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転校生 10
「ただいまぁ〜⋯⋯っ、はぁ〜あ!!」
その後、夕に背負われるがまま教室まで向かいしっかりと教室から鞄を回収した後に夕の部屋まで帰って来たのだが、俺をソファーに降ろすと共にその隣でドカッ!!っと大胆に腰を降ろして身を休める夕の姿が視界に映る。
流石に疲労困憊だとソファーの上で溶けるように身体を投げ出しているその姿をぼんやりと眺めていたが、そう言えば今日だけは自我を貫くと決めた事を思い出す。
一応、はっきりとコイツの事を『嫌いだ』と宣言した以上、それなりの態度で示さねえとあっという間に普段のペースに流されてしまう光景が想像出来てしまう。
「風呂まで連れてけ。お前の鼻水で服が汚れてんだよ」
「⋯⋯っ、ハイ。分かったぁ⋯」
案の定、俺の言葉に対して不満も何も漏らせない事は理解してるのらしく、せっせと風呂場まで運んでくれた事に礼を伝える間もなく衣服を脱ぎ捨てていく。
その流れで風呂でも俺の世話をしてくれる気満々だったのらしい夕を強引に閉め出してしまえば、さっさと風呂の中に入り、身体に負荷が掛からない体勢でゆったりと腰掛けに腰を降ろしてしまう。
普段よりも少し高めの温度に設定したシャワーを浴びながら、芯から冷えてしまっていた身体に体温が戻る感覚に安堵感を覚えながら漸く一息付ける環境に身を委ねる。
太腿にこびり付いたままの出血の跡が流れ落ちていく様を静かに眺めながら、ちゃちゃっと風呂を済ませるべく全身を手早く洗い流してしまえば立ち上がる時も同様にゆったりとした動作で腰を上げ、脱衣所に続くドアを開けて風呂場から出る。
⋯⋯準備してくれてたのか。
手ぶらで風呂に入ってしまった事に気付いては居たが、後から取りに行けば良い。と、後回しにしていた筈の衣服が用意されてる事に気付き、それを手に取ればささっと着替えてしまう。
が、そのタイミングでやってきた夕の姿に気付き顔を上げた所で、らしくもない控えめな視線が向けられている事に気付く。
「何?」
「⋯髪の毛、乾かすかなぁ⋯って」
「別に良い。そんままお前も風呂に入ったら」
「でもっ⋯風邪引いちゃうから⋯!」
「だから良いって言ってんだろ」
ドライヤーを片手に待ってくれていたのらしい夕の言葉を振り切り、その隣を通り抜けて行く際にチラリと見えたその顔は悲壮感で満ち溢れていた。
罪悪感というモノが存在しない訳ではないが、あくまでも今、俺は、こいつに対して怒りを覚えてる立場だと言うことだけはしっかりと自分自身の身に刻み込まないといけない訳で。
中途半端にコイツの情にのまれる訳にはいかず、素知らぬフリでソファーまで近付けばドカッ!と横になって。
ついさっきまでサボりと称しぐっすり眠っていた筈なのだが、俺の身体は再び眠気に蝕まれてしまう。
片腕を顔に乗せてしまえば気を抜くと落ちてしまいそうな意識を何とか保ちつつ、ぼんやりと思考を飛ばして。
⋯⋯別にこのまま寝てやっても良いんだけどな。
そもそも今起きてなきゃ理由も無い中で、唯一気に掛かる事と言えばアイツの事くらい、か。⋯⋯まあ、別に気にする事でもねえしな。
重く静かな室内の空気感が俺の意識を耳元に集中させて、意図せずとも耳を澄ましてしまう。
「⋯⋯ッ、⋯⋯ふ⋯ぅ⋯」
⋯⋯また泣いてんのかよ。
微かに聞こえてくる嗚咽の様な声は俺に届かない様に抑えているのか、それでも静まり返った室内ではそれがしっかりと泣き声として、俺の耳に届いている。
顔に乗せていた腕をずらしてその姿を確認してみれば、涙を止めようとしている意思はあるのらしく何度も加減無く目元を擦りながら、それでも止められないといった風にぼろぼろと涙を流し続けていた。
「⋯⋯おい、それ止めろ。」
「⋯今、おわる、から⋯っ⋯う、ぅ!」
「⋯ちげえよバカ!目を擦んなって言ってんの」
更に慌てたように目元を拭うその動作を止めろ、と伝えたつもりではいたのだが、俺の言葉足らずな声掛けで泣く事自体を指摘されたと思ったのか、更にゴシゴシと加減無く擦られる夕の顔面に気付き、思わず声を荒らげてしまう。
自分の事となれば加減も分かんねえのか、コイツは。
更に赤く腫れてしまっている目元は見事にボテっとその存在を主張していて、見るからに痛々しいというかなんというか、痛えだろ。普通に。
それでも止まらないのらしい涙は今も尚、次々と溢れ続けている。
──仕方ねえな。
結局こうなってしまう事位想像は出来ていた。
コイツが絡むとどうしても俺の意思が弱くなってしまう事も含めてもう暫く様子を見てやっても良かったが、そもそもコイツの行動が予測出来ない事の方が正直怖いまでもあるか。
自己犠牲で俺の注目を引いてしまうコイツの特性上、今の状況を長引かせてしまう事の方が後々面倒事に繋がってくんだろうな。
なんっか⋯⋯先が思いやられるわ。
堪えきれなかった深い溜息を吐き出した後、ゆっくりと横にしていた身体を起こして夕の名を短く呼べば、俺の隣を指差してソファーに座る様に促す。
「ココ、座れ」
「⋯⋯ッ、⋯は、い⋯⋯」
「俺のデイリーが終わるまで大人しくそこに居ろ」
また怒られるとでも思ってんのか視線を床に落としたまま、のそのそとソファーまで移動し俺の隣に座る夕の姿を確認しては、のっそりと重い腰を上げてその膝の上にドカッと座ってしまう。
雑に放り投げていた携帯を手に取れば、見慣れたゲームアプリを開きながら静かにその画面操作を始めていく。
その最中に躊躇無く背後の夕に凭れ掛かってみれば、やがて遠慮がちにソファーの上に沈んでいた夕の腕が俺の腹部に回り、力強く抱き締められる感覚や俺の背中に押し付けられた夕の顔が俺の背中にまた擦り付けられている事に気付く。
「⋯おい。それを止めろって言わなかったか?」
「⋯っごめ、ん」
俺の言葉の圧にピタリ、と行動は止まり、それっきり大人しく俺の背後に身を寄せながら座っているのらしい夕の動向を確認しては、再度手元に視線を戻し意識を集中させて。
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