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転校生 2

一度は誤魔化せた睡魔も、1限目、2限目と時間が進むにつれて再び限度がやって来る。何度抗っても眠気には勝てずにコクリと頭が大きく沈む度、背後から嵐が何かと気にかけてくれる。が、それもとうに限界を越し、意味の無いものに変わっていた。 ただでさえ今朝から担任に目を付けられてる立場だって事は十分に理解している。だが、気力でどうにか出来るもんでもないし、無理なもんは無理。 「⋯⋯っなあ。お前がさあ、俺以上に先生から注目浴びる方法とかねえの?」 「おー?例えば?」 「⋯急に、クラスの中走り回る⋯⋯とか。奇声あげても良いし、取り敢えず目立つ方法色々試してこいよ」 「無茶振りにも程が有るって明樹さんや。転校初日で俺が変な奴、って皆から避けられたらどうすんのよ」 「あ〜⋯⋯その時は俺が責任取るから」 「何その男前なセリフ。今この状況で言われてもぜんっぜんときめかないから」 じゃあ何か方法ねえの??とぐだぐだ唸っていれば、あ!と、何かを思い付いたのらしい嵐の声につられて視線を向けてみる。 「分かったわ。1回さ、俺と席変わってみる?次の授業って確か⋯うちの担任じゃない別の先生が来るから、って教えて貰ったんだよ。だとしたら、バレなさそうじゃね?」 「⋯お前天才」 「お、おぉ⋯もっと褒めてくれたって良いけどな」 「ほら、早く前行けって」 「⋯⋯気の早い男って嫌われるゾー」 ぽっと出のアイディアとしては優秀すぎるだろコイツ。 そうとなれば次の授業が始まる前にさっさと席を替えてしまいたい。さっと立ち上がり嵐の机の前で待って居れば、ハイハイ。と気前よく席を変わってくれた事を良しとし、早速目の前の椅子に腰を下ろし改めて前の景色を確認する。お、もしやこれって⋯ コイツの背の高さで俺の事って前から何も見えねえんじゃねえの? 「お前最高だな。その身長大事にしろよ」 「お〜???授業中に堂々と居眠り出来る幸せな時間を大切にしろよ??貴重だからな??な??」 「っ⋯⋯やめろ、頭もげるわ」 「もげちまえ、このっ⋯!!」 俺の皮肉に気付いたのか、ニコニコと笑いながら頭上に伸ばされた嵐の両腕が俺の頭をガシッと頭を掴み、髪の毛を揉みくちゃにされる。やめろ、と静止の言葉を漏らすが、それでも好き放題に俺の髪の毛は遊ばれたままだった。 結局転校生に興味津々なクラスメイトにいつの間にか周りを囲まれ、声を掛けられる事でようやく満足したのか嵐の手は止まったが、それで解放⋯される訳もなく、何故かそのままズルズルとその輪の中に引きずり込まれて貴重な休み時間はあっと言う間に過ぎ去った。 「どう?ぐっすり眠れた?」 「⋯⋯お陰様で」 授業開始と共に手放した意識が完全に戻った頃には既に4限目の号令を終えた後で、昼食時のガヤガヤとし始めた周りの騒音で目を覚ました。 顔を上げると丁度俺の方に向きを変えた嵐と目が合い、俺の返事に満足したのかウンウンとご機嫌に頷いている。 「ん〜?お、目の下のクマもスッキリしてんじゃん。そうそう、初めて会った時もこんなキラキラした目してたもんな〜」 「⋯⋯何だよ」 話の流れで謎に俺の顔まで伸ばされる嵐の両腕。 あ?さっきのデジャヴか??と身構えるが、そのまま俺の頬がその両手で包み込まれ、両方の親指の腹でグリグリと目の下ら辺を揉み込むように押される。 正直マッサージのような感覚で嫌な気はしない、が、如何せん力加減がなってない。 「っおい⋯労る気があんならその力加減どうにかしろ」 「労り?なーに言ってんの。こちとら盾にされたお陰でずっと姿勢崩せなくて腰と背中が逝かれるかと思ったわ。⋯⋯もっとクマ増やしてやる」 「ま、じでこの⋯っ⋯馬鹿力が⋯!」 ただの俺への腹いせだった事に気付いた時には既に遅く、ぐりぐりと押される度にそこから痛覚が走っていく。 魔の手から逃れようと目の前の事に夢中になっていれば、突然のしかかってきた別方向からの重力のベクトルに対処出来ず、そのまま俺の顔は机の上に押し込まれる様に沈んでいった。と言うか机に顔面を強打した、って表現のが正しいのかもしれないが。次から次へと⋯⋯なんなんだ⋯ 「お、夕じゃ⋯⋯って、お⋯っと。すげえ音⋯」 「あーらし!!ひっさしぶりじゃん!!元気だった??」 「おー、めちゃくちゃピンピンしてるぞ。夕の方こそ元気⋯⋯って聞かなくても見た目通りだろうな」 俺の顔面は机とゼロ距離で向き合った状態のまま、頭上で話が進んでいく。恐らく加減もなしに突っ込んできたのであろう夕の重さに堪えきれずこの状況になったのだろうな、という事までは簡単に予想が出来るが、起き上がろうと力を込めれば込めるほど逆に夕の力が強まり一向に起き上がれずに居る。