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隠し事 24 終わり
⋯⋯⋯やってしまった。
時々夕の様子を確認しながらゲームを進めてたつもり、だった。
いつしか目の前の画面ばっかに夢中で確認を疎かにしてしまった結果、やけに重く感じる俺の身体や背後から聞こえてくる規則正しい寝息。
それに気付いた頃にはもう遅かった。
「⋯⋯っおい、夕。」
分かっては居たのだが、声を掛けた所ですぐに目を覚ましてくれないのがこいつの寝相の悪さと言うか、⋯なんて表現すんのが正しいのかよく分かんねえけど。
とか、んな事はどうでも良くて。
夕の体重が俺の身体に掛かればかかるほど、俺の身体が軋み悲鳴を上げていく。
⋯⋯仕方ねえ。
「こうするしかねえもんな。」
がっ、と夕の身体を押し退けて俺から離してしまえば、そのままソファーの上に沈んでいく夕の身体。
油断しちまった俺が悪いな、こりゃ。
普段は俺と絶対一緒に寝る、と言い張って聞かない夕の事だが、今回ばかりはどうしようも出来ない。
画面を消した携帯をポケットの中に入れて、重たい腰をゆっくりと上げていく。
⋯⋯っくっそ痛え。
ゆっくりと身体に響かないように壁を伝いながら寝室まで向かえば、そこから夕の分の布団を引っ張ってソファーで寝てるその身体に掛けてやる。
そして寝室に戻った頃に迎える体力の限度。
「マジで勘弁だわ⋯」
互いにヤり疲れてんだろうなと珍しく早めの時間に寝落ちしてしまった夕の事を思い返し、ふう、と息を吐き出す。
這い上がる様にベッドに上がり、そのまま布団の上にダイブしてしまう。
結構長めの昼寝をしてしまった後でも身体は更に疲労回復を求めるかのように、静かな睡魔が再び訪れてしまう。
そして気付けば俺も、意識を飛ばしてしまっていた。⋯⋯様だった。
「アキのばか」
「仕方ねえだろ。寝んな、って言ってんのに寝てんだから」
「でもさぁ〜!起こしてくれたっていいじゃん!」
「それでも起きなかったのはお前の方だろ?」
何やかんや迎えた朝。がさごそと何かが動く気配や物音に気付き目を覚ました瞬間、俺の視界に映ったのはムスッと怒った表情を浮かべたまま、俺のことをじっと見てる夕の姿だった。
結局あの後ソファーでぐっすりと眠ってしまっていたのらしく、気付いた頃には朝になってたと。
隣に居ない俺を探しに寝室まで来てみた所、ちゃっかりベッドで眠ってた事に腹を立ててるらしい。
俺の言葉に更に気を悪くしたのか、ぶすっ、と更に不満が顔に広がり、引き結ばれる夕の口元。
まあ多少⋯⋯は、俺も悪いのか。⋯よく分かんねえけど、そういう事にしておくか。
⋯ったく、子供みてえに手の掛かる奴。
「俺と一緒に眠りたかったのか?」
「⋯⋯いっつもそう言ってるじゃん」
「分かった、此処に来い。」
朝とは言ってもまだ明けたばっかの空が広がってるだけで、目を覚ますにはまだまだ早い時間帯ではあった。
少し身体を端の方に寄せて、俺の隣をポンポンと軽く叩けば怒った表情の中に見える、驚きの色。
少し悩んだ表情を見せた後、素直に俺の隣まで来た夕の身体を抱き寄せてやり、そのまま寄り添うように寝てしまう。
「今からまた寝りゃ良いだろ。これで恨みっこナシだからな」
「⋯⋯⋯もっとぎゅってして」
「分かった。これで良いか?」
「⋯⋯いい」
怒りと、驚きと、照れと、安心、色んな表情が混ざり合わさった夕の顔をじっと見ていれば、静かに告げられる要望。
更にぎゅっと夕の身体を抱き寄せてやれば、俺の胸元に顔を擦り付けながらそれで満足だと静かに頷いている。
