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疑問 1

「嵐ってさ、誰かとヤった事あるの?」 「⋯⋯へぇ⋯?」 「吉村が俺に聞けってうるさいから。しかも、吉村からじゃなくて俺が気になってる風に聞いて欲しいらしいよ」 「⋯⋯ちょっと夕〜!なんでばらすのよ〜!!」 「だって普通にキモいし。」 驚いたような、恥ずかしそうな、そんな表情を浮かべる嵐をじっと見つめながら、改めてごめんと心の中で謝っておく。自分で聞けと何回も突き放す内に痺れを切らしたのか、次はアキに聞いてもらうだなんて言われたらそりゃ、嵐に犠牲になってもらうしかない。 ちらり、とアキに視線を向けてみれば心底胡散臭そうに吉村にチラリと視線を一瞬向けただけでどうでも良さそうだった。 寧ろ俺たちの会話よりも魚の骨と向き合う事の方が今は優先なのらしく、1口サイズに切り分けた焼魚をじっと見つめながら骨の確認を何度もしている。 なんか⋯⋯ちょっとイライラしてない? 「⋯⋯それ、俺が代わりに取ってあげよっか?魚の骨を取る事だけが俺の特技なんだよね」 「可哀想なヤツ。一生魚の骨だけ取って生きてろ」 隙あらばアキにちょっかいをかける吉村をキッ、と睨みつけてアキに向けて差し出された手を叩き落とす。嵐の次はアキかよ。ほんっと忙しいヤツだなコイツは。 「えぇ〜?だって目の前で魚の骨が取れなくて困ってます〜!なんて可哀想な顔をしてる明樹の事を俺が見逃すワケが無くない?」 「⋯⋯俺だってずっと気付いてたし。お前だから、お前がやるのが嫌。⋯⋯アキ、俺が取ってあげるから皿かして」 「⋯⋯んな事位自分で出来るから良い。俺をダシにして何でもかんでも騒ぐな」 はぁ〜。と盛大なため息と一緒に、じろりと向けられる冷たい視線。⋯⋯これ以上は余計に怒られる。その雰囲気を感じ取ってるのか、吉村も無駄に口を出す事はやめて「次はどれから食べようかなあ〜」なんて適当な言葉で雰囲気を誤魔化している。 屋上で色々あったあの日からどうしても吉村をアキに近付けさせたくなくて、朝からああだこうだ吉村と言い合いながらひたすらにアキを遠ざけてきた。その度に鬱陶しい、とアキの表情が訴えてたけどそれを無視して勝手に騒いでたから、多分⋯そろそろ限界なんだろうなと。 でも、どっちかって言うとこの2人の距離感がよく分からないし絶対におかしい。俺が懸命に距離を取らせようと頑張ってるのに、吉村とアキの関係は以前と変わらず普段通りだった。あの日屋上で2人の間に何かがあった筈なのに、そんな雰囲気はミリとも感じられずいつもと同じやり取りを繰り返している。 俺が意識しすぎなのか? なんかモヤモヤするような⋯よく分からない気持ちだけど、逆に2人がギスギスしててもそれはそれで⋯⋯困る、かもしれない。 「で、さ。実際のとこ⋯どんな感じなの?その⋯ご経験の方というのは」 「⋯⋯もうやめたげろよ。可哀想だろ」 「え〜?でも、俺が勇気が出なくて聞けなかった事を聞いてくれて、話題のきっかけを作ってくれたのは夕でしょ?矛盾してるよそれは」 「はぁ?お前がずーーっとしつこいからわざわざ聞いてあげたんだろ。⋯⋯嵐、良いよ別に答えなくても。1回相手したら止まんないよコイツは」 「⋯っあ⋯あぁそうだな〜⋯吉村、悪いな。また今度ちゃんと答えるから、今はさっさと飯食っちゃおうぜ。美味い飯が冷めたら勿体ねえだろ」 「⋯ん〜分かったよ。じゃあその時は2人っきりの時にでも、ね」 「⋯⋯嵐、あんまコイツに構わなくて良いから」 やっぱり、一生ギスギスしてて欲しかった。 最近はやけに嵐にちょっかいを掛ける事が増えてきた。アキの次は嵐をロックオンしたのらしく、目敏く付け入る隙を狙っている。とは言っても、アキにちょっかいをかける事だけは一切止めてくれないのがまた図々しい。 ってか、コイツのヤれるキャパ広すぎんだろ。アキと嵐なんて全然見た目もガタイも雰囲気も違うし⋯⋯って俺もタイプで言えば違うか。⋯⋯たぶん。 「でもさぁ、こんなに派手で顔も良くてカッコイイ嵐の事気になる〜!って噂がよく俺の周りから聞こえてくるんだよね〜?そんな皆の為に俺が一肌脱いで聞いてみようかな、と」 「⋯⋯嵐が童貞かどうか気にしてるやつなんてお前くらいしか居ないに決まってんだろ。わざとそうやって周りを巻き込むな」 「ちっちっちっ!