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隠し事 21

「⋯⋯、⋯」 ふとした瞬間にぱちりと目を覚ます。 俺の顔に当たる光が柔らかなオレンジ色に色付いていて、眩しい筈のそれが落ち着いた雰囲気を作り出している事に気付く。 ⋯⋯っもう、夕方か。 ぼんやりとした頭のまま周囲を見渡してみればそこは見慣れた夕の部屋の寝室で。正直、なぜこの時間に俺は眠ってるのか理解さえまだ追いついてなかった。 ⋯⋯喉がカラッカラなんだが。 と言うか、そもそも痛え。 一旦水分補給を求めて起き上がった身体でさえ異様に重く、風邪でも引いてしまったかと気合いでベッドの縁まで移動し立ち上がろうとしたその瞬間、足にうまく力が入らずにドタン!!っと床の上に派手にぶっ倒れてしまった。 「い゛っ⋯⋯て、ぇ⋯」 思わず漏れてしまった俺の声は驚く程に掠れている。 その瞬間、一気に全ての記憶が俺の頭の中に戻って来てしまった。 ⋯⋯そうか、そりゃこうなるわ。 異様な身体の怠さや喉の痛みや掠れ、そして力の抜けた足腰。 くっそ⋯ダルすぎる。 別に行為自体がどうこうとか今更そんな事なんてどうでも良かった。⋯結局夕に全てを委ねたのは俺自身だしな。 ただ、思うように動かせない自分の身体にため息を吐き出したその時、閉ざされてた寝室のドアが開き、夕の顔がその向こうからひょこり、と現れる。 「あ⋯っ、⋯?⋯だいじょーぶ⋯そう?」 「⋯これが大丈夫に見えるのか?」 「⋯⋯絶対そう⋯だよね。ごめんアキ。ちょっとだけ待ってて」 バッチリと視線が合った夕の問い掛けに対して、素直に大丈夫では無いと伝える。⋯確か、行為後の俺の面倒をこいつに託す約束はしてた筈。それなら素直に身を任せる他に選択肢は無いだろう。 俺の状況を全て理解したのか、バタバタと慌ててドアの向こう側に戻っていく夕の後ろ姿を静かに見送る。 開かれたままのドアの向こうからふんわりと鼻をくすぐる、美味そうな匂い。 飯作ってたのか。 学校では頼りなくすっ転んでばっか居る不器用そうなコイツは、私生活に切り替わると案外何でも出来てしまう。 なんなら飯を作らせたら俺より完成度の高いものを仕上げてくるんだもんな。俺よりずっと丁寧に生活してる夕の習慣は、共に生活を始めた頃から今までも変わりなく続けられている。 生活力の低い俺の不足部分を補うように何も言わずとも何でも喜んでやってくれるこいつに、ほぼ甘えて生活してる様な感じではある、か。 まあ、とは言えど⋯そもそもすっ転んだままの状態で待つのはなんと言うか、マヌケがすぎる。 ゆっくりとベッドに手をついて、這い上がる様に起き上がっていたその時、改めてドアの向こうからやって来た夕の声が背後から聞こえてきた。 「はいはい、お待たせ〜っと。あ!俺が手伝ってあげるから待っててねって言ったのに!」 「別にんな事くらい⋯⋯」 「それが出来ないからベッドから落ちたんでしょ?別に平気だし、大人しくしててよ」 ──ぐうの音も出ないとはこの事か。 結局、平然と夕に抱き抱えられる状態でリビングまで移動させられていく俺の身体。そのままソファーの上に降ろされて待ってるようにと改めて告げられる。 「そこで待っててよ。もう少しで作り終わるから、勝手に他のとこ行かないで。それで、何か欲しいものは?ある?」 「⋯⋯水」 「うんうん、分かった。アキの声カッスカスだもんね。沢山飲んでよ」 パタパタと離れていった夕の後ろ姿にちらりと視線を向けた後、ダルい身体をソファーの背もたれに預けて身を委ねてしまう。 結構寝てた気はするがまだ眠気が体の中に残ってるような、そんな気だるさも俺の身体にまとわりついてくる。 「⋯⋯あれ、アキ?」 「⋯⋯、何」 「あっ!なんだ、びっくりしたぁ。また眠っちゃったかと思ったよ」 俺の名を呼ぶ夕の声に気付き、いつのまにか閉じていたのらしい瞳を押し上げてその姿を確認する。水の注がれたグラスを手にしたまま、不思議そうに俺のことを覗き込む夕の視線とバッチリ目が合う。 「⋯⋯まだまだ眠い?」 「いや⋯まあ眠いっちゃ眠いけど」 「ん〜、⋯別に体調が悪い、とかそんなんでは無さそうだね。」 グラスをテーブルの上にコトン、と置いた夕がそっと隣に来る。静かに弾むソファーの弾力と共に夕の指先が額に触れて、顔を覗き込まれた事でバッチリ視線が絡み合う。 普段は冷えてるその指先も料理中だと温かく、心地の良い体温が伝わって来る。 「俺の手気持ち良かった?」 「⋯気持ち良いってか、普段よりあったけえなって」 「いっつも冷たい!って怒られるもんね」 へへっ、と得意気に笑った夕の両手が俺の頬に触れて、指先で感触を楽しむかのように撫でられる。 だが、急にハッ!と何かを思い出したかのように俺から離れた夕が、自分の首元をがっ、と引っ張り見せてきた。 「そう言えば⋯!!⋯俺の首元、手当てしてくれる?」 「⋯⋯救急箱」 「はいは〜い!ちょっと待っててね!」 俺の言葉通り、バタバタと定位置まで取りに戻る夕の後ろ姿を静かに見守る。 自分でやりゃ良いのに、んな事を言ったって「何で?」と、お決まりの台詞で突き返されて場が進まない事を知っている。 普段はすぐに折れる癖にこう言う時だけは絶対に譲らねえもんな。 未だにその心中を理解出来てる訳では無いが。 やがて馴染み深い救急箱が目の前に運ばれて来て、そのまま手渡される。 ソファーの上で俺と向かい合う様に腰を下ろし、「はい!」と、緩く首を傾げながらスウェットの襟元が引っ張られ、処置がしやすいようにと差し出してくれたその状況をちらりと確認し、消毒液と絆創膏を箱の中から取り出す。 「もう痛みはねえの?それ」 「ん〜?服に当たったら痛むなぁ〜くらい。」 「⋯⋯そうか」 相変わらず薄っぺらいのな。こいつの傷に対しての感想は。 きっと内心はどうでも良い事なのだろうが、俺が構ってくれるならと今回の処置もわざわざ俺が起きるまで待ってたのだろう。 ⋯⋯もうそう言うの要らねえのにな。 こいつはいつだって俺の事ばかりで周りが全然見えていない。何故なら俺を中心としてこいつの中の世界は成り立ってる様なもん、らしい。なんか前に随分誇らしげに自慢してた気がする。 よく分かんねえけど。

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