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隠し事 11
俺に顔を抑えられていても気にする所か、何故かその指先に這わされた舌先の感覚に驚いて手を離せば、明らかに欲にまみれた笑顔で俺の事を見下ろしている。本能から感じる嫌悪感。
「……何なの?気持ち悪い顔してさ。……別に、誰がとかじゃなくて……自分で、噛んだんだよ。寝てる時とか、に、間違えて。」
「そんなとこ自分で噛めません。…やっぱりさ、ふたりって付き合ってたんだ?風の噂で聞いちゃったんだよね〜。何で俺の事仲間外れにしちゃう訳??俺も2人の間に入れてよ、3人で仲良く付き合っちゃお」
「無理でしょ。そもそも、アキが吉村の事好きになる訳ないじゃん。俺もアキ以外はやだ。しかも3人で付き合うなんて、聞いた事ないもん。」
「そう?案外居るかもよ?3人で付き合ってます!って人。それにさ、勿論明樹の事はタイプだし大好きなんだけど、俺、夕もいけちゃうんだよねえ。言ってなかったっけ?」
「……き、聞きたくないから別にいい。」
ド直球に、初めて聞く告白を告げられてしまえば、動揺しない訳がない。驚いた表情で目の前の吉村を見つめてしまえば、猫の様につり上がった瞳が、緩やかに弧を描いて楽し気に俺の事を見ている。わけが、分からない。
「あのね、夕の事はずっと、無茶苦茶にして泣かせてみたいなって思ってた。もうやだって言っても止めてあげなかったら、どうなるんだろ?とか。夕の顔ってさぁ…柔らかいんだよね。幼いって言うの?笑ったら特に。だから、余計虐めたくなっちゃう、っていうか。ぐちゃぐちゃにしてみたくなるの」
「……っ、うわ……キモすぎて、引く……ホンモノの変態じゃん…」
「そうそう、俺はねえド変態なの。その変態が喜びそうな顔をしてるのが夕でしょ?どう?俺に虐められてみる?案外、気持ち良くて癖になっちゃったりして」
「…いじめられるのは、アキだけで良い。吉村に同じ事されたって、鳥肌が止まんなくて気持ち悪くなるだけだよ絶対」
一般ウケもしない誘いは本気で引いしまう。止まらない俺への思いを語るその言葉は素直に受け入れ難い、というか、気味が悪いと言うか。好意とはまた違う、加虐心まみれの言葉に身の危険を感じてしまう程。痛みを与えられて悦ぶ人なんて、そもそも居るのか。
……でも、それがアキなら、確かに我慢は出来るし気持ち良いって考えてしまうかもしれない。……多分、気付いてないだけで俺もコイツみたいに変態なのか?なんてグルグル止まらない思考の中でも、吉村が無理だと言うことだけは自信を持って断言出来る。
「ふ〜ん。明樹ってああ見えて沢山虐めちゃうタイプなんだ?ならさ、俺が同じ事しても変わんないかちょっと試してみよっか?丁度良い所に気の強いキスマークもあるし。……ココさ、痣になってるって事はきっと押したら痛いよね。知ってる?」
「し、ってるに、決まってるじゃん。どんだけ怪我して来た、と思ってる、の。……やめろよ…?ほんとに痛いんだか、ら゛っ!?!ま、っ!!」
不穏な空気、感じ取ったその異変から逃れ様と釘をさしながら、身体を起こそうと腹部に力を入れるものの俺の首筋に触れていた吉村の指先は、それよりも先に傷口を躊躇無い力加減で押し潰す様に触れていく。
何度も、アキに付けられた歯型の輪郭をなぞるかの様に、執拗に這わされる指先に表情は歪んでいく。引き剥がそうにも、力を入れる度にズキン、と全身を響く様な痛みが増していく。
その繰り返しの中で、強引にその腕を引き剥がして払い飛ばせば、詰まる息を吐き出す。痛みで意識が飛びそうとはこの事か。
引き剥がされた腕を呆然と見つめながら、不服そうに俺に向けられる吉村の視線から逃れる様に顔を背ける。もう触れられる事の無い様に両手で首元を覆い隠しながら、横目で力のない瞳を向けて睨み付けて。
「……えぇ?その見た目で力強すぎない?ゴリラなの?似合わないんだけど全然。せめてヒョロヒョロであれ」
「べつ、にか弱いとかそんなんじゃないから。吉村が弱過ぎるんじゃないの?俺よりも身体デカい癖に、絶対粗チンじゃん。」
「おぉ〜?スゴい事言ってくれるじゃん。見てみる?俺のヤツさ、デカすぎって泣かれる位評判良いんだから。……でさ、他にはどこ噛まれたの?一個じゃ絶対終わらない噛み方だよねえ。独占欲まみれでさ…ほんっとに明樹ってば、可愛いなぁ」