それが違うんだな〜。特に俺の友達の間ではめちゃくちゃ人気者で話題の人なんだから。⋯⋯それに、童貞かそうじゃないかで妄想って色々と膨らむでしょ?俺等はいつだっておかずのネタに出来るものを探してるって訳よ」 「⋯⋯なんか、似たようなやつが集まるってよく言うし、相当頭悪そぉ。吉村の友達も含めて」 「おっと〜?俺の事は別に良いけど、俺の大切な友達の事まで馬鹿にしちゃ駄目だろ」 あくまでも友達を馬鹿にされた事だけが許せなかったらしい。ペチン、と吉村に軽く指先で叩かれた額を擦りながら、不服な表情を向ける。 コイツの周りの奴も全員同類なのかよ。こんなの1人でも居るだけで鬱陶しいのに、まだほかにも同じ思考をもっている人間がいるって事か。⋯⋯⋯なんか、知りたくなかった情報だな。 しかも否定的な俺の言葉でどうやらスイッチを入れてしまったのらしく、ペラペラと吉村の自慢の友達紹介が始まってしまった。SMとか拘束具とか失禁とかバイブとか⋯⋯⋯⋯その他、ナントカカントカ。そんな趣味を持つ貴重な人材をやっと見つけたんだとかなんとかかんとか。 目をキラキラとさせながら場も関係なく語る吉村を目の前にして明らかに気まずそうな嵐と、まだ魚の骨と戦ってるアキ。⋯⋯そもそも吉村よ話なんて最初から1ミリも聞いてなさそうだった。 いい加減止めろ、と止まらない話題の制止と嫌悪も含めてじっとりと軽蔑の視線を向ける。 その時、お喋りに夢中で全然減っていない吉村の皿に乗っているエビフライに視線が止まる。 そういや今日何食べるか迷ってエビフライ諦めちゃったんだよな。 ⋯⋯いつまでもぺちゃくちゃ喋ってる奴が悪いという事で。 吉村の話を遮るようにエビフライに狙いを定めてフォークでぶっ刺せば、そのまま口の中に放り込みモグモグと食ってやった。 「⋯あ〜コラ。勝手に人のもの食べない。⋯⋯ってか、夕ってエビフライ好きなの?言ってくれたらあげたのに。ほれ、あーんしてみ」 「⋯きも。要らないし。ずっと喋ってばっかで食わないお前が悪いだろ。さっさと食べろよ」 「別に良いよ、俺そんなにエビフライ食べたかった訳じゃないし。⋯⋯素直に口開けた方が美味しいもの食べれるし、得だと思うけどな〜」 「⋯別に得かどうかは俺が決める事だし。⋯お前からってのがヤダ」 ちょっとだけ迷ってしまった。その瞬間を見られたのらしく、新しいターゲットを見つけたとばかりにニコリと無駄に爽やかな笑顔でフォークに刺されたエビフライが俺の口元まで迫ってくる。 正直、全然食いたいに決まってる。だって普通に美味かったし。だが、コイツに食わせてもらうって事が気に食わない。 そんな俺の葛藤までも読まれてしまってるのか、あくまでも俺が口を開けるまで絶対に譲らないと目の前で翻弄されるエビフライ。 ⋯⋯⋯、⋯⋯別に一口くらい。 元々緩い俺の自制心が耐えきれなかった。仕方なく、どうしても仕方なくゆっくりと口を開いたその瞬間、ガンッ!!!!と下の方から盛大な音が響き渡った。 同時に驚いた吉村の膝がテーブルに当たり、ガチャン!と震える複数の食器の音。 恐らく、というか絶対に、吉村の椅子をアキが蹴ったのだろう。力加減も無く。 「⋯⋯⋯⋯⋯⋯っだ、から言った、じゃん。自分で食べろ、って」 「⋯⋯仕方ないなぁ。もう、夕ってばワガママちゃんなんだから」 心臓が止まるかと思った。 ジロリ、と吉村ではなく俺を睨み付けるアキの冷たい視線に気付いた瞬間言葉に詰まってしまう。 が、すぐに場を誤魔化す為に改めて吉村に否定の言葉を伝えると、吉村の方も流石に懲りたのか素直に身を引いて自分の食事に手を付けている。 何事も無かったかの様に再び魚の定食を食べ始めるアキをちらっと盗み見ていたが、ふとアキの隣に座っている嵐も俺の事を見ている事に気付く。じっ、と何かを探るかの様な視線が一瞬向けられていた筈が、俺の視線に気付いた途端に笑みで誤魔化されてしまった。 その意図を問うべく緩く首を傾げるが、「ん??」と、逆に疑問符で返されてしまう。不思議な空間が漂い始めた俺達の間にアキと吉村の視線も集めてしまえば、なんでもない。と首を振ってその空間を自分で断ち切るしか方法はなく。改めて目の前の食事に意識を向けては、残り少ない食事を口にして。
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