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転校生 6

途絶えた意識の片隅で、何か、違和感を感じる。 あれからどの位の時が過ぎたのだろうか。 ⋯それとも、実は数分程度の出来事だったのか。 そんな事も理解出来ない俺の状況下で、確かに違和感だけがそこに存在している事だけは何となく実感出来る。 数日間の寝不足が負債として一気に俺の身体を蝕み、まるで瞼は鉛のように重く、目を開ける事さえ一苦労だった。 その間にも確実に違和感がそこに存在し続けている。 ⋯⋯、⋯夕か? 薄らと戻りつつある意識の中で、何となく人の温もりに似たような感覚に気付く。ふと手を動かした際に何か、柔らかい感触がその手の平から伝わる。 俺が動いた事に気付いたのか、やがてモゾモゾと動き出したその温もりは俺の身体を包み込む様に俺の事を抱き締めて落ち着いてしまった。 ──のらしい。 だが、そこで気付きたくも無かった違和感に気付いてしまう。 明らかに夕とは違う体格にふんわりと漂う甘ったるい香水の香り。俺の鼻がしっかりと覚えているその香りには、確実に心当たりしか無かった。 「⋯⋯⋯おい」 何とか瞼を押し上げて見開いた景色の中で、俺の想定通りに何故かそこに居る吉村に声を掛ける。 「⋯、ん、ン?⋯あぁ、なんだぁ⋯明樹⋯起きたの⋯」 何だコイツは。 何故か俺の隣には俺の事を抱き締めながら寝ている吉村が居て、声を掛けた後も眠たそうにのんびりと呑気に欠伸を漏らしている。 「何でお前が一緒に寝てんだよ」 「⋯⋯っ、えぇ?だってさぁ、 すっごい気持ち良さそうに寝てる明樹の事見つけちゃったらそりゃ⋯一緒に寝ちゃお!って。なるでしょ?」 「⋯んな訳ねえだろ。」 そもそも何でコイツが此処に居んだよ。 嵐には場所を告げずに曖昧な言葉を残して場を立ち去った筈。 こういう事にならない為に、わざわざ。 「どうやって此処まで来た。」 「ん?嵐がさぁ、明樹ならどっか行っちまったけど。って言うからさ、アラ!珍しい!!って思って探してみたんだよね。」 「そうはならねえだろ普通。」 「なんて言うかさぁ〜、明樹なら大体此処に居るかな?って。⋯ほら、俺達の初対面の場所もココだったじゃん。俺が寝てて、そこに明樹が来ちゃったんだよね。」 ⋯んな事もあったっけか。 ふと、忘れかけてた過去の記憶を掘り起こしてみる。 俺が此処に通い始めて数日経った頃。今日と同じ様にサボり目的でベッドに近付いた時に普段は無い人影に気付き、覗き込んだ先に居たのがコイツだった。 そっから俺の事を一目惚れだのなんだのと騒々しい日々が訪れ、夕とのバチバチが始まったのもその時くらいからだっけか。 思えばコイツは初めて会った時からなんも変わんねえな。 「懐かしいなぁ〜⋯こんなに綺麗な人が居たんだ、って。寝てる時なんてほら⋯大天使じゃない?コレ」 俺に身体を向けて来た吉村が手にしていた携帯画面には、俺の寝てる姿がバッチリと写されていた。 ⋯⋯数分前の俺じゃねえか、コレ。 初対面の話はどうした。 「お前さ⋯勝手に撮ってんじゃねえよ」 「まあまあ、こんくらいはねぇ〜。⋯⋯あっ、明樹?少しは顔色良くなったんじゃない?」 ストッパー代わりの夕が居ないコイツはこんなにも自由奔放なのか、と最早呆れを通り越して物珍しさが勝ってしまう。俺自身としても度を過ぎなければ特に何を指摘する訳でも無ければ、何だか普段よりも上機嫌に見える吉村の姿に溜息を吐き出す。 ⋯が、徐に伸びてきた吉村の指先が俺の目元の隈を労るようにそっと撫でられる感触に気付く。 「⋯⋯別に普段と変わんねえって言ってんだろ」 「ぜーんぜん、そんな事ないから。明樹はもうちょい自分の顔を見てあげた方が良いかもね。⋯ま、お世話係がサボっちゃってたってのが1番の原因じゃない?」 お世話係⋯⋯か。アイツに世話を焼かれてる自覚は無いが、ここ数日の自堕落な生活を思い返してしまえば簡単に否定出来ない言葉ではあった。 そんな俺の顔を覗き込む吉村の表情は楽し気で、いつだって俺等の関係が燻る度にニヤニヤと面白がっている事には気付いている。コイツの場合はわざと火種を投下して、反応を見て楽しんでんだよな。⋯⋯主に夕が標的にされてる様だが。 「明樹はさ、知ってる?夕がここ数日、何をしてるのか。」 「⋯⋯は?」 「この前、明樹に貸したAVが返って来たでしょう。そのね、新作情報を教えてあげたんだよね。そしたらすっごい夢中で見てくれてるみたいで」 ほら、と俺に向けられた夕と吉村の連絡画面。その画面上では確かに結構な頻度でやり取りが行われてるであろう文章が並んでいた。 ⋯⋯なんだ、そんな事か。 まあ、薄々勘付いては居た上で様子を見ていた所ではあったが。 最近ヤケに夕と吉村がコソコソと何かをしている光景を目にする事が多かった分、その謎が解けたと言うか。 『俺に似ている』と言うだけでそれに夢中になり、どうにもならねえのらしい。 夕らしいと言えばそうなのだろうが。 「そうか。」 「⋯、⋯⋯んっ。アレ?⋯それだけ?」 「何が?」 「⋯なんかもっとこう⋯⋯なんで俺の事見てくれないの〜!とか、俺の事放ってAVばっか見てる夕ってばサイテー!ってなるかと思ってたんだけど」 「⋯別に。俺の目の前で堂々とAV見る様なヤツだし、今更どうって事ねえだろ」 何も想定外な事では無かった。 ⋯多分コイツはまた俺らの間に一波乱起きる事を想定して揺さぶりを掛けてやったんだろうが、そもそも俺相手に何をどうしろと。 「ちぇ〜っ。明樹の可愛い嫉妬が見れるかなぁって思ったんだけどなぁ」 「それを見てもどうにもなんねえだろ」 「えぇ〜っ?!なるよなる!うわぁ〜あ!カワイ〜!!って抱きしめたくなるじゃん」 わざとらしく作られた高めの声を上げながら、俺の身体に回された吉村の腕に力が込められていく度にギュウギュウと締め付けられる感覚が鬱陶しいと目の前の胸を小突くが、ビクともせず代わり映えのない状況に溜息ばかりが溢れ出してしまう。 ⋯⋯っとに、いつでも調子が良い奴だよな。

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