「……っ、もう何も無い。一回で、終わってくれたから。アキは吉村と違って、優しいんだから」
「へえ?こんなの、一個じゃ絶対物足りないって。付けてあげよっか?俺はさ、見えない場所を沢山噛んであげるのが好きなんだよねぇ。お腹、とか太もも、とか、背中とか。パッと見じゃ分からないような、そんな場所についてる方がエロくない?」
「……っ…やだ。アキのだけで、良い。吉村のは要らない」
「まあまあ、取り敢えず他の所も見せてよ。また見つけたら今度はそれを噛んであげるから。明樹との間接キッスってやつ?それで、もうやめてって泣かせちゃうの。その顔で俺イけるんだよねえ…気持ち良すぎ」
パーカーの裾に伸ばされた腕の感覚。まだ首筋の痛みの余韻が引かない内に、他の箇所も、と丁寧に説明されてしまえば血の気が引いてしまう。絶対にそれだけは阻止しなければ、多分痛みで気絶してしまうのでは。
力だけは勝てる事を理解している為、慌ててパーカーに触れている吉村の腕に手を伸ばす、が、そこはフェイクだと言わんばかりに、近づく吉村の顔が俺の首元へ。
「ま、っ!!よ、しむら、っ!!や、だってば、っあ゛!?痛、っだぁああ!!」
アキとは違う、明らかに痛みだけを与える様に、深く、噛みちぎられるのでは、と思わんばかりの長くて、そして力強い刺激。絶対血が出てる。
どうにか引き剥がそうにも、吉村の腕は完全に俺の背中で固定されていて距離でさえ剥がす事が難しい。足をバタバタと動かしながら、それでも止む事の無い痛みから逃れ様と必死にもがいていれば、突然ドアの方向から聞こえた声と共に、近付く足音。
いつから見ていたのだろうか、そればかりは分からないがアキの姿を視界いっぱいに捉えては、ふと、張っていた身体の力も全て抜け切る。
と、同時に手に持っていたAVのパッケージが振り上げられると共に、角の方で躊躇無く殴られてしまう目の前の吉村の姿。……今のは絶対痛い。
「……人の部屋で盛ってんじゃねえよ猿が。殺すぞ」
アキの顔が無表情な事も、あの冷めきった目を向けている事も、初めて聞いた暴言も、全部が相まって本気で怒っている事を察してしまう。
アキが来た事で助かりはしたが、それとこれとは話が違う。早く目の前の彼を退かさなければ、血まみれ現場が出来上がってしまうかもしれない。慌てて退く様に促しながら、チラチラとアキの顔を確認して。
「っ……お、い吉村。早く退けって」
「………ま、って、明樹?そんなに暴力的、だっけ……?俺死んじゃったかと思ったけど、今」
「良いじゃん、そのままご臨終しとけば?そこで。まだ足りねえならAVの本数分殴ってやっても良いけど」
「冗談、だって。嘘だよ、可愛い嘘。……えっと、有難う。取り敢えずそのAVは有り難く受け取るからさ、その怖い顔は流石にどうにかした方が良いかも。殺人鬼だよソレ」
身の危険を感じたのか、アキの手からそっとAVを抜き取り、にっこりと笑い返す吉村の姿。
殴られても動じないその姿に筋金入りの度胸を認めるが、対抗するアキも中々の猛者で絶対に引かない事を知っている。
「……そうだな、あと5秒以内にそのAV持って出てけ。それか、試させてくんねえか?この時計ってさ、どんくらい強度があるのかな、って気になってたんだよ。何回落としても全然壊れねえし、お前のその悪い頭にぶん投げてみてさ、それでも壊れねえかってやつ。楽しそうじゃん」
示された秒数とベッドサイドに置かれていたデジタル式の時計を手にしてその強度を確かめる様に、何度もサイドチェストに時計を打ち付けながら、怖いくらいの笑顔を浮かべているアキ。これは、本気だわ。
流石に空気を読んだのか、分かった分かった。と相変わらず緩い返答で、ベッドから降りて「またね?」と手を振って出て行く吉村の後ろ姿。
こう言う時だけは、その度胸を認めるわ。と妙に感心しつつ玄関のドアの開閉の音がシン、と静まり返った室内に響けばやっと吉村が出て行った事を悟り、はぁあと張り詰めていた空気を吐き出しながら、ベッドに身体を沈める事で緊張感を解いて。
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