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転校生 5
飯を分け与えてやった事で味を占めた様に俺の定食はその全てが『味見』と言う理由で手を付けられ、その後に残された分をちまちま食べ進めていた、筈。
⋯だったのだが、俺にも夕や嵐が頼んだ分の飯まで味見をしろ、絶対美味いから。と、強要する2人とノリに乗った吉村の飯までも食わされた結果、結局腹パン状態で昼食が終えてしまった。
──あまりにも腹パンがすぎる。
久々に食った大量の飯がこの数日の間に枯渇した栄養素として俺の体内に巡り回ってく感覚を覚えながら、教室に戻る為に食堂を出るその瞬間から飯の重みで俺の足取りは明らかに重くなっていた。
「アキ。ご飯美味しかった?」
「⋯美味かった。けど、量が限界」
さっきまで嵐と吉村と一緒に並んで歩いて居た筈の夕が気付けば俺の隣に並び、顔を覗き込む様な形で問われる言葉。
「俺が居なくてもちゃんと食べて、って言ったじゃん。だめだよ」
「⋯⋯食ってたけど」
誤魔化す為に告げた言葉に、説得力も何もねえ事くらいは分かってる。⋯けど、なるほどな。
そう言う事だったのか。
夕が俺の後に持ってきたその定食の飯は明らかに量が多く、そんなに食えるのかと疑問を抱いていた矢先にその大半が俺に寄越された事を思い返す。
⋯飯の事を思い返すだけでも気が重くなってきた。
「アキっていっつも俺にバレなきゃ良いと思ってるから。ちゃんと見てるんだからね、俺は。」
『ちゃんと見てる』⋯⋯ってか。
そもそもその言葉自体は夕自身にもそっくりそのまま返せるものではあるが、何故かその言葉に対して妙な引っ掛かりを感じてしまった。
⋯⋯見てるわけ、⋯⋯ねえだろ。この数日間コソコソと俺の事を放りやがって。何がちゃんと見てる⋯⋯、⋯っ⋯⋯。
不意に、この数日間の孤独の時間を思い出してしまった事に気付き慌ててその記憶を奥底へと追いやってしまう。
寂しい⋯とか、んなのガラじゃねえ。
その言葉は俺にはきっと合ってないものだろう。
「⋯別に俺が飯食ってろうがどうだろうが、今のお前には関係ねえだろ」
「はぁ〜?!アキの事はぜ〜んぶ俺に関係ある事しかないです〜!!何でそんな可愛くない事ばっか言っちゃうわけ??」
「んなのどうでも良いわ。俺の事は俺が自分で決めっから」
そんな俺の口から出る言葉は夕の言葉通り可愛げも何も無い素っ気ないもんばっかでそれに加えてジロリ、と夕の事を睨み付けてしまう。
今は無性にコイツの事が腹立たしくて仕方が無い。
そんな俺達を他所に、先を歩いていた2人がグルッ、と俺らの方を向いて嬉しそうに近付いてくる。何も知らない顔で、無駄に笑顔を振り撒きながら。
「⋯ねえねえ!嵐にさ、俺達がココの学校の事を色々教えてあげよっかなあ〜って提案してるんだけどさ、今日の放課後とかにでも一緒にどうよ?」
「予定とか有ればそっち優先してもらって構わねえからさ」
「⋯⋯別に何もねえけど。」
「俺も平気!!⋯あっ!ついでにさぁ、嵐の寮の部屋も教えてよ」
俺との対話でムシャクシャした鬱憤を晴らすかのように、俺だけに向けて恨めしそうな視線が突き刺さる。そして、ふんっ!と怒りを顕にした後、憂さ晴らしをするかのように嵐の隣まで近付いて俺から離れていく夕の後ろ姿を静かに見送る。
今日に限っては用事もねえんだな。
俺の心の奥底で再び浮かび上がってしまうモヤモヤとしたその歪な形の感情をそっと奥底に押し込みながら、自分のペースで歩いていく。
「め〜ずらし、明樹がそんな顔してるの。」
「⋯どんな顔だよ」
「なんかぁ、とっても寂しいです〜!とか、そんな感じ。いつもは無関心です〜って可愛いお澄まし顔してるのに、ねぇ?」
しれっと俺の隣に並んだ吉村が俺の顔を覗き込んでくる。核心を突かれてしまった事で一瞬口元が引き攣ってしまうが、ぎゅっ、とその口元を引き締めて誤魔化してしまう。
⋯どいつもこいつも人の顔ばっか見てきやがって。
「んな訳ねえだろ。ちゃんと前見て歩けよ」
「ふぅ〜ん?⋯⋯俺は誰かさんと違ってそんな寂しい思いさせないけどね。どう?俺の事試してみない?」
⋯コイツもコイツで妙に勘が鋭いというか、毎回面倒なとこを突いてくる。その上でこのザマだ。
普段なら何か適当な一言でも返してやってるが、
そもそも、今の俺には吉村の相手をする体力なんて残されてなかった。
腹パンな上に朝から限度を迎えていた眠気がピークに達し、それに加えて機嫌の悪さも相まって吉村が俺の事を見抜いた様に、そもそも余裕というもの無かった。
反応の薄い俺を見て、「ん〜?」と、わざとらしくニヤニヤとした吉村のその顔面が、俺の顔を覗き込まれるように視界に埋め尽くされていく。
「⋯あ〜き。俺の事無視しないでよ」
「俺にどうして欲しい訳?お前は」
「ん〜?だから、俺ともヤってみない?って誘いだったんだけど。もしかして明樹って結構ウブ的な?」
「⋯⋯うるせえ」
まともに相手するだけ無駄だわ。
「そんなところも可愛い!」とか何とか騒ぎながらベタベタと引っ付いてくる吉村の事を引き剥がす気力さえ完全に無くした上で好きにさせていれば、いつの間にかすっ飛んで来ていた夕が俺と吉村の距離を引き剥がしながらいつもの様に2人でワイワイと騒がしい口論が始まっている。
ねみいし、うるせえし。⋯⋯何もやる気でねえし。
──サボるか。
夕と吉村が騒がしい今の内に嵐の元まで近付けば、「後は頼んだ」と一言だけ残し、何の事だと不思議そうな表情を浮かべている嵐の姿を背にしてそそくさとこの場を離れてしまう。
連日の寝不足に加えて騒がしいアイツら2人の声が耳から頭にまで響き渡り、ガンガンと頭痛さえしてしまう位だった。
通い慣れた道を通り、相変わらず人の気がない保健室まで辿り着けば1番端のベッドを選び、さっさと潜り込んでしまう。
─そういやココを見つけたばっかの時もよくこうしてサボりに通ってたっけか。
最近は夕の怪我の処置位でしか来る機会が無くなってしまっていたのだが、俺の唯一のお気に入りの場所でもあった。
陽の光が良い感じに俺の顔に降り注ぎ、そこから温もりが全身に伝わっていく。その瞬間、限度を迎えていた俺の意識はプツリ、と途絶えいつの間にか深い眠りへと落ちていってしまった。
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