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転校生 12 終わり
⋯⋯俺の身体が、変だ。
今朝、目を覚ました時から確かに身体の調子がおかしかった。いつもは体温の低い自分の身体がポカポカと暖かく、そして何よりも、ダルくて痛い。身動きを取る度にズキズキと全身の関節が痛む。
昨日の疲れでもまだ残ってるのかな、と特に気にも留めてなかったが、俺の唸り声で目を覚ましたアキが俺の顔をじっ⋯と見つめた後、「動くなよ」とそう言い残し、部屋を出て行ってしまう。
再び戻ってきたアキの手に握り締められていた体温計で、なるほどな。と、察しがつく。
他人事の様に考えてしまうが、全部俺のこと。案の定「38.5度」なんて、まあまあな高熱具合に乾いた笑いしか出てこない。
だって、喉もカッスカスなんだもん。
「ん゛〜⋯喉も体もぜ〜んぶ痛い⋯⋯あき⋯俺しぬかも⋯」
「んな簡単に人は死なねえよ。良いから、大人しく眠ってろ」
「⋯⋯わか゛っだ⋯」
短い返事でさえもカスカス具合が半端ない。これぞいわゆるハスキーボイスってやつか。
再び部屋から出ていくアキの後ろ姿をぼんやりと見送る。昨日、何度も身体を冷やしてしまった分、そのツケが一気に来てしまったのだろう。
そもそも、なんで俺なんだ。
⋯⋯アキの方が寝て無さそうだし、ご飯もそんなに食べてなかったように見えたのに⋯俺が先にダウンするの、なんか⋯おかしくない?案外アキってタフ⋯なのか⋯?
色々考え事をしていた内に、いつの間にか戻ってきたアキが俺の枕元まで近付いてくる。ヒヤリとした冷たい感触が額から伝わり、思わずぶるり、と身体を震わせる。
「⋯⋯と、後この薬も⋯⋯、⋯⋯何、まだ他に痛い所でもあんの?」
俺の為に色々持ってきてくれたのらしく、傍に置かれた小さな棚の上にガサゴソと並べてくれる。
風邪っぴきの時はなんだか⋯人肌恋しくなってしまう。体が弱っているからこそ、どうしてもアキにそこに居て欲しいし、俺の事をずっと観てて欲しい。
そっと伸ばした腕でアキの服を掴めば、俺に視線が向けられる。案の定俺の事を不安視するアキの瞳をじっと見つめながら、ゆっくりと言葉を吐いて
「あきが、その薬⋯俺に飲ませてよ。⋯⋯ずっと俺が眠るまで⋯そこにいてほしい。⋯じゃないと、さみしくなっちゃ、う⋯から。⋯⋯それで、俺が寝ても離れないで見てて」
「⋯⋯⋯⋯っ分かったよ。⋯ただ、朝飯は?お腹も空かねえか?」
「んん、いらない⋯だいじょう、ぶ⋯」
「そうか。なら薬飲んでそのまま寝てろ。それでだいぶ良くはなるだろ」
俺の言葉でぐらり、とあきの瞳が揺れる様を見つめる。普段ならお願いごとなんて聞いてはくれないが、風邪っぴきの特権としてそんなアキでさえも対応が緩くなってしまうのだ。それなら今のうちにたんと甘え尽くしてやりたい。
ベッドに1度腰を下ろし、俺の身体を支えてくれるアキの腕に身を委ねながら、身体を起こす。口許に運ばれた薬をゴックン、と飲み込めば続けてコップの中の水を飲み干す。
くっっそ苦かった⋯不味すぎぃ⋯
再び俺の体は布団の中へ。そしてそのまま伸ばされたアキの暖かい手が俺の目許にそっと触れる。昨日思ってたとおり、まだ完全に腫れが引いてないのかピリリとした痛みを感じるが、それでもアキに優しく触れられている方が気持ちが良い。
そのままゆっくりと俺の髪の毛を梳くように頭を撫でてくれている。
⋯⋯幸せすぎ
その心地良い感触に身を委ねていれば段々と薬も効いてきたのか、意識が遠のいていく感覚を感じる。アキの手はずっと俺に触れてくれていて、傍に居てくれる安心感。
