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隠し事 9

噂をすればなんちゃらら、後の言葉はよく分かんないけど。 食堂に着いて、食券を眺めて居れば突然隣に並んでいたアキの口から漏れる驚きの声。何事かと視線を向けてみれば、そこにはアキの横顔、では無く、フワフワとした癖毛のアイツが、そこに居た。………最悪すぎ 「……アキにベタベタ触るな。クソ陰毛」 「相変わらず俺にだけ言葉強くない?今日は食堂の日ですか〜?奇遇ですねえ。ね?あーきっ!」 「……あぁ、そうだな。」 後ろからアキに抱きつく様に、回されている腕を引き剥がせばアイツとアキの間に俺が入り、触らせない様にガードする。油断も隙もねえやつ。 珍しく、一人で食堂に来ていたのらしいその姿に違和感を覚えては最近やたらと嬉しそうに引っ付いていたあの噂の恋人はどうしたのか、と問い掛けて。 「で、今日はなんで一人でこんなトコに居んの???振られたの??かわいそ」 「おっ、正解!!よく分かったね〜!んでさぁ、聞いてよ。めちゃくちゃ可愛くて俺のどタイプだったんだけど、縛られるのとか強引なエッチは嫌って泣きながらフラれた。結構身体の相性良くて気持ち良かったんだけどさぁ」 「うわ……やっぱコイツやだ。キモイ。昼間っからそんな性癖聞かせないでくれる??アキも居るのにさ、耳腐っちゃうよね?」 「それはマジで引くわ。お前その子に謝った方が良いんじゃねえの?」 「いいのいいの、どうせすぐにまた次の人見つけてるって。下半身緩い子で有名だったから声掛けた様なもんだし、酷い事しない人だったら誰でも良いんだって」 ペラペラと聞いてもない事まで語り出す吉村の姿に、話題の選択をミスってしまったと眉を寄せる。そりゃあんな危ないもんを好き好んで見てる訳だ。さっきまで見てたあのAVの内容を思い出す。 拘束だの監禁だの強姦だの、なんか色んなワードが並んでいた気がする⋯そんな奴がまた、俺の隙を見てアキに近付いてる姿を見てしまえば一ミリたりとも触らせたくない。 なんでこんな所でまた、鉢合わせしてしまったのだろうかと溜息を吐き出すが、結局、要するに恋人に振られて暇なので一人でご飯食べに来ました。って事だろう。寂しい奴。 「だからさ、明樹が寂しくなっちゃった時は俺が相手してあげるからね?フリーになっちゃったし。あ⋯待って、フリーの時じゃなくても明樹の事ならいつでも優先してあげる」 「⋯⋯そんな目でアキの事見るのやめてくれる?虫唾が走るわ。ってかこんな奴が食堂に居るってだけでも不衛生。無理、キモすぎる」 「え〜?夕だと絶対頼りないでしょ。おっちょこちょいのポンコツ君じゃん。それより俺の方がしっかりしてそうでしょ?意外と出来る男よ、俺」 「⋯⋯俺に聞かれても知らねえって。今は飯食いに来てるだけだし、何食うか静かに決めさせてくんねえか?腹減ってんだわ」 急に始まるアキに対してのアプローチ。そんなの見過ごせる筈もなく、背後からアキを抱き締める様にぎゅっと腹部に腕を回せば、思いつく限りの否定の言葉を。 本人は気にしてる様子も無いが、このまま素直に好意を寄せられ続けている姿を見てなきゃいけないのも嫌悪感がして止まず。さっさとあっちに行け、と吉村を睨みつけて。 「アキに変態菌がうつるだろ?早くどっか行けよ、俺らの視界に入らない場所まで飯持って消えろ。お前のせいで全然ご飯が選べてないんだから」 「俺も今来たとこなの。……ん?明樹は何食べるの?何でもよく食べるもんね?夕とは違って」 「……お前らが俺の事挟んでいつまでもぺちゃくちゃしてるから決めらんねえの。