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転校生 11
「⋯⋯⋯⋯⋯ゆ⋯。お、⋯い⋯ゆ、⋯っ⋯⋯夕!!」
「っは!!!い!!!」
突然風呂場に響き渡る俺の名を叫ぶ声で、ハッ!と目を覚ます。
しまった⋯⋯眠ってたのか、俺。
本当はシャワーだけでさっさと終えるつもりだったが、体の芯まで冷えきった体温がそれだけでは戻ることは無く、湯船に湯を張って身体が温まるまで。と少しだけ瞳を閉じたところまでは、覚えてる。
それからどのくらいの時が経ってしまっていたのだろうか。調度良い湯加減だった筈のお湯がすっかり冷め、再び俺の身体は冷えてく一方だった。
⋯⋯どんだけヘロヘロだったんだよ⋯
「⋯⋯お前のその顔色どうにかしろ。唇も顔も真っ青になってるぞ」
「あ〜⋯まさか寝るつもりは無かったんだけど⋯」
「もっかい湯替えて入り直してろ」
「はあい⋯⋯」
は〜⋯とため息を吐き出しながら片手間に湯を抜いてしまう。どうせまた中に入るのなら、わざわざ立ち上がってまで湯船から出るのはとてもとてもめんどくさい。
湯船の中に腰を降ろしたまま、その縁に顔を乗せてぼんやりと水が抜け切るのを待って居れば、俺に指図をした後にドアを閉めたアキが今度は裸のまま風呂場に入って来た。
「わ⋯ビックリした。お先に入ってます」
「お前が出したヤツで身体カピカピになってたわ。まだ風呂入ってねえし、⋯⋯お前と飯も食ってない」
「一応俺拭いてあげたんだけどなぁ〜。⋯⋯⋯ん〜!そう言われたら、俺もお腹空いてきたかも」
暗闇だった分見えてない部分も多かった様で、そればかりは確かに仕方ないか、とシャワーを浴びるアキの姿を暇つぶしに見つめる。『ご飯』と不意に呟かれたワードにゆるりと顔を上げれば、改めて数時間前にアキに伝えられた言葉を思い出す。
俺も、ほんとに1人で食べるご飯は寂しかったもんなぁ。⋯でも、アキもそれは一緒か
⋯それにしても、ほんとにまた痩せちゃったなぁ。
シャワーを浴びるアキの身体を一通り見つめた後に、ぼんやりと再び湧き上がる罪悪感。元々線の細い身体が更に薄く、その骨格が分かりやすく浮き出ていれば、これからは沢山食べさせなきゃな、と意志を固めて。
「ねえアキ。なに食べたい?」
「そこのコンビニで適当に飯買って食えりゃそれで良い。⋯⋯俺もお前も、飯作れる様な体力残ってねえだろ」
「⋯⋯それはそう。ん〜〜!だとしたらなに買おうかなぁ〜!デザートの新作もちゃんとチェックしなきゃだしねぇ!」
「あ〜、⋯⋯またあのシュークリームが残ってくれてりゃ良いんだけど」
「それは難しいかもねぇ。なんか、俺ら以外にも狙ってる人居るんだよ〜って最近あそこの店員さんが教えてくれた。えっと⋯⋯めちゃくちゃヤンキーみたいな、ごつくて⋯ピアスもギラギラで⋯⋯⋯、って、あれ⋯?」
「⋯⋯やけに聞き覚えのある見た目だな」
アキの好物のシュークリーム、という言葉を聞けば、ふと最近立ち寄ったコンビニで店員さんに教えてもらった情報を思い出す。ただでさえ学生利用の多いコンビニでスイーツ関連は毎日すぐに売り切れてしまう。ここが例え男子校だとしても、甘いものは人気ナンバーワンらしい。
その中でも更に人気のシュークリームを探していた人物が派手だったんだよ。と、改めてその時の店員さんの言葉を繰り返してアキに伝えていく。
ここの生徒かどうかは分からないが最近顔を見るようになり、その見た目が印象的で⋯と改めて言葉にしてみれば、確かに聞き覚えがある⋯ような⋯
その時、アキの言葉でピン!とくる。
「もしかして、シュークリームを探してた俺らのライバル相手⋯って⋯⋯。⋯あらし⋯じゃん!確かに、髪の毛の色がシルバーで狼みたいだって言ってた!⋯⋯⋯っはは!うける!あの見た目で甘いの好きなんだ!」
「今度アイツがシュークリーム食ってる所見たら、奪ってやんねえとな」
「それはそうだよ!だって、俺たちが先に見つけたデザートだもん!」