気付いた頃にはいつしか眠気に身を委ね、俺は完全に意識を手放していた。
(アキ side)
間も無い内に夕が眠りについた事を確認し、そっと撫でていた手を下ろす。フワフワとした夕の髪に触れる事が心地良くて、そもそも手触り自体も好みであれば、無意識の内に触れてしまっている。
⋯⋯朝飯でも食ってくるか
ベッドに下ろしていた腰を上げて、そのままリビングまで向かう。先に洗面所で顔を水で流し、歯ブラシも終えた後にキッチンに立てば自分用に簡単な朝食を作って食卓で黙々と食べ進めていく。
昨日までとは変わり、今は夕がそこにいる。その安心感だけでも十分に満足であり、気持ちが満たされる感じがする。
ささっと朝食を終えて食器まで片付け終えた後、ソファーの上にドサッと横になる。ぼんやりと天井を眺めながら、ふと夢の合間に見ていた様な、曖昧な記憶が流れてくる。
こうして昨日もソファーに横たわりながら寝ている俺の上に跨っていた夕の姿。その間やけに心地良く、下腹部が温まる様な、そんな不思議な感覚を感じていた。
⋯⋯俺が寝てる間にまたヤってたりしてな。
行為の最中に見せる夕の垂れた眉や真っ赤に染まる頬、口許はだらしなく開いたまま真っ赤な舌が覗く度に性欲が掻き立てられてしまう。ぐちゃぐちゃに歪むその表情を見ているのが好きであれば、どうしても無理をさせて滅茶苦茶にしてしまいたくなる。俺にいれてる時も、いれられてる時も、その顔がよく見えるように主導権を握り締めて下に敷いていたい。
よく俺の事を夕は求めるが、その甘えに乗っかってヤる度に俺自身の欲を解消する為の機会となり、その都合の良さに満足している。誰だって気持ちの良い事は好きだろ。
ぼんやり思考に耽っていれば、俺の奥底でドクン、と込み上がる何か。
⋯⋯ゲームでもしながら夕が目を覚ますのを待ってるとするか。
何もする事は無いし。
起きたらまた何かしら身の世話を要求されるだろう、その時まで時間を潰す為の方法を探し出す。
「⋯⋯⋯き、⋯」
ふと、寝室から聞こえる小さな声。その場に居ない俺に不安でも抱いたのか、名を呼ばれる。
前に夕が風邪を引いた時は俺が部屋に閉じ込めて見守る立場だったが、今回は俺が部屋の中に閉じこもって傍に居続けないと駄目なのらしい。
ソファーから身体を起こして部屋に戻れば、不貞腐れた表情の夕に、じとり⋯と視線を向けられる。
「⋯⋯ちゃんと約束守ってよ」
「悪い。お腹空いたから朝飯食ってたんだよ」
「⋯それも、次からは俺のそばで食べてて。じゃないと、子どもみたいに泣き喚くからね」
「はいはい。良いからさっさと寝ろ。」
「⋯⋯アキと手握ってないとねむれない」
「⋯⋯⋯、分かったから」
今度は俺が監視される側になっている様だ。寝てる間も自由に行動してちゃ駄目なのか⋯この先を思えば、骨が折れそうだと静かにため息を吐き出す。
急かされるまま夕の元まで近付けば、「ん、」と少し怒った表情で布団の隙間から差し出される手。そっとその手を取れば、普段よりも温もりを感じる。
いつもコイツの手、冷えてるもんな。
再び夕が眠りにつくのを待つ。「また頭撫でて」やら、「今度はお腹さすって」「喉も痛い」と次から次に要望が止まらない。⋯確かに風邪を引くと人肌寂しくなるとは聞くが、こいつの場合は普段よりもワガママを都合よく聞いてもらえる便利な日だとしか思ってないだろう。
⋯⋯今度は俺が外にでも逃げ出したい気分だわ
とある日の出来事をぼんやりと思い出しながら、何度目かのため息を吐き出して。
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