……夕も、いつまでも俺の後ろに居ないでさっさとしろ」 段々と空腹でアキの対応が雑になっている事に気付く。二人の時ならもう少し乱雑な言葉が返されている筈だが、それでも吉村が居る手前少しだけ気を使って丁寧に接してくれている。 丁寧、って言っても、まあ、それは過言かもしれないけど。 吉村からアキを離す為に抱き着いていた身体も、ベリっと引き剥がされてしまえば仕方無くその隣に並んで食券に目を通す。決まった物しかいつも食べてないけど、その中でもいくつか候補があって悩んでしまう。 「ん〜、親子丼とチキン南蛮…カレーも良いなぁ…」 「うわ、まだお子ちゃま舌やってるの?いつまでたってもお尻の青い子供だねぇ⋯俺は、こうやって⋯野菜炒めとか食べちゃうけどね」 「は?うっっっざ!!も〜ほんとにうざい!ねぇアキ?!コイツの事殴ってよ!!ボッコボコに!!」 わざわざ俺の呟きを聞いて、嫌味たっぷりの自慢と共に野菜炒めの食券を買ってヒラヒラと得意気に俺の目の前でチラつかせる吉村の姿。 あまりにもムカつくその言動に、ピキっと頭に血が上る感覚を覚える。 アキの腕にしがみついて助けを求めるも、既に空腹でピリピリと怒りのメーターが爆発寸前だったのか、バンッと派手な音を立てて押される券売機のボタン。グーで、いってる。 「……だからうるせえって言ってんだろ。……先行ってるからな」 俺の手を振りほどいて先に歩き出すアキの後ろを見つめた後、ニヤニヤとした顔で「怒らせてやんの」と小さく小言を漏らしながらそのままアキに着いて行ってしまった吉村の後ろ姿に気付けば、慌ててチキン南蛮の食券を買い二人の後を追いかけて。 「……なんで吉村も一緒に座ってるの?」 「明樹が良いって言ってくれたんだよね〜。ちゃんと聞いたよ?俺。他の場所が良いなら、俺はここで明樹と一緒に食べてるから夕だけ他所に移ってもらっても良いけど。どうする?」 「………せめてアキの隣から退いてくんない?俺がいつも隣で食べてるの知ってるでしょ。きしょすぎ」 「そこは早い者勝ちでしょ?今日は俺が夕に勝っちゃったから。いつまでも悩んでないで、さっさと選べば良かったのにね〜。ほいじゃ、いっただきまーす」 いちいち、イラつく言い方をしてくる吉村に引き攣る口許。アキもアキで、俺達の事はどうでも良いと今は目の前のご飯に夢中でひたすら食べ続けている。 また、アキの事を怒らせても吉村が嬉しそうにするだけで余計癪に障る為、今日だけは仕方無いと諦めてアキと向かい合う様に四人掛けの席に腰を下ろす。 手を合わせて、いただきます。そう呟けばチキン南蛮を食べ進めて。 「2人はさ、今日何してた訳?休みの日に食堂に居るの珍しいじゃん。ついにゲームに飽きちゃったとか?」 「いや、俺の部屋で教科書探して貰ってた。来週から変わるって言ってたろ?」 「あ〜、あの数学の教科書ね、確かに俺も忘れてたかも…危なかった〜……っ、て、あっ、待って。その教科書って確か一年の時位に俺が渡したやつだよね?…、…結局探せたの?」 「……あったよ、紙袋の中に。吉村のきたねえAVも入ってたけど。あんなものアキに渡しちゃうなんて、何考えてる訳?頭沸いてんじゃないの?」 「夕に見つかっちゃったんだ、アレ。内緒で渡したんだけどなぁ〜。で、さ!どうだった?明樹、見た?」 「………コイツが」 何でよりにもよってこんな話題に繋がってしまったんだ。タイムリーすぎる話題に、思わずチラリ、と目の前のアキに視線を向けてしまう。スタミナ定食なんてガッツリしたものを食べながら、ピタリ。