⋯⋯苦しくねえのか、こいつは。
「⋯⋯あき?ねた?」
「まだ」
「⋯⋯、⋯身体、どう?」
「⋯どうだろうな。ちゃんと動いてねえからよく分かんねえけど」
「⋯⋯そっかぁ」
しーんと静まり返る室内で、不意にもぞもぞと動き出す気配を感じて静かに閉じていた瞳を押し上げる。
俺の胸元で、じっと俺の顔を見上げながら脈略の無さそうに聞こえるその問い掛けに答えてやってたが、案外分かりやすい形で見えてきたその質問の本質。
⋯⋯、⋯そういう事か。
「⋯何、朝から溜まってんのか?」
「⋯⋯ん⋯と、⋯アキとこうやって⋯ぎゅってしながら寝てたら⋯なんか⋯色々思い出しちゃって」
「お前はさぁ⋯⋯」
互いに身体が密着し合ってる事で本人に自覚は無いのらしいが、硬くなってるもんが俺の足に当たっている事に気付いてしまっていた。
やっぱそうだよな。
はぁあ〜⋯と溜息を吐き出してしまえば、何だか気まずそうに逸らされる視線や、もじとじと足を擦り合わせている夕の動作が伝わってくる。
普段なら素直にヤりてえだの騒ぐ癖に。
まあ、昨日の今日でコイツなりに気を遣ってくれてるんだろうが。
⋯⋯別にそういうのも、悪くはないけど。
「夕。⋯⋯昨日の会話、覚えてるか?」
「⋯⋯どれ、だろ」
「俺とヤりてえ時は、どうすんの?」
「⋯⋯っ、あ!⋯ん、でも、俺今泣け⋯ん〜!⋯泣ける⋯かなぁ⋯」
「じゃあ今日はお預けだな」
不意に昨日の夕とのやり取りを思い出す。別に普通に誘ってくれるだけでも良いが、それだと面白みが無い。
コイツの事を揶揄うつもりで告げた言葉ではあるが、俺の言葉を聞いた瞬間、はっ!とした表情でぎゅっ、と握りしめられる俺の手。
体制的に上目遣いの様な、そんな状況下で俺の瞳をじっと見つめているこいつの顔は何とも情けなく、締まりの悪い顔をしていた。
「⋯⋯っ、おねがい⋯!⋯1回⋯だけでいいか、ら⋯、シても良い⋯ですか?」
「何をやんの?」
「あき、と!えっち⋯⋯が、したい⋯!!」
「⋯⋯っは!まあ、良いんじゃねえの」
必死すぎんだろコイツ。
慌てて懇願するかのように告げられた言葉に思わず笑ってしまいそうな口元を引き結びながら、それだけ出来りゃ良いだろうとゆっくりと気怠い身体を起こしてその口元に軽く触れるだけの口付けを落としていく。
そして流れるように夕の首筋まで口付けを落としていけば、そこにくっきりと残っている傷跡が俺の視界に映ってしまう。
──あぁ、そうだったな。
静かにそれを見つめた後、引き寄せられる様にそこに歯を立てていく。その瞬間目の前の身体がビクリと震え、そしてその痛みに耐えるように引き結ばれる夕の口許。
偉いな。
やがて口内にじわじわと広がっていく鉄の味を俺の体内に染み込ませるように、もう一度、深く歯を立ててしまう。
その瞬間、俺の喉奥に広がっていくどす黒い渦のようなもの。独占欲や嫉妬にも似た様なその色は、俺の唾液と共に喉奥まで呑み込まれてしまった。
こいつの事を求めている様で、その裏側では別のモノが蠢いている。一晩経った今でも忘れ去られる事の無い、あの瞬間の出来事が。
だけど、それを悟られてしまわないように今度はとびっきりの快楽を与えてやる。
何故なら、俺の感情はいつでも冷静で静かなものだと自分自身にも言い聞かせなければいけないから。
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色んな形の隠し事。それが目に見えるものでも、目に見えない形でも。
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