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隠し事 12
耳が痛くなってしまう程に静かな部屋と、何とも気まずい空間。
こういう時は、どうしたら良いのかとそっとアキの方に視線を向けてみれば絡み合う視線。ガタン、と派手に音を立てて置かれる時計の音に驚きビクリと震える肩。
いつまでも寝てる体勢も違うだろう、と身体を起こすべく布団に手を付いて腕に力を入れるが、「動くな」と一言、呪文の様に吐かれた言葉が本能的に脳内に突き刺さればピタリ、と身体は硬直し、ドクドクと緊張感で鳴り響く鼓動を感じて。
「お前らさ、五月蝿すぎ。全部向こうまで聞こえてたし、俺らの関係も全部吉村にバラしたろ?馬鹿が」
「………だ、って…。そもそも、アキが見えやすい所に痕付けるからでしょ?それでバレた様なもんだって」
「……じゃあ、今のは俺が悪いって事?」
「ちが、う……けどぉ。吉村が全部悪いけど、アキも、さ……少しは悪いかも、しれない」
事の発端は噛み痕から、それで吉村のスイッチが入ってしまった事を身をもって体験してしまえば、逆に俺は2人の被害者なのではと今回の事については正直に俺が悪いとは言えなくて。
でも、まあ、売り言葉に買い言葉。まんまと挑発に乗って吉村の事を逆撫でしてしまった事もまた原因。その事は、まあ、良いだろうと棚に上げながら、改めて俺は悪くないと強い意志をアキに向けて。
すると、ベッドのスプリングが軋む音に、揺れる身体。動くな、と言われたまま、丁寧にその場で身動きせず横たえていた身体の上に跨る様にアキが乗り、見降ろされる感覚。
その口許が綺麗に弧を描き、笑みを浮かべていると場に合わないその笑顔にゾクリと体の芯が震えて。
「…っ、……な、に………?俺、何も…悪いこと、してない…から……」
「お前は何も悪く無いんだろ?じゃあ良いんじゃねえのそれで。俺が悪かったみたいだし、お前の為に色々してやろうと思って。慰めてやるよ。俺に虐められるの好きだって言ってたし」
「ちが、っ……!アキなら我慢出来るって話、してただけで痛いのが好き…って事は言ってない」
「別に痛い事をしようとしてる訳じゃないから。気待ち良けりゃいいんだろ?んじゃ素直にそこで寝てろよ」
俺の言葉は間違っていたのか?今更何を話していたか、俺が何を伝えていたか思い出しても曖昧な記憶でしか無く、その中でもしっかりと断言していたであろう事は伝えて。
痛い事じゃない。そう言われても今のアキには不信感しか無く、再び身体を起こそうと上体に力を入れるものの、アキの手が俺のモノを布越しに撫でればすぐにそこは期待で膨らみ、力を抜く事しか出来ず。ほんとに、アキを目の前にしてしまえば正直な身体なのだ。
「………っと、あった。」
「なに、…ネクタイ…?なん、でそれ、今、探さなきゃいけないわけ?」
まだ、ベッドの上に少しだけ残ってた衣類の中に、無造作に置かれていた学校指定のネクタイを引き寄せるアキの姿。久しぶりにそれを見たな、だなんてそれをまじまじと見つめる。
窮屈だとネクタイを結ぶ機会も段々と減り、アキが結んでる姿も、あまり見た事が無い。多分俺と同じ理由か、部屋の中で無くして見つからなかっただけか。今、目の前にあるけど。
「お前の馬鹿力抑えて、お前と俺を平等にする為。分かったら後ろ向け」
「…っやだ。痛い事、しないんだよね?だったらそれ、必要無いじゃん。俺ちゃんとアキの言葉なら聞くから、動いちゃダメな時は教えてよ」
「最初から最後までずっとに決まってんだろ。それがお前に出来んの?……それとも何、俺としたくない訳?だったら、別に今からでもアイツの事呼び出してそっちとヤっても構わないけど。俺今そう言う気分だし」
「そんな訳無いじゃん!!……あき、とはずっとしてたい位、好きだし、俺いつも我慢してるのに……そんないじわるな事、言わないで」
そのまま、意味ありげに告げられる言葉で何をされるのか想像が容易く出来れば嫌だと首を振り否定する。が、そこだけは絶対に譲らないと、吉村の名前まで出されてしまえばこれ以上の強い否定は出来なくなってしまう。
しゅん、とした表情でアキを見つめては、俺の腹部に添えられているだけのアキの手に触れてそっと軽く握り締め。
「…ほん、とに……?気持ちいい事であって…る…?大丈夫?俺、素直にアキの言う通りにしても良いの…?今からアキに殴られたりしない?」
「んな事する訳ねえだろ。そう言う趣味は無いし、殴る理由も無い。言っただろ?お前には、気持ち良い事しかやんないって」
「でも、さぁ…やっぱりドキドキするって言うか、心配だよ……?動けなくなっちゃうの、怖いし…」
「……いつまでもウダウダ言ってないでさっさとしろ。それとも本当は殴られる方が好きなのか?」
