良いからアキはそこにいて!絶対吉村には近づかないで」
「⋯⋯食券選びてえんだけど」
「ほら〜、ダメじゃん。明樹が困ってるから好きにさせてあげなって、夕」
ムキ〜っ!!むかつく!!何こいつ!
吉村と出会って5分も経たないうちに俺の目からは盛大な怒りでビリビリと火花が飛び散ってしまっている。
だけどその事に気付きもせず、呑気に俺の後ろにいるアキに向かって「おいで」と手招きをしてる吉村の姿にまた、俺の怒りマークが増えていく。
「⋯いい加減にしろよ、お前ら2人はいっつも。」
「⋯ねえ、アキは何も思わないの?吉村に触られてる事に関して」
「別にどうでも良いだろ。⋯⋯そもそも、お前はそんな事を俺に対して偉そうに言える立場で合ってんのか?」
俺と吉村のやり取りに対して、ついにアキの口から溜め息がこぼれ落ちる音が聞こえた。
逆にアキは何でこんなに冷静に居られる訳??
隠しきれない不機嫌な表情を浮かべながら問いかけた俺の言葉は、アキの一言でスン、とすぐに引っ込んでしまう。
多分さっきのAVの事を引き合いに出してるんだと思うんだけど、⋯⋯そんな事言われちゃったらなんも言えなくなっちゃうじゃん。
明らかにアキの言葉に対して一瞬で黙ってしまった俺に、「あれ?」と不思議そうな表情を浮かべた吉村の顔が近付いて、顔を覗き込んでくる。
その瞬間、俺と吉村の間に伸ばされたアキの腕が食券機のボタンを静かに押し、出てきた食券が取り出される。
「先に行くからな」
「⋯⋯あっ!待って!!」
先に歩いて行ってしまったアキの後ろ姿を追い掛ける様に慌ててチキン南蛮のボタンをピッ!と押せば、続けて吉村も食券を購入する音が聞こえてくる。アキの隣に並ぶように走って追い付けば注文口に食券を並べて置き、続けて座るテーブルを探す。
「おい、吉村。おかしいだろって」
「ん?どうした?何か変な事でもあった?」
「明らかに変だろ!!なんで吉村がアキの隣に座ってんの!!」
「えぇ〜?だって明樹が良いって言ってくれたからさ、その他に何か理由ってある?」
「⋯⋯あき?」
「何も言ってねえけどな」
確か、一緒に座る席を探してたハズ。休日でもここの食堂は人気で、特に昼時の今の時間帯になるとある程度人で賑わう為にパッと近場で見つけた空いてる席までは少し距離が離れていた。
けど、俺が見つけた席と吉村とアキが一緒のタイミングで見つけた席は違う場所を示してたのらしい。
2人の先を歩いていた為目指していた席が違う事に気付かず、少し離れてしまった所で吉村に名前を呼び止められる。
振り返った所で何故か流れるようにアキの隣に並んで座ってる吉村の姿に気付き、慌てて早歩きで近付けば、その事を指摘する。
明らかに興味の無さそうなアキの答えと、「えぇ〜?」と事実とは違うことを主張する吉村。
要するに、話を聞いてるようで聞いてないアキが適当に流して返事をしちゃったとこまで簡単に予想することが出来てしまった。
⋯⋯興味が無い事も問題だなぁ。
一向に退いてくれる気配のない吉村と、もう既に手元の携帯に意識が持ってかれてしまったアキの姿。どうにもなんないじゃんこんなの。
はぁああ〜!!と盛大なため息を吐き出しながら仕方なくアキと向き合うように椅子に座れば、じいっ、と目の前のアキを見つめる。
「⋯⋯ねえアキ。それやめてよ」
「⋯どれ」
「だから、携帯。またゲームしてるじゃん。」
「それ面白いよね。俺も最近始めたばっか」
携帯ばっか構ってるアキの姿はあんまり好きじゃない。
だからやめて欲しいと告げた俺の言葉がどうやら悪い方向に状況を進めてしまったのらしい。
吉村がアキのゲーム画面に食いつくように身体を寄せながら、手元の携帯画面を二人で一緒に覗き込んで俺の事を放ったらかしで話が弾んでいる。
「何処まで進んでんの?」
「ん〜、ほんとに最近始めたばっかなんだけど、一応2章まで行ったとこかな」
「結構ペース早いじゃん」
さっきまで無表情を貫いてたアキの顔が、少しだけ綻んでいる事に気付いてしまった。
⋯⋯⋯何これ。つまんない。
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