コイツ……わざとやってんな。 「っおい、ゆう⋯!!」 「でさ〜、嵐ってこの学校の中色々見て回ったりしたの?」 「いや、朝職員室まで行ったっきりでまだ何も分かんねえんだよな〜。⋯あ、何?2人で案内してくれんの?」 「そりゃもちろん!隅から隅までぜ〜んぶ教えてあげる!早速今日の放課後とか!ヒマ??」 「うわ〜そうそう!ちょうど今日暇だったんだよな〜。しかも放課後ピンポイントで!マジで助かるわ〜!⋯⋯⋯じゃなくて、明樹が潰れてますってお兄さん」 「ん〜?あぁ、ほんとだぁ。アキ〜?なあにしてんの。今日ず〜っと眠ってたでしょ。ちゃんと先生の話は聞かなきゃダメじゃん」 何度足掻いても無理なもんは無理。本人に解放する気が無ければどう足掻いても無駄だろうと半ば諦めた状態で頭上の会話が終わるのを永遠に待つしかない。机の上で突っ伏したままの俺の上に、覆い被さる様に乗ったままの夕の体重が徐々に重く、のしかかり続ける。⋯⋯っ、苦しすぎる。 漸く嵐が指摘してくれた事で身体が軽くなった事に気付き、バッ!と開放された勢いで顔を上げてみれば何事も無かったかのように俺に説教を始める夕の顔をギリッ、っと睨み付ける。 「………お前さ、俺の事物かなんかだとでも勘違いしてねえか?」 「何言ってんの。アキはアキでしょ。⋯⋯ね?嵐もそう思うでしょ?」 「やめとけやめとけ、そもそも俺のこと挟んで喧嘩すんなってーの。今から昼飯食いに行くんだろ?」 相変わらず的を得ない夕の答えやピリピリとした俺達の空気感に気付いたのか、はい!終わり!と場の空気感を変えるように立ち上がった嵐の一声で互いの意識が逸れるのを感じる。そうか、昼飯⋯そういや朝飯も食ってねえんだった。 「⋯⋯腹減った」 「んじゃ、案内よろしくお願いしますしますね。先輩方」 「は〜い!任せたまえ後輩よ!」 机に打ち付けた顔を擦りながら、「はやく〜!」と夕に急かされるまま財布と携帯を取り出して席から立ち上がる。 だが、俺を急かした割にはまだ手ぶらで準備も何も出来てなかったのしくそそくさと自分の席に戻り支度をしている夕の後ろ姿に盛大な溜め息が溢れ出す。 「⋯⋯あー!!!噂の転校生クン!ほんとに居るじゃ〜ん!」 夕と入れ替わる様に現れた聞き慣れた声が背後から聞こえる。本来の目的であろう人物を見つけて嬉しそうな声を上げながら、ちゃっかり俺の背後にべったりとくっつきそのまま回された腕が俺の腹部に巻き付かれる。 「なになに、もう転校生クンの事も魅了しちゃってる感じ?ほんと罪な男だよねえ〜明樹って」 「んな訳ねえだろ。元々知ってたんだよコイツの事」 「えっ⋯?それって元々幼馴染でした〜とか、昔から仲良くて〜とかよくある設定的なそんな感じ?」 「設定⋯、とは?何それおもろいやつ?」 吉村の『設定』と言う言葉に反応し、興味を示す嵐の反応に再び溜め息が漏れてしまう。どう考えてもまともに選んだ言葉じゃねえだろ。 「おい、止めとけ。どうせくだらねえ事しか考えてねえんだから」 「ちょっとお〜?もし俺が真面目に考えて出た言葉だったらどうすんの〜!可哀想じゃん。ねえ?⋯⋯って、どうしたのその顔。真っ赤なんだけど」 ふと、俺の顔を覗き込んだ吉村の表情が少しだけ驚いたものに変わる。きっと夕からの衝突で机に顔面をぶつけた際の余韻がまだ残っているのだろう。 伸ばされた指先が鼻先や頬、前髪を軽くすくい上げて額の様子を捉え、痛そうだと触れるように撫でられる。慰めている様で、さり気なく指先が唇を何度も掠めたり不自然な動作も混ざっているが。 「まあな〜、色々あったと言うかなんと言うか。俺も状況自体はよく分かんねえんだけど」 「ふ〜ん?転校生クンが側にいても分からない事なら仕方ないよねえ。どうだ、俺が舐めて治してあげよっか?」 「⋯⋯は?お前本当に気持ち悪い事しか言えねえんだな」 「気持ち、悪い⋯?ガーン。明樹までそんな事言っちゃうようになったんだ⋯悲し。⋯⋯⋯って、アレ。今日はセコム居ないの?めずらし」 「ずっと此処に居ますけど。やめろよ、アキの顔が腐るだろ」 いつからそこに居たのか、明らかに不機嫌な表情を浮かべた夕の腕が吉村の顔をガッ、と掴み、俺と吉村の間合いに無理やり入り込んでくる。 夕の身体に押される様にしてやがて吉村との距離が離され、改めて嵐の隣に並ぶが、同時に「いてっ!!」と悲鳴の様な声が背後から聞こえてくる。何事かと視線を向けてみれば夕が無言で吉村の足を何度も踏み付けていた。 が、止める理由が俺には何も無い為放っておく事にした。⋯まあ、自業自得だろうな

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