と一瞬手元が止まるが、それでも何とも無かったかの様に俺が見た事を素直に告げながらパクパクと肉を口の中に運ぶアキ。 何でコイツに教えちゃうの…。 「え?夕が見たの?………ふ〜ん、で、どうだった?正直に教えてよ。夕からの感想が一番聞きたくなっちゃったかも。ね?分かるでしょ?何なら、鑑賞会でもしてみる?まだいろんな種類のやつ、俺の部屋にあるけど。どう?」 「…ほ、んとにうっざ…。別にどうもこうも無いけど」 吉村の言いたい事が手に取るように分かってしまう、俺の感想が聞きたい。そりゃそうだろうな。あんなにもアキにそっくりのAVなんて見つけてしまえば、どんな場面が良かったか、どのくらい本人と似てる場面があるかとか、アキとよく一緒に居る俺だからこそ問い詰めたい事が山ほどあるだろう。 キラキラとした瞳で好奇心旺盛にAVの鑑賞会なんて頭の悪そうなものに誘われてしまえば、絶対嫌だと蔑む視線を向ける。 「ええ?絶対に俺と夕趣味合うのに。だってさ、……気付いたでしょ?アレ、どうだったよ。見つけ出した俺、天才じゃない?」 「……別に。俺はあんなのより、アキが良い。それ以外は興味無い」 「ちょっと待ってよ。それなら俺だって明樹の方が何百倍も良いに決まってんじゃん。こんな綺麗な顔さ、いくら探しても見つかりっこないんだから。ねえ?明樹?これも食べる?」 「あ〜、腹に入るなら。お前は良いの?ソレ」 「⋯⋯ダメダメ!!アキ!!絶対コイツから食べもの貰わないで!毒とか入ってるかもしれないし」 「失礼な、明樹に盛るなら毒じゃなくて媚薬を選ぶよ、俺は。…うそ、大丈夫だよ。これには何も入って無いからさ。いいよいいよ、食べちゃって。俺は明樹が幸せそうに食べてる姿を見るのが好きなの」 すいっ、と寄せられた定食のデザート。確かに、普段から食後の楽しみだって甘味を好んで食べているのを見ているからこそ、吉村がそれをあげるなんて言い出せば素直に貰う未来がすぐに見えて。絶対にヤダ。 慌ててそのデザートを吉村に押し返すが、再びアキの元に寄せられて柔らかな笑顔まで向けている。その顔を今すぐにでも潰してやりたい。 結局、吉村から貰ったデザートまでちゃっかり完食し、満足気なアキの姿。と反対に、不機嫌な俺。 いつまでも隣同士で楽しそうに座っている姿なんて見てられないと、食堂から出る事を促すが、ふと、何かを思い出した様に隣の吉村に視線を向けるアキ。その行動に気付けば、どうしたのかと緩く首を傾げながら俺も一緒にその言葉を待って。 「そう言えば、吉村。お前のAVどうにかしてくんねえか?俺の部屋に置かれてても困るんだけど」 「ん〜?別に好きにしてもらっても良いんだけど。………あっ!良い事思い付いちゃった。俺が取りに行ってあげようか?今から、明樹の部屋まで」 「それは全然構わないけど。あんなの持ち歩く気にもなんねえわ」 「え?今からコイツを部屋に連れてくって事?⋯⋯俺が代わりにここまで持ってきてあげるからさ、待ってなよ」 「ええ?悪いってそんな。じゃあさ、夕が戻ってくるまでちょっと2人でデートでもしちゃおっか。行きたい場所があるんだよね」 「は?ふざけんな。……アキ、さっさとAV渡して追い出そ。いつまでもコイツと一緒に居たら頭おかしくなっちゃいそう」 結局、吉村にうまく言いくるめられた事に気付くが他に何か言い返せる言葉が思い浮かぶ訳でも無いため、渋々諦めるしかなく。ご馳走様と手を合わせて席を立つアキに続いて俺も立ち上がれば、その隣をキープしつつ食器を片付けてアキの部屋まで向かう事に。

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