64 / 73

隠し事 11

結局、俺が席に戻って来る頃にはまるで何も無かったかの様に2人でまたスマホゲームの話に花を咲かせていた。 「⋯そうやって俺の居ないとこでゲームの話ばっかしてる。」 「まあね、たまには明樹と普通の話がしたいって言うか、俺だって下心抜きで普通に会話出来るんだけどなぁ」 「別に⋯吉村が変な事しなかったらアキに話し掛ける分には俺だって怒んないけど」 「えぇ〜?ほんとに?ん〜⋯じゃあさ、明樹の経験人数ってどのくらいなの?」 「馬鹿。それのどこが普通の基準だって思うわけ?」 正直、アキが誰かと仲良さそうに話してる姿を見るだけであんま宜しくは無い。それが吉村相手だと更に許容範囲が狭まるだけで、別に何も一切アキと会話をしちゃダメとか、そういうつもりでは無い⋯⋯ものだと思ってはいる。 そもそも吉村に関しては今までの行いの積み重ねが良くない雰囲気を作り出してるだけで、結局今だって堂々と下心満載の会話が繰り広げられている。 ほんとに懲りないよな、この人って。 「ねえ、夕のその唐揚げ美味しそうなんだけど。俺のと何か一つ交換っこしない?」 「やだよ。別に吉村のご飯に美味しそうなやつ⋯⋯なんて、⋯ないし。」 「あ〜!絶対今何か見つけたでしょ。ん〜、これかぁ?エビフライじゃない?」 「だから違うって言ってんじゃん」 さっさとイスに座り、受け取った定食をテーブルの上に置いて食べ始めたその瞬間、吉村からの言葉に手が止まる。また何を企んでるのだろうかとその顔をちらりと見てみたけど、別にそんな感じの雰囲気は一切無かった。 さすがに警戒しすぎ⋯⋯? そもそも吉村と交換し合う事がなんか嫌だ。何も要らないし。 ⋯そう思ってたハズだけど、ちらりと視線を向けてみた吉村の定食メニューの中に一つだけ、俺の好物が並んでる事に気付いてしまった。 エビフライ、かぁ⋯。別に悪くはない⋯けど 言葉では否定しちゃったけど、普通に美味しそうだった。 だけど吉村にはなんか素直になれないって言うか、絶対何か裏がありそうだって常に身構えてしまう。 そんな俺に吉村は更に誘惑を誘うかのように、エビフライを俺の元に少しだけ差し出してくる。 「どうよ、めちゃくちゃ美味しそうじゃない?このエビフライ。」 「だから要らないって言ってるだろ」 「ぜ〜ったい欲しそうな人の顔してるから。別に何も夕の事を取って食おうとかそんなんじゃないし、素直に貰いなよ」 まぁたしかに。流石の吉村でも別にこう言う時くらいは素直に善意で分けてくれてるだけなのかもしれない。 俺の心はそうして一瞬のうちに魅惑のエビフライに揺らいでしまった。 それなら素直に貰ってしまおうと自分の皿に手を伸ばしかけたその時、俺の返事を待たずとして目の前でアキが吉村のエビフライを奪い取っていく姿が俺の目にはスローモーションのように映ってしまった。 「⋯⋯、じゃあ俺が貰うわ」 「へ⋯?」 俺が一方的に苦手な食べ物を分けてあげる事はあっても、アキ自身から欲しがる光景なんて見たことがなかった。 だからこそ平然と行われるそれがあまりにも衝撃的すぎて言葉がすぐに出てこなかった。 「⋯⋯アキ?」 「何?お前もさっさと食えよ」 「なん⋯か、⋯今日おかしくない?」 「だから、何が?」 ──何で今日はこんなにも吉村に構うのか。 普段なら吉村相手に反応の薄いアキが、何だかさっきから積極的に見えて仕方がない。 現に今だって上機嫌な吉村が「俺にも何かちょうだい?」とアキに交渉を始めている。 その提案を平然と許可し、吉村の為にと選ばれたアジフライが渡されてしまう前に咄嗟に身を乗り出してアキの手から奪い取ってしまえば、思いっきりかじりつき俺のものにしてしまう。 ⋯⋯アジフライなんて好きじゃないのに。最悪。 「あっ⋯!ちょっと、夕〜?何で食べちゃうのさ」 「⋯⋯⋯、⋯。」 「⋯ありゃま、完全に拗ねモードみたいな感じ?明樹、どうしよっか」 「別にどうもしねえだろ」 ──拗ねてないし。 俺の事をちらりと見ただけで再び定食を食べ始めてしまうアキのその態度でさえも、全然気に入らないけどね。俺には構ってくれないんだ。 結局最初から最後まで不貞腐れた表情のまま俺の昼食時間は終わってしまった。 何気なく、いつも俺より食べるのがゆっくりなアキの食事風景をぼけっと見ているとばっちりと互いの視線が合ってしまう。 あんまり見られるのが好きじゃないアキの事、不機嫌な表情でも浮かべるだろうと予想していたけど、なんて言うか⋯いつもの表情よりも『無』がそこには広がっていた。 な、に⋯⋯? 確かに表情がサボってる事はよくあるけど⋯と言うか今日だってずっとサボってた。けど、今回の顔はなにかいつもと違うって言うか⋯とにかく、違和感しか浮かばなかった。 アキの表情に戸惑ってるうちにいつの間にか食事が終わり、空っぽの食器だけが互いのテーブルの上に取り残されている。 そろそろ行こうか、と声を掛けようとした矢先、「そう言えば」と俺よりも先に吉村の口が開かれてしまった。 「さっき何かAVが何とか、言ってませんでしたっけ?」 「⋯⋯地獄耳すぎじゃない?」 「まあそっち系に関しては都合よく拾っちゃう耳なんで。⋯で、夕は何のAVを見に部屋に戻ろうとしてた訳?」 「それはさすがに拾いすぎでしょ」 まさかあの捨て台詞を聞かれてたとは思いもしてなかった。あの時は感情に任せて言っちゃった言葉だけど、そんな事をしようだなんて一切考えもしてなかった。 だからこそこうやって改めて聞かれてしまうと普通に困る。 しかも、吉村から借りてたAVだなんてそもそも言える訳がない。素直に言ってしまえば絶対に調子に乗らせちゃうから。 もうこれ以上は吉村の相手なんてしてらんないし、さっさと部屋に戻ってしまいたいところではある。 「⋯お前から借りてたヤツだよ。アレどうしたら良い訳?」 「あ〜⋯⋯?あ⋯あぁ〜!!あれ見たんだ?!?ね、どうだった?!めっっちゃ良かったっしょ!!絶対明樹なら見てくれると思ってたんだよねぇ〜!!」 「俺が見る訳ねえだろ。どう考えてもコイツだろ」 「ちょ、っとアキ⋯!!」 「ふ〜ん??⋯まっ、あのパッケージならやっぱ見ちゃうっしょ?うんうん、分かってあげられるよそのキモチ。」 ⋯⋯っもお!アキのばか!!!だから黙ってたのに!! 結局はアキの一言で全てがバラされ、俺の予想通りパワフルタイプのエンジンがかかってしまった吉村がニタニタと気持ちの悪い笑顔を俺に向けている。 その隣に居るアキに視線を向けてみても、ただ胡散臭そうに吉村の事を見てるだけで俺とアキの視線が合うことは暫く無かった。

ともだちにシェアしよう!