ふふ、と嵐が甘いものを食べてる姿を想像してみるだけで笑けてきた。物腰こそ柔らかく付き合いやすい印象だが、パッとした見た目はまさに大きなオオカミだった。
つられて笑うアキに、にやり、と口許を緩めながらシュークリーム奪還作戦を密かに練れば、明日が楽しみだと期待に胸を踊らせる。
「⋯⋯は〜⋯あったけぇな」
「今入れ直したばっかだからねえ⋯。疲れに効くでしょ?」
「ジジイかよ」
全身を洗い終えたアキが俺の元まで近付き、少し寄れ、と言われるがままに俺の隣にスペースを開けてあげる。ほっ、と息を吐き出しながら、ごくらくだと上機嫌で湯に浸かって居れば、ふと、俺の元まで伸ばされるアキの腕。
目の周りを撫でるように、その指先が目許を擽れば軽く瞳を伏せ、なんだと緩く首を傾げて。
「⋯目、まだ腫れてるな。」
「そうなんだ。⋯⋯ほっといたらそのうち治るんじゃない?こんなのどうって事無いし」
「おい。いつもはバカみてえに泣きながら痛え!って騒いでんのに、やけに冷静だな?」
「な、泣いてたっけな俺⋯」
ふと、指摘される俺の発言。既に怪我の多い俺の行動がアキの注目を引く為だけのモノだとバレては居るが、改めて確認するように問われる言葉。確かに今のは無頓着すぎたか。
元々怪我に対しての執着はそもそも持ち合わせて居ない
⋯のかもしれない。別にどうでも良い。
だけどアキが心配してくれるなら、と別の言葉を捻り出してみる。
「あ〜⋯⋯⋯。ん〜!やっぱなんか痛いかも!⋯あき、俺のここ舐めてよ!」
「目ん玉の中まで丁寧に舐めてやろうか?」
「それ、は⋯⋯ゴメンなさい。」
アキなら本当にやってしまいそうでコワイ。俺の目元に触れていた指先が顎を捉え、グイッと顔をアキの方で固定されてしまえば、やめてくれ〜!と、目許を両手で隠して防御する。⋯⋯が、一向に動く気配の無いアキの身体。
な、なんだ⋯⋯⋯?
ゆっくりと目許を隠していた手を退かしてアキの様子を伺ってみる。
すると、バシャり、と俺の顔に掛かる湯船のお湯。反射的に声を上げながら目を閉じて、顔に掛かった水をぐいっと拭う。
「ばーか、お前ほんとに隙だらけだな」
「⋯⋯っび、⋯っくりした⋯!⋯⋯も、アキがそうするなら、俺だっ⋯⋯っ?!痛゛てえ〜!!」
「ばっ⋯⋯⋯!!⋯おまえ、さぁ⋯!!」
お返しだ!とアキに向けて水を掛けてやろうと体勢を崩した途端、長い間湯船に座っていた足の自由が効かず、盛大に痺れている事に気付く。
やべ⋯!と気付いた瞬間にはアキに飛び込む様にぐらり、と身体が傾き、アキに掛けられた以上の激しい水の飛沫が俺の顔に思いっきり返ってきた。
「⋯⋯あし⋯が⋯すっごぉ⋯痺れてた⋯⋯イテテ⋯」
「家ん中で溺れるとか、冗談じゃねえからな⋯」
「ホントに⋯コワイ話だよねえ⋯」
「⋯風呂場で寝てる奴も居るし、湯船でコケる奴も居るし、マジで恐ろしいよな」
「⋯⋯おれも、そう思い⋯マス」
はぁあ〜、と盛大な溜め息が俺の頭上で吐き出される。
全部綺麗に俺がやってた事を改めて言われてしまえば、何の言葉も出ない。おっしゃる通りで⋯
もう何もやらかさない様にと、アキの胸元にしがみついたまま大人しく足の痺れが治るのを待つ。
「なんか⋯⋯お前ってホント、目が離せないよな。」
「アキだって⋯⋯⋯⋯。これからはちゃんと⋯見てるから」
「ああ、そうだな。俺も夕に見られてねえと⋯⋯気が気じゃ無くなるから」
真正面で伝えられる俺に対する独占欲の破片。普段は一切そんな事口にしないアキだからこそ、その言葉がとても重要で大切なモノだと悟る。俺の髪を梳く様に触れながら、やがて俺に向けられるアキの視線。
その頭の中には他にどんな言葉が隠されているのだろうか。⋯アキの頭の中をがばっ!って開けて、覗けたら⋯幸せなのになあ
そんな俺の思考を知ってか知らずか、「変な事考えてんじゃねえぞ」と釘を刺される。
な、なんで⋯バレてるし。
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