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隠し事19 終わり
「いくらなんでも、暗すぎ」
「だから言ったろ、ちゃんと時間確認しろって」
結局あれから何だかんだどうだこうだ、俺から離れたくない夕との攻防戦を繰り広げながら気付けば結局温もりにやられて意識を手放し、そして目を覚ました頃に再びベタベタと俺に触れる夕と触りたい、触るな、そんな押し問答を永遠に続けていればまあ、こうもなるわな。
気付けば所謂夕飯時、と言う訳で、周りが暗くなっている事に漸く気付いたのらしい夕をやっとの思いで引き剥がし、一旦夕の部屋まで戻る事に。
「だってさあ、まさか、アキといちゃいちゃしてた位でこんなに時間経ってるだなんて思わないじゃん」
「馬鹿みてえに長すぎんだよ、お前のいちゃいちゃってやつが」
「そんなこと絶対に無いって!ただちゅーしたりさ、ギューってしたり、アキの顔見てただけでこんなに時間経っちゃってさ?もっとアキとの時間をゆっくりじっくりにしてくれなきゃ困っちゃう!!」
「⋯勝手に言ってろ、しょうもねえ」
「しょうもない?!アキとの時間をしょうもないって言った?!は?!」
こいつは本当に同じ日本語を話しているのだろうか。理解が出来ない感性ばかりで訳が分からない。ってかどうでも良い。そんな俺の態度が気に入らなかったのか、また訳の分からない癇癪で俺との時間の大切さについて永遠に語り出す夕に、はぁあ、と盛大な溜め息を吐き出す事しか鬱憤を晴らす方法が見つからない。
そもそも、好き勝手に何時間も体をベタベタ触られてただけの俺に身にもなってみろ。この世界中で時間を無駄にしてる人間ナンバーワンだろ。こんなん。
やっと夕の部屋に着き、鍵を開けてもらい中に入る。ほんの数分、外を移動しただけでカチカチに冷えてしまった体を擦りながら、やっと訪れた開放感にぐっと身体を伸ばして解す。ふと、そのタイミングで後ろから伸ばされた腕が腰に巻き付き、互いに密接になるこの状況。またか。
「おい、お前さ、ほんと⋯何回俺の事触れば気が済むわけ?」
「何回触っても気が済むことが有るわけないじゃん。アキと俺がくっついて1つになればいいのに、っていつも思ってるけど」
「それはそれで、なんかやだわ。拒否」
「ええ〜?!また意地悪な事ばっか言うんだから」
「別に何も意地の悪い言葉なんて伝えてねえだろ」
「そういうとこ。ほんとに止めた方が良いよ?俺はいっつも傷ついてるんだから」
分かりやすくしゅん、と悲しそうに眉を寄せて居れば何かしら気にかけてくれる。そう夕が気付いて演技をしている事なんてとうに見破っている。その表情に俺が弱い、って事を勘付かれている事がそもそも問題なのだが。実際、気を張ってないとすぐに流されてはしまう。今回ばかりは流石に分かりやすい方だっただけなのだろうが。
それにしても、距離が近過ぎる。止めない限り俺にくっ付いている夕を引き剥がし、一旦釘を刺すべく違いに向き合う様な形で背後に居た夕に視線を向けてはその顔を覗きながら、一体何なんだと先程からの行動を指摘して
「なあ、いくらなんでも俺に触りすぎなんじゃねえの?今までそんなんじゃ無かったろ、何。今日のお前おかしくねえか?」
「⋯⋯別に、今までも、ただ我慢してただけだし」
「そうじゃねえだろ。トイレにまで引っ付いてきて、ドア閉めろ、ったらいじけるし。度合いを考えろって言ってんの」
「トイレに関してはさあ、別に恥ずかしがらなくても良いって言ったじゃん。俺別にアキの大っきい方だって見守ってあげられるよ?」
「それだけは本当に勘弁してくれ」
本当に、しつこかった。たかがトイレ、水分補給、ちゃんと夕を引き剥がす度にその理由を伝えて居るのだが、それでも絶対に嘘だ、信じられない、そう言ってひたすら執拗に俺の後を着いて回る夕にごめん、と謝ってみても絶対に離れてくれなかったのだ。何に対して謝ったのかは、正直未だに分からない。まあ、我慢にも限度はあるので、トイレのドアを解放したまま、初めて俺は人の前で見守られながら小便とやらを、やるしかなかった。思い出す事さえもしたくないわ、あんなん。
「だ、って⋯⋯もし、俺が目を離した隙に吉村のとこに行って2人でヤってたらどうしよう、って心配なんだもん」
「は⋯⋯?んだよ、急に。なわけねえだろ。それに、あいつの事どうとも思ってねえから」
「⋯⋯言ってた、から。俺とやりたくないなら吉村の事呼び出してそっちとヤるって。だから、吉村とヤってみたい、とかそんなんが少しでもあるのかな、とか」
なるほど。吉村に押し倒され、触られていた夕の事がどうしても許せなくて脅す為に伝えていた売り言葉に買い言葉が未だに引っ掛かり気になっていたのか。
