65 / 73

隠し事 12

「絶対に夕は見てくれると思ってたから。 ⋯⋯あ〜!わざわざ明樹に貸してて良かった」 「⋯⋯別に何も面白くなかったし」 うんうん、と勝手に俺の事を理解されたような言葉を伝えられてしまえば不貞腐れた返事を返すが、改めて吉村のその言い回しに対して何か引っ掛かりを覚えてしまう。 『わざわざ』って言った?こいつ そして、俺に向けられた何か含みのあるような笑みを浮かべている吉村の表情から、その意図にハッ!と気付いてしまった。 俺にAVを渡そうたって素直に受け取ってくんないから、無頓着なアキを使ってわざわざ俺のところまで⋯? そしてその戦法にまんまと引っ掛かりました、という訳か。 くそっ⋯!!全然気付けなかった⋯!! と言うか、普通に気付けるわけが無いじゃん。あんなの。教科書を探す流れが無けりゃ気づけるもんも気付かないし、吉村自身もそんなに期待してた訳でも無さそうな反応ではあったかもしれない。 たまたまそういう流れになっちゃっただけで。 ってか、アキ自身に対してアキに似た人のAVを渡すその行為自体がそもそもキモすぎんだろ。普通にセクハラだ。 「そのAV、自分で取りに来いよ。いつまでも俺んとこに置いとく訳にもいかねえし」 「えっ?それってつまり明樹の部屋まで来てもイイよ!って事ぉ?いくいく〜!この後暇?」 「そんなの絶対駄目!!俺が代わりに受け取って吉村に渡せば良いじゃん!」 なんでその流れで吉村がアキの部屋まで行く選択肢が出来ちゃうワケ?! それは絶対に許さないと首を振りながら代わりの案を提案してみても、吉村の視線が俺に合うことは無くまるでその場に俺が居ないものとして話が勝手に進んでしまう。 「明樹の部屋って4階だよね。405とかじゃなかったっけ?」 「よく覚えてたな。」 「は⋯??何で吉村が知ってんの?」 「前に1回だけ明樹の部屋にお呼ばれした事があってさ。⋯⋯なんかごめんね?夕」 何それ。そんなの聞いた事無い。 聞き覚えのないやり取りに俺の心はざわざわと焦りのような曇った感情が溢れ出してしまう。 がっ!とアキに視線を向けてみても、「そんな事もあったな」と何事も無かったかのように平然と進められてく話。 なんか、すっごいやだ。 「⋯あき、早く帰ろ」 「あぁそうだな。ご馳走様」 「ご馳走様でした〜っと。じゃ、さっさと明樹の部屋まで行っちゃいましょうか」 いや、違うじゃん!!! ──俺の言葉が2人に届く事はなく、結局俺とアキと、そして吉村も含めた3人でアキの部屋まで戻る事になってしまった。 だから嫌なんだよなぁ⋯吉村相手だとどうしてもうまく事が進まないというか、会話が噛み合わないというか。わざとはぐらかされてるのも分かっては居るけど、俺の頭ではそれをどうにかする事が中々出来ない。 いっつも言葉で負けちゃうんだよなぁ⋯ほんとに悔しい。 吉村にアキが取られてしまわないように、足早に食器を片付けてしまえばそそくさとアキの隣に並んでその腕に引っ付いてしまう。 「なんか今日のアキ嫌。」 「何の事だよ。別に変わんねえだろ」 「俺に意地悪ばっかしてるじゃん」 「なんもしてねえだろ」 アキにとっては無意識かもしれないけど、絶対にいつもとは雰囲気の違う言動が俺には未だに理解出来ずに居た。 それが意図的じゃなくても、意図的であっても、アキの意識が俺に向いてない事自体が嫌だと素直に不満を伝えてみたけど、全然相手にされなかった。 アキのばか⋯⋯。 「ヨシヨシ、夕はきっと俺に明樹が取られちゃって寂しいんだよね?ごめんね?」 「っ、やめろ!」 そんな俺の心情を知ってか知らずか、そもそも全て見透かされた上でわざとなのか。⋯吉村のこれまでの行動を思い返してみれば、絶対に後者なんだけど。 俺の頭を無造作に触れてくるその手をばっ!と払い除けてはそのまま強く睨みつける。 「吉村の方がもっとやだ!!あっち行けって!」 「えぇ〜?今は別に何もしてないけどなぁ。まあまぁ、もう何もしないから一旦落ち着いてよ」 『今は』って⋯やっぱわざとじゃん。こいつ。 やれやれといった風にふぅ、と軽めの息を吐き出してようやく大人しくなった吉村にむっとした表情を浮かべる。 吉村と居ると、なんか調子狂うんだよなぁ⋯。 「んっ、⋯⋯ん?」 「⋯⋯何?」 「いや?ん、⋯あれ、部屋間違えてない?大丈夫?あってる?ここってさぁ〜405⋯なんだよねぇ。」 ようやくたどり着いたアキの部屋の鍵を開け、ドアを開けた瞬間に吉村から聞こえてくる疑問符。何度も確認するように部屋の番号と、そして中をキョロキョロと見比べるその姿にアキが痺れを切らして問い掛けてみるものの、何かを誤魔化すように漏らされる独り言。 ⋯⋯あっ⋯!⋯すっかり忘れてた。 人が通れるスペース分だけ簡単に物を寄せただけの、物やダンボール箱で溢れ返っている目の前の廊下。その先に続くリビングだってまだ片付けは終わっておらず、ここと対して変わらない景色が広がっているだけだった。 そりゃ、ビックリするよなぁ。俺だって言葉に詰まっちゃったもん。 多分これが俺の部屋とかだったらまだイメージ通りというか、⋯自分で言っちゃうのもあれだけど。 案の定、中に進めば進むほどあれだけお喋りだった吉村の口数が明らかに減っている。 それはそれで逆に良い効果なのかもしれない。 「そのデッキの中に入ってるから。後は⋯何処にやったっけか」 「⋯⋯っ待ってアキ!そこじゃなくて寝室にあるから。吉村、俺に着いてきて」 リビングに着けば早速AVの置き場所を吉村に知らせる為に動き出したアキがガサゴソとテレビ棚を漁り始める姿に気付き、慌ててその動作を止めれば残りは寝室に置いたままだという事を知らせる。 ⋯あっぶな。また片付ける場所が増える所だった。 吉村を引き連れて寝室まで向かえば、ベッドの上に置かれたままの紙袋の中から目的のモノを全て取りだして吉村に差し出す。 「多分これで全部だと思うけど」 「ん、ありがと。⋯⋯もしかしてだけどさ、ここ、お片付け最中だったりする?」 「まあ⋯そんなとこだけど。」 「だって明らかに向こうと現状が違うからさ、変に整頓されてるって言うか」 「⋯⋯あんまりアキの前でそういう事言わない方が良いよ」 『変に整頓されてる』だなんて、まあ⋯確かにそうなんだけど。 一応自分の部屋が散らかってしまっている状況をアキ自身が気にしてるって事を何となく察しはしている為、念の為に吉村に口止めをしておく。 これ以上言葉に気を付けた方が方がいい事も合わせて。

ともだちにシェアしよう!