一応、念の為に気になる事を全て問いかけていく。身を委ねる事に不安しかない、本当に良いのかと何度も問い掛けていたのだが、やがて痺れを切らしたのか、胸元に伸ばされた腕が俺のパーカーの襟元をぐっ、と掴み胸倉を掴まれる形になってしまえば、仕方が無いと腹を括り。俺の上からアキが降りたタイミングで身体を起こして背を向ける。
すぐに俺の両腕を背中で固定する様に、ネクタイで固く結ばれてしまえば自由に動けない体勢に今更ながら後悔するも、相手がアキなら、何をされても我慢出来る、はず。
「……良いじゃん、似合ってると思うけど。お前の手、毎回ヤる度に縛ってた方が良いんじゃねえの?」
「っ……アキ、吉村みたいな変態な事言わないで。似合わないしアイツと同じ趣味なのも絶対やだ」
「吉村から借りたAV見て勃起してた奴がよく言うわ。お前もアイツも俺も、そんなに変わんないんじゃねえの?ほんとは」
「……アキと吉村は、違うから。俺はアキじゃないと、やだ…し、アキも、俺じゃないと嫌でしょ?」
「さあな、どうだろ。お前次第じゃない?そこら辺は」
何ともない、平然な言葉で俺の事を許してくれたと思っていたが、本心はそうでも無かったのらしい。動きを止めてしまえば、後はどうでも良いのらしく段々とやり取りも雑なものになっていく。再び、ベッドに押し倒される身体。
不自由な腕に違和感を覚えながらも、アキはまた、俺の上に乗って見下ろしている。何かと俺の上に居たがるアキ。前ヤった時も、寝てる時も。それが性癖なのだろうか、真相はよく分からないが、俺もアキが上に居る事に慣れて、それが当たり前の様に感じる。それに、この体勢の方がアキの顔がよく見えて都合が良い。
「で、お前はさ、アイツに何されたの?噛まれただけ?他は?」
「それだけ、ほんとに。その時にアキが来てくれたから、助かったけど」
「タイミングが良かったんだな。じゃあ、もう一回同じとこ噛んでやるよ。吉村がつける傷より、俺の方が良いんだろ?」
「も、いっかい……?ま、っ…だって、もうアイツ思いっきり噛んでたからさ、まだめちゃくちゃ痛いんだよ…?ねえ、アキ……?気持ちいい事しかしない、って、さっき言ってたぁ…!」
「お前にとってはそれが気持ちいい事なんだろ?最初に噛んだ時、思いっきり勃ってたけど」
そっ、と傷口に触れるアキの指先。その度にピリリ、と疼き、痛覚が走っていく。まだ新しい傷跡。何度も噛まれてしまえばその度に痛覚が蓄積され、更に痛みに敏感になってる感覚に気付いてしまう。
慌てて首を振り、否定を示すがその痛みで勃起していた。そう言われてしまえば何を言い返す事も出来ず。黙ってしまった事を承諾だと捉えられたのか、不意に首筋に埋まるアキの顔。
ぎゅっ、と唇を噛み締めて襲い来る痛みに耐えていたが、中々その痛みが来ない所か、優しく舌を這わされるだけ。
「っ、は…ぁ……なん、か…擽ったい、かもぉ…」
ぷくり、と刺激で腫れているそこを丁寧に舐めながら、何度も労わってくれる様な優しい感覚に構えていた身も落ち着き、ふと強ばっていた身体の力を抜いていく。
素直に、肌を這う舌の感覚に身を委ねていたが、唐突に歯を立てて噛み付かれるそこ。そう言えば、油断させて噛み付かれるやつ、何回もやられたじゃん。と今更思い出す。
身体の力を抜いていた事でダイレクトに伝わる衝撃や痛覚、急な刺激にびくりと身体を震わせてはふるふる、と首を振ってアキを退かそうにも、どうも出来る筈もなく。
背後の腕をぎゅっと握り締め、なるべく痛覚を全身から逃がす様に、荒い息と共に目の前のアキの首筋に顔を埋めてその痛みが収まるのを待ち。
「っ、……は、ぁあ゛!!あ、きっ……!!も、良い、から゛ぁっ!……い、っだぁ…」
「……今までで一番痛そうだな。治るのも、時間が掛かりそうなヤツ」
「……ほん、とに痛か…った……けど、やっぱ、アキじゃないと絶対やだ。…吉村のは、思い出しただけでも…ゾッとする……」
案外すぐに離れてくれた首元の痛覚。いや、吉村が異常に長かっただけなのかもしれないが。あくまでもそれは怒りの矛先を傷口に向けてただけの解消方法であって、アキの性癖では無いのだと知る。
吉村の様な、痛みを与えるだけの行為では無い事に安心するが、まあ、元々アキ自身に噛みグセがある事は理解していて、それが俺に向けられる事は今後も有るだろうし、それなら全然我慢出来てしまう。
「お前はさ、もう少し危機感覚えた方がいいんじゃねえの?気付いてなかったのか?アイツいつも夕が怪我する度、嬉しそうにしてるから変な奴だって思ってたけど」
「そう、だっけ……?アキの事しか見てないから、わかんない」
確かに吉村自身も言っていたが、俺も吉村も、アキに夢中で一切その隠れた視線の理由に気付いて無ければ、改めて覚えた危機感をフルMAXに、今後絶対に気を付けよう。と脳内の警報機を最大に作動させて。
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