あんなに適当で、感情任せに伝えてしまっていた言葉が綺麗にぶっ刺さっていた事に漸く気付いた。結局あの後真昼間からヤッてしまったが、それで綺麗さっぱり忘れたかと思っていたが。今だから言えるが、何でそんな事を俺は伝えてたんだろうな。マジで想定外にも程がある。
その事に関しては俺に非があるのだろう。そして、夕の過剰なスキンシップが俺の言葉を引き金として行われていたのであれば、尚更、認めたくは無いが、自業自得、と言うかなんというか。俺が悪い事になるのだろう。咄嗟に出た言葉とは言えど恋人以外の男とヤる、そんな言葉聞きたくもねえわな。俺だって、夕の口からは聞きたくもない。
そうなれば話は変わってくる。素直に謝るのも気は引けるが、今回の事に関しては正直に伝えてあげるのが解決策なのだろう、深い深呼吸と共に気合いを引き締め直せば、改めて夕の顔を真正面に捉え直して
「その件に、関しては俺が悪かった。⋯のかも、しれない。⋯⋯あれはただの強がりだ。お前以外と、その、⋯ヤりたい、だなんて、思った事は1ミリも無いから」
「⋯⋯ほんと?アキの意地っ張りは知ってたけど、でも、ちょっと不安になっちゃって。あんなクズで人でなしで変態な吉村の名前が出てくる事も不安だったし、なんでそもそも吉村を相手に選んだんだろって」
「お前ほんと、吉村の事になると口が止まんねえよな。別にそこら辺に特別な意思はねえよ。吉村を特別に思ってる訳でも、吉村だからって敢えて選んだ訳でも無い。ほんとに⋯ただの何の意味もない言葉だった」
「分かっ、た。ほんと、だよね?ただのアキの強がりで言っちゃったってだけで、本当は俺意外とセックスなんてしたくないし、俺以外に触られたくも見られたくもないし、俺意外と付き合うとかヤるとか、そんなん思いつく事も、あるわけがないよね?」
「⋯⋯まあ、そういう事かもしれないな」
「やっぱ、そうだよね!!良かった、俺が考えすぎてただけだったんだぁ!安心した⋯アキはさ、俺だけのものだし、絶対俺以外に触られちゃダメだし。絶対俺から離れられないもんね?」
なんか、違う方向で話が片付いた気もする。俺への執着心を隠しもせず、堂々と自分以外の他人を切り落として絶対的な存在だと、俺に言い聞かせる様に顔を覗き込み瞳を真っ直ぐと見つめられては流石に言葉を間違えたかと、迷いが出てしまう。ほんの一瞬、泳いだ俺の瞳でさえも逃さない、と俺の顔を両手ですくい上げて怪訝に眉を寄せる夕の視線とばっちり、強制的に視線を合わせられる。
「ね、絶対にそうだよねぇ?今は、俺から目を離しちゃ絶対にダメ。これはさ、約束じゃなくて絶対、なの。分かる?」
「⋯⋯わか、ったから。良いだ「駄目。また他の所見てる。何?ほんとは吉村とヤリたいんじゃないの?絶対許さないけど」
「だから違うって、アイツは別に今関係無いだろ」
「は⋯?吉村の肩を持つ気??アキがちゃんと俺の目を見て分かった、って言えるまで絶対に離さないから」
「⋯⋯ちゃんと聞いてる、だろ」
「ダメ、今瞬きした。俺の目をずっと見てってば。まあ、今は見れない、ってなら別に俺は何時間でも待てるから。いつまでもアキの顔を見てられるなら、ずっとこうして、待っててあげるよ」
実際に言葉を伝えた時とは違う、その時ばかりは状況的に俺が優位なだっただけなのだろう。あの動揺し、弱々しく見えていた夕とは異なる意志の強さを感じてしまえば、俺の選択肢は一つだけで。ただ俺の顔を固定してるだけの腕は一切びくりともせず、自力で外す事は許されないのだろう。
今後一切、同じ言葉を言っちゃダメ、考える事も止めろ、一種の洗脳の様にそう強く念を何度も押されては、分かった。そう告げる事しか出来ず。一つ一つの言葉に対してちゃんと目を見て受け答えが出来るまで、絶対に解放しないから。と、瞬きでさえ許されなかった状況から数分後、漸く俺の受け答えに満足したのか、開放されては一気に力の抜ける身体。乾ききった瞳から生理的に溢れ出る涙を見られる前に、ガッ、と服の裾で一気に拭いながら、最後に、悪かった。そう一言付け足せば満足気に微笑む夕の顔。
今までとは異なる色の独占欲。ねっとりと絡みついて離れない、と言うか離さないというか。静かに、隠されていた感情を俺は一つ、夕から引き出してしまったのだろうと考えてみる。
まあ、それでも⋯⋯別に⋯
何事も無かったかの様に「今日の夕飯は何食べよっか?」だなんてご機嫌な夕の姿に、俺は、心の奥底で感じた僅かな優越感を抑え込みながら、同じように何事もなく夕飯のことについて考えてみる。
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色んな形の隠し事。それが目に見えるものでも、目に